2011年7月11日 (月)

一区切り

久々のブログ更新。
まずは近況的なこと。

浦和レッズの最近の試合、7/2のホームガンバ戦は埼スタに見に行った。
先制されながらもなんとか追いついて喜びはしたものの、決して勝ったわけではない。
と思ったら、7/6にスカパーで見たアウェー山形戦も引き分け。
しかもスコアレスドローでチャンスらしいチャンスもないという、見ていて悲しくなる試合だった。
もはや、今年は残留争いか…
広島カープもこの週末に巨人に3タテを食らうなど、ズルズルと負けが込んでいるし。
シーズン序盤が好調だっただけに、なんとか3位以内には入ってもらいたいものなんだけどなあ。
相模原ライズは先日秋の日程が発表になった。
今年は東京ドームでの2試合を含め、全試合行ける予定。
X1の舞台で意地を見せてもらいたいものだ。

プライベートでは、7/10(日)に姫の通うバレエ教室の発表会があった。
7/9はその練習のため午後の半日、7/10はほぼ全日、ママさんは姫に付きっきりだった。
私は若と留守番していたが、私一人で1日半も若の面倒を見ることができるのかが実に不安だった。
結局、7/9は実は先週末も行った三郷のスーパービバホームにまた行き、帰りに越谷の出羽公園に行って遊具で遊ばせた。
梅雨明けしたばかりの関東地方は蒸し暑かったが、若は汗をかきながらも元気に遊んでいた。

7/10もやはり朝から暑く、外にいると体調を崩しかねなかったので、駒場スタジアムそばのさいたま市青少年宇宙科学館でプラネタリウムを見たり館内にある実験道具で遊んだりして、なんとか乗り切った。
こういう機会を持つことで、若と私との距離が縮まるのならいいなと思う。
プラネタリウムでは、先日30年に渡る最後のフライトに旅立ったスペースシャトルを扱った番組だった。
私が小学生だったときに持っていた筆箱は、ジェット機の上に乗ったスペースシャトルがプリントされたものだった。
懐かしくもあり、退役が寂しくもあった。

姫の発表会は本人にとって2回目ということもあり、幼稚園児(年中)時代よりは少し難易度の高い演目となっていた。
本人は事前に緊張するなどと不安を口にしていたが、私は「間違えても見てるほうはわからないから、ステージの上ではフニャーっとしないで堂々としてなさい」とだけ言った。
実際の場面では、小学1年生であることを考えれば充分に思える演技内容だった。
前回と同様、ステージ上から客席の私たちの姿がはっきり見えたという。

発表会は400席ほどある座席はほぼ埋まり、立ち見客が大勢出るほどの盛況だった。
姫が独りよがりにならない協調性を養うことができ、かつ「もっと上手に踊りたい!」という向上心を持っているのであれば、これからもバレエを続けさせてあげようかなと思っている。

今週末の3連休は、避暑も兼ねて2008年8月にも酷道(旧国道289号)探訪に訪れた「甲子温泉」に行ってみようと思っている。
福島県は今大変なことになっているが、浜通りと会津地方の違いこそあるものの、できる限りで福島県のお役に立てればと思っている。
本当に節電しないと電力消費量が供給量を上回ってしまうのか?原発を存続させたいがための方便なのではないか?
政府や東電、テレビやマスゴミが言うことは鵜呑みにできず、何が本当で何がウソかを自分で見極めなければならない、そんな世の中になってきている。

ところで、私がこのブログを始めてから7月11日でちょうど丸4年になった。
これを機に、ブログを一時「休止」しようかなと思う。

ネタ切れしたわけではない。
むしろ書こうと思えば書きたいことはいくらでもある。
ただ書くための時間と、何より自分の気力が追いつかなくなってきた。
何かを続けるということは大変なこと。

実は去年の年末から、その時期を探っていた。
姫と若が入学・入園したときにもここで区切ろうかと考えたが、今回の4周年というキリのいいところで一区切りにしようと。
態勢を立て直せるまで、しばらく「お休み」しようかと思う。

