異業種交流会 第二幕
某大手鉄鋼メーカーに勤務し、今年1月までブラジルに5年弱駐在していた先輩が日本に帰ってきた。
この人は私が大学に入ったときの4年生で、今は42歳。
同じ部の先輩後輩という間柄で、もう20年近い付き合いになる。
ベネズエラで育ったという帰国子女で、妹さんと電話でスペイン語で会話しているのを聞いたときにはびっくりした。
もちろん日本人同士ながら、妹とは日本語よりもスペイン語のほうが意思の疎通がしやすいと言っていて、そんな世界があるんだなと思ったことを思い出す。
その人が帰ってくるというのは以前から聞いていて、集まろうということにはなっていた。
当時はいろいろあって、1年生は2・3年生よりも4年生とのほうが仲がいいというような関係もあり、声がかかったのも私の同期が多かったようだ。
1月29日に同期でやった「異業種交流会」の延長みたいなものである。
夕方までは家族と遊び、後ろ髪を引かれる思いで家を出た。
我が家の姫に「パパ行かないでー!」と言われ、あとでママさんに「パパはお休みじゃないじゃない!」と怒っていたそうだ。
できることなら一緒に連れて行ってあげたかったんだけど、夜遅くなることが確実だったからなあ。
学生のときは毎日乗っていたJR埼京線に数年ぶりに乗り、都内の某駅へ。
集まったのは、ブラジル帰りの先輩とその同期の方と、先日の異業種交流会でも会った私の同期が4人、そして私の卒業と入れ替わりで入学した後輩が1人、全部で7人。
もちろん、今は全員が別々の会社にいる。
最初は当時入り浸っていた喫茶店で集合し、その後これまたよく行っていた居酒屋に流れた。
その居酒屋は3軒で1つのグループを形成していたが、今では1軒が残るのみである。
居酒屋チェーンの進出と、そもそも学生が飲まなくなった、部とかサークルとかに所属する人が減ったということが影響しているらしい。
店員のおじさんはそのグループ内にいた人で、私(たち)の顔を見るなり「ああ、久しぶり」と言った。
私自身は学生のときの部とはOBになってからも数年関わっていたが、2001年あたりを最後にまったく顔を出さなくなった。
それ以降はごく限られた数人としか会わなかったので、先日の同期での異業種交流会で会った人以外は7~8年ぶりの再会だった。
いろいろ昔話をした。
かつては何度もパーティーを組んで同じ山に登りにいったりしたので、懐かしい話がいろいろあった。
あっという間に4時間以上は飲んでいて、それでも話は尽きないほどだった。
もっとも、その場にいない他のOB/OGの話題になると、
「どこの会社に勤めているのか」
「結婚はしているのか」
という2つの質問が出たりして、いわゆる聞いたことのない会社に勤務していたり、まだ独身だと「へえー」と見下すような雰囲気が漂っているのが残念ではあった。
そういえば、「最近運動してる?」という話題になったときに、私は「最近はボウリングを週に2回ぐらいやってますよ」と答えた。
「ボウリングってスポーツか!?」と言われたが、「いやあ、あれは本気でやればスポーツですよ」と答えたのだった。
参加者にはサッカーに詳しい人も多かったので、その話も多くした。
ブラジル帰りの先輩曰く、「日本代表はホストクラブか」とのこと。
なんだかチャラチャラしていて、ブラジルの現地の選手に比べてストイックさが足らないということらしい。
ボールを持てるまで持って、それが無理になったらパスするというスタイルにすべきだとも言っていたが、そういう個人技頼みで失敗したチームを私は目の当たりにしているので、そのへんは共感できなかった。
そもそも日本人選手は、個人技では外国人選手と勝負にならないだろう。
まあしかし、他の会社にいる人がどういう仕事をしているかという話を聞いていると、私のやっている仕事があまりにもつまらなく感じてしまうのはいつものことであった。
私のプライベートがいかに充実していようが、週のうち7分の5は嫌でも会社(仕事)に関わらざるをえないのだ。
前向きな仕事がほとんどなく、「少しでも楽に仕事できるようにしよう」「少しでも早く帰ろう」ということばかり気にしている日常の、どこにやりがいがあるというのだろう。
まあ、世の中の働く人のうち、どれだけの人が満足のいく仕事をしているか、というのはわかってはいるけども。
久々にみんなでキャンプをしようという話が持ち上がり、そのときは家族のいる人は連れてきてみんなで行こうということになった。
我が家でも今年はテントや道具一式を買ってキャンプに行こうと思っていただけに、それはぜひ実現させたいものだ。
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