休止がいつまでなのか、自分でもわからない。
旧国鉄をはじめとして鉄道会社には「休止線」と称して実際は廃止になった路線がいくつもあるらしいので、このブログもそうなってしまうかもしれない。
なし崩し的に全く更新しなくなるのも自分としては気持ちが悪いので、あえて今回をもって休止と宣言してみた次第。

この4年間を思い返せば、一言で言ってしまえばいいこともよくないこともいろいろあった。
このブログを通じて知り合いになった方も何人かいたし、その中にはグッピーさんのように直接お目にかかることができた方もいた。
そのような出会いがあっただけでも、続けてきた価値があると思う。

どれだけの人たちが見てくれているのかわからないけど、今までありがとうございました。
またいつかお目にかかりましょう。

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2011年6月27日 (月)

J1第18節 名古屋1-1浦和

25日(土)19時キックオフの試合を録画して、27日(月)21時から見た。
家の用事とかいろいろあったので、それだけ遅くなった。

この試合での失点・得点、ともにロスタイムだった。
前半終了間際の取られてはならない時間帯に取られ、かたや試合終了間際のまさにラストプレーでPKを得た。
映像で見ている限りでは、ハンドには違いなさそうだったがペナルティエリア内だったかは微妙に思えた。
相変わらず、何だかよくわからない主審だった。
まさに勝ち点1を拾ったようなもの。

それにしても、今のレッズはクウェート帰りの原口しか頼りにならないのかなあ。

内容では比較的押していたとはいえ、PKでの1点だけというのは残念な結果だ。
最後の最後に追いついての引き分けだから勘違いしがちだが、勝ったわけではない。
現地にいればまた別だろうが、見終わって喜ぶことはできなかった。

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2011年6月22日 (水)

J1第17節 浦和3-0福岡

平日の埼スタでのホームゲームは、ここ数年は19時30分キックオフだった。
それが今年は19時キックオフとなった。
会社から直接埼スタに行くことになるので、この30分は何気に大きい。

そんなわけでスタジアムには行けず、NHK BS1を録画しておいて21時ごろから見始めた。
もちろん、経過結果の情報はシャットアウトして。

前半は、お互い不調なチーム同士の典型的な試合だったと感じた。
後半は思いもよらなかった啓太のゴールにマルシオが続き、最後は途中出場のエジが決めた。
普段からあんなふうに得点を重ねられればいいのに…とも思ったが、相手の選手は後半は明らかにバテていたし、戦意も喪失していた。

今シーズンのリーグ戦ではこれでようやく2勝目。
もちろん勝ったことは嬉しいが、まだまだ手放しで喜べない。

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2011年6月18日 (土)

J1第16節 浦和1-3清水

埼スタに向けて家を出ようとしたときに雨が降り出し、我が家からは私一人で参戦することにした。
若がもともと体調があまりよくなかったということもあるが、不確定要素の多すぎるこの時期の関東の雨を子どもたちに浴びさせたくないことも事実。
大人は、もう今さらいいんだけど。

それにしても、心底がっかりする試合だった。
1失点目のFKは、こちらの壁の位置の問題もあるがまだ相手のシュートをほめることもできよう。
その後の選手交代、坪井に代えて原というのは、いったいどういう采配だったのか。
ペトロヴィッチ監督なりの理由があったようだが、周りのみんなが理解に苦しんでいた。
なにより、ああいう交代は今季初スタメンの坪井の心を折る結果になりはしなかっただろうか。

後半には、一番決められたくない相手に決められてしまった。
その高原は、試合後「自分は浦和を追い出された身だからブーイングされる覚えはない」と言っていたそうだ。
私は高原がレッズに在籍中は比較的好意的な目で見ていたし、なかなか結果が出ずとも復調を期待していた。
去年のオーストリア合宿に置いていかれたときには同情もした。
しかしマスゴミのフィルターを通してとはいえ、本人の口からそう言われてしまうと、年俸と各方面からの期待に見合った活躍もできなかったくせに、よくそんなことを言えたもんだなと思う。
「相手にすると嫌な選手」から「人間として嫌な選手」になった。

3失点目も、1失点目と同じボスナーに同じような距離からのFKで決められてしまった。
レッズの直接FKは最近決まったためしがないのに、1試合で2度も相手に決められた。
その弾道は、ちょうど壁のない(相手選手が動いた)ところを通っていた。
やはり壁の作り方に問題があったように思う。
少なくとも、同じ選手に2回もFKを決められるとは情けない。

完封負けを逃れたのは、梅崎のゴールによってだった。
ケガで不本意な時期が長かっただけに、執念を感じさせた。
あのゴールで1-2となり、ゴール裏も俄然盛り上がった。
あと1点で追いつける、せめてここ5試合のように引き分けには持ち込みたいと願っていたが、突き放された時点でとどめを刺された感があった。

清水のキャプテンマークを巻いていたのが、元レッズの主力だった伸二→高原→永井だったことも皮肉なものだった。

今のレッズは、クラブもサポーターも自信というか勢いというものが全くなくなってしまっている。
スタンドの盛り上がりにしても、梅崎のゴールからボスナーのゴールまでの間、1-2のスコアだった間だけだったように感じる。
試合後の選手バスを囲んで特定の選手に罵声を浴びせるとか、ありえない。
悪いのは特定の選手だけじゃない。

水曜日の福岡戦で万が一のことがあれば、今シーズンの終わりには本当に大変なことになるかもしれない。

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2011年6月11日 (土)

J1第14節 大宮2-2浦和

我が家からは距離的には埼玉スタジアムより近いNACK5スタジアムでのアウェイゲームを、スカパーでリアルタイムに観戦。

前半は決定力の差というか、特にヘディングの上手さの差がスコアに如実に表れた。
エジは本当にヘディングが駄目だ…
そして、またしてもラファエルに決められてしまった。

後半に追加点を奪われた直後にPKを獲得して、何とか息を吹き返した感じ。
原口は唯我独尊的なところがあるのが気にはなるが、倒れこみながらも左足で蹴ったあのゴールは執念が見えた。
「勝利への執念」をチームで今一番持っているのは原口かもしれない。
ここまで来たら勝ちたいと思って見ていたが、同点のまま試合終了。

山岸に代わって出場した加藤は、失点こそ喫したが攻撃面で見ればいい動きをしていたと思う。
レッズの正GKは長いこと山岸と都築で争っていたので、若手だと思ってももう20代半ば…次節も出てくるだろうか。

鹿島戦と同じく2点差を追いついての引き分けだったので、試合終了直後は勝てなかったとはいえ少し満足してしまった。
しかしよく考えてみたら、リーグ戦はこれで4試合連続の引き分け、まだ1勝しかしていない。
勝ち点を思うように伸ばすことができず、暫定順位も16位に下がってしまった。
このままではまずいなあ。
最後まで不満だったのは、選手交代においてまたしてもエジがアンタッチャブルになってしまっていることだ。

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2011年6月 5日 (日)

ナビスコカップ1回戦第1戦 浦和2-0山形

子どもたちの授業参観と運動会が終わって、昼食を食べたら息つく暇もなく埼スタに出かけた。
リーグ戦・カップ戦合わせて4週連続ホームゲームのラスト、山形戦だ。
疲れ果てたママさんと若は家で留守番し、私と姫の2人で行った。
まあ、私も疲れてはいたのだが…

姫の面倒を見るのが私一人で、試合中にも姫をトイレに前後半1回ずつ連れていったりしたこともあり、落ち着いて観戦することはできなかった。
前半終了間際のPKだけで勝っていたのなら何となくモヤモヤが残っただろうけど、後半に原口が決めてくれてよかった。
あとは今後唯我独尊的なプレーに走らないでいてくれれば、今以上に大きな戦力になると思う。
達也とマゾーラが途中出場したが、彼らが出てくるとチームもサポーターも勢いづく。
試合が面白くなる。

公式戦で今年ようやく2回目の勝利で、久々に「We are Diamonds」を歌った。
ナビスコカップ1回戦としては前半が終わっただけだが、試合としては勝ってるのだからその都度喜んだっていいのだ。

試合後スタジアムを出て、芝生広場で持って行っていたボールを蹴って姫と遊んだ。
姫も疲れているはずなのに(現に疲れていると言ってはいた)、やたらと走り回って元気だった。
なかなか終わらせてくれなかった。
若いっていいなあ。若いといってもまだ6歳。
私は疲労が極限まで来て、なんとか家まで車を運転したものの、部屋に入るなり夕飯も食べずに翌朝まで寝た。

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姫の授業参観、若の運動会

日曜日は行事が山盛りだった。
姫の通う小学校の授業参観と、若の通う幼稚園の運動会が午前中に完全に重なった。
やむなく私が小学校に、ママさんが幼稚園に行くことにした。

姫はいつもどおりの時刻に通学班で登校していった。
平日の朝は7時前には家を出てしまうので、私にとっては見たくてもなかなか見られない光景だった。
一部始終をビデオにも撮った。

授業参観は時間割の2時間目から4時間目までだった。
その時間に合わせて小学校に行った。
教室の後ろに立って、姫が授業を受ける姿を見た。
ああ、私もついにこんなことをする日が来たのか…と、なかなか感慨無量だった。

授業は国語、体育、図工と、嬉しいことに座学だけではないバリエーションに富んだ組み合わせだった。
国語は鶴やオウムなどの鳥のくちばしの絵を見て、どう表現するかという内容。
体育はルールにのっとった鬼ごっこ。
図工は家にある箱を持ち寄って、糊をつけて装飾して自分だけの箱を作る、というものだった。

姫や同級生の様子を見ていると、さすがに学級崩壊まがいのことは起きていなかった。
真剣に見るのもなかなか体力気力を使うもので、途中でかなり眠くなってしまった。

先に幼稚園の運動会を終えたママさんと若も途中から授業参観に加わった。
4人で家に帰って昼食にした。
姫に、
*教室の中では走らないこと。
*先生やクラスの友達が何か言っているときはちゃんとそちらを向いて聞くこと。
*授業中はちゃんと足を揃えて前を向いて座ること。
といった、私が見ていて気づいた点を伝えた。

けっこう疲れはしたけど、いい経験になった。
子どもにとってもきっと嬉しいことだろうし、こうした行事にはこれからも行ける限り行ってあげたい。
今回は行けなかったので、若の運動会のことを書いてあげられないのが残念。

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2011年6月 4日 (土)

私の知らない檜原村(後編)

(つづき)
都道205号に戻る。
この先が一般車は行き止まりなのはわかっていたが、さっきから出ている看板で「きのこセンター」というところまでは車道が通じているらしいことがわかった。
藤倉という集落から先の道がわかりづらかったが、きのこセンターまで行ってみることにした。

途中から片側1車線もない道になり、山の斜面を登っていくと、「日本のチロル」こと下栗の里(長野県上村)をわずかながら思い起こさせる風景があった。

ここのすぐ上にはちょっとした平地があり、小さな集落があった。
きのこセンターはそこにあった。

檜原村が建てたと思しきオフィシャルな看板にも出ていたので、きのこセンターも村営なのかなと思っていた。
しかしどうやら民間の経営のようだ。

せっかくなのでお土産を買おうと思い、そこの方に尋ねると、「今日はあまりいいのがないのですが」と言う。
それでも500円で一袋にめいっぱい入れていただいた。
私にとっては充分すぎる品質に思えた。

檜原村役場付近まで来た道を戻り、なじみのある檜原街道から奥多摩周遊道路へと入っていく。
都民の森で休憩するが、人が多いので缶コーヒーを買ったぐらいで早々とそこを後にした。

代わりに浅間尾根駐車場で大休止した。
さっきまで走っていた方面の眺望がいいからなのだが、きのこセンターやその周辺の集落がどこにあるのかは私にはわからなかった。

奥多摩湖を見下ろせる月夜見第一駐車場は今回はパスしようと思ったが、いつもと様子が違うので止まってみた。
駐車場は大部分が閉鎖され、このような看板が立っていた。

うーん…地震の影響がここにも。
車の重量はダメでも人間程度ならOKのようで、人の出入りは今までどおり自由だった。
見下ろした奥多摩湖。

駐車スペースには事故車を載せた救援車が停まっており、パトカーも2台ほどいた。
警察官や事故の当事者らしき人は見当たらなかった。
ちなみに月夜見第一駐車場には「ケガをすると病院に収容されるまで約2時間かかります」という看板がある。

奥多摩方面に下っていくと、反対車線(上り坂のほう)に別のパトカーが停まり、バイクも3台路肩に停まっていた。
ライダーが警察官に事情聴取を受けていた。
何があったかわからないが、せっかく出かけるのだから無茶な運転で事故だとか違反だとかを起こして警察のご厄介になるのは避けたいものだ。
自分の力量の8分目で走って、最後まで楽しくありたい。

その先のヘリポートには、東京消防庁の隊員の人たちがヘリコプターを待っている様子が伺えた。
やはりケガをした人が出たのだろうか。

国道411号青梅街道に出る。
奥多摩湖畔の水位がとにかく低い。
これで夏場は大丈夫なのかと思ってしまうほどだ。
峰谷橋の少し東京寄りで撮った画像。

2008年と比較してみると一目瞭然だ。

その先の食事どころ「のんきや」に入る。
ここは2回目だ。
「手打山菜とろろぶっかけそば」950円を注文した。


(かき混ぜた後に撮ったので見栄えが悪い)
前回何を頼んだか覚えておらず、メニューを見て今回はこれがいいなと思ったのだが、過去のブログを見ると2008年にここに来たときも同じ「手打山菜とろろぶっかけそば」を頼んでいたのだった。
やっぱり好きな食べ物は変わらないんだねえ。

青梅街道を楽しく走り、青梅市街からは入間市方面に東京都道・埼玉県道63号から変わる農道を進んだ。
この道も初めて通る道で、途中から視界が開けた。
このあたりは狭山茶の産地なのだ。

交差するJR八高線に電車が走ってきたのでこれも撮ってみた。
シャッターが切れるタイミングが意図したよりも遅かった。

いつもながら混雑する所沢市内を抜け、18時ごろに浦和に着いた。
走行距離は230kmほど、燃費は25.6km/lだった。
我が家の大きいほうの車だと燃費はよくて12km/lほどだから、やはりバイクのほうがリーズナブルである。
道中、運転しながらなんとなくタイヤ(特に後輪)が滑る感触がしていた。
空気が抜け気味なのかな?と。
だから余計に安全運転で走ってきたのだが、給油しがてらタイヤの空気圧を計ってみると、逆に規定の空気圧よりも高く入っていたのだった。
走行感覚と数値を重ねて考えると、それはそれで納得がいった。

家に帰ると、姫のお友達のお母さんが我が家に来ていて、玄関先で立ち話をしていた。
私の姿を見つけた姫と若がすっ飛んできた。
無事我が家に帰って来れたことを幸せに思った。

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私の知らない檜原村(前編)

6月の第一土曜・日曜は、私の経験上天気のいいことが多い。
真夏のように暑くないので、絶好のバイク日和になる。
過去に何回もこの日に日帰りツーリングをしてきた。
2008年は奥多摩、2009年は十石峠に行った。
(2010年は若のケガがあったため直前に中止)

今年2011年は土曜日だけ何の用事もなかったので、前々からママさんに行かせてもらえるようお願いしていた。
もう梅雨入りしたにも関わらず、やっぱりこの日は晴れた。

行き先は、バイクでも車でも何度も行っている奥多摩周遊道路をメインとしたエリア。
去年11月に家族で行ったとき以来で、そのときは走り屋が多くて事故が多発しているという理由で二輪車は一部区間で一方通行になっていたが、今はその規制はなくなっていた。

数ヶ月ぶりにエンジンをかけた赤骨はご機嫌が悪く、なかなかアイドリングが安定しなかった。
ご近所迷惑が気になりながらも、なんとか出発にこぎつけた。
浦和を8時ごろに出て、関越道所沢ICから圏央道日の出ICまで高速を使い、檜原村先回りのルートを取った。

今回は、ガツガツ走るというよりも、じっくりと走ってみたかった。
地図を見ると、何度となく足を運んでいる奥多摩・檜原エリアにも未踏の地があるのだ。
末端が一般車通行止めの林道になっている、行き止まりの道がそうだ。
今までは"行き止まりを戻ってくる"ということが私の性に合わず、足が向かなかった。

檜原街道を西に進むと、檜原村役場を過ぎたところ(本宿交差点)でこのようなT字路がある。

私の知らない檜原村

檜原街道、さらに奥多摩周遊道路方面は左折。
今までは左折しかしたことがなかったが、今回はここを右折してみた。
都道205号に入る。

少し進むと、一つ目の名所があった。
駐車場に赤骨を停め、名所までの遊歩道、というよりは山道を歩く。
看板に徒歩15分と書いてあったが、10分足らずで着いた。

私の知らない檜原村 私の知らない檜原村

そこは「払沢(ほっさわ)の滝」という。
誰が選んだのか存じ上げないが、東京都内で唯一"日本の滝百選"にも選ばれているのだそうだ。
滝壺の近くは水圧が起こす風が吹いて水しぶきが舞い、マイナスイオン全開で涼しいことこの上ない。
デジタル一眼を持ってくればよかった…と後悔した。

私の知らない檜原村私の知らない檜原村

滝を、というか水が流れるのを見るのは本当に飽きない。
そういえば「たわしネコ」さんも滝が好きで、あちこちの滝に行った話を聞いたなあと思い出した。
元気にしてるかな?

払沢の滝から都道205号を奥に進むと、少し外れたところに神戸岩(かのといわ)というのがある。
高さ100mほどの一枚岩だという。
後で調べたら、この岩の下部には鎖がついていて、沢伝いに歩けるらしい。
パワースポットでもあるそうだ。

私の知らない檜原村

車道を進むとトンネルをくぐる。
トンネル内には照明が全くなく、バイクのヘッドライトだけが頼りで、暗順応しきれていない私の目には路面が全く見えずに恐かった。
トンネルを抜けると間もなく一般車通行禁止の林道になり、そこで引き返した。
釣りをしていた人が、私のことをけげんそうに見ていた。
戻るときはある程度覚悟をして入ったからか、トンネル内の様子が少し見えた。
路面はレンガ敷きのように見えた。壁面は入口付近以外は手掘りだ。

私の知らない檜原村 私の知らない檜原村

(つづく)

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2011年6月 2日 (木)

「はみがきさん」

我が家の姫が、昼にテレビを見ながらこう言っていたそうだ。

「ママー、"はみがきさん"ってだれー?」

"谷垣さん"のことだったようだ。

それにしても、昨日までは不信任案に賛成すると胸を張って言っていた議員たちが、大挙して反対に回るとは。
自分の言葉に責任を持てない、子どものような大人の集まりだ。
親分が逃げてしまっても自分の意思を貫いた議員のほうがよっぽどまともに見える。今回に関してだけは。

民主党の代議士会は会社の昼休みの時間帯だったのでテレビで見ていたが、メドがついたら若い人たちに責任を云々というのは、どうとも取れる言い方だ。
これもいかにも政治家らしい。
実際、夜になってニュースを見たら、メドがつくという時期はかなり先にするつもりらしい。
それと、夕方に「ウソをつかないでいただきたい」と言っていた前首相がいたが、その言葉をそっくり返させていただきたい。

さらに納得いかないのは、欠席して棄権した連中のことだ。
自分の思惑で会議を欠席するなど、一般の会社では考えられないことだ。
即クビになってもおかしくない。
肝心なことを決める場に出ないのなら、議員なんて辞めるべきだ。
まさに税金のムダ遣い。

被災地がこんなときに争っている場合かという声もあるが、ダメなものは変えたほうがいい。
復興に長い時間がかかることが予想され、それまでずっと今のままでいいわけではない。
国のため、ひいては被災地のためにも、今回の不信任案は可決されたほうがよかった。
私としては、今回を機に売国政党は分裂してくれればよかったのだが。

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