この土日の長野への旅は、家業をやっているママさんの実家がお歳暮用にリンゴを買いに行くのをきっかけにして、毎年12月に行っているものであった。
今回は我が家4人と、ママさんの両親「じーたん」「よっこさん」の6人で行った。
去年はママさんが若の出産間近だったので行けなかったが、その前は2年連続で行った。
3年前は日帰りだったが、2年前は別所温泉で宿泊し、そこの安楽寺や北向観音に立ち寄ったあと、今回と同じく善光寺に参拝した。
リンゴは佐久や小諸に近い立科町北部の農家で買い付けるのである。
ブログで書いた「坂城町ねずみ」という地名は、もちろん鼠先輩(最近テレビに出てる?)とは何の関係もない。
例えば「甲子(きのえね)」のように、十二支のうちの最初の一つからついた地名なのかもしれないと思っていた。
ネットで調べてみると、戦国時代に見張り場があって「寝ずに見張った」事から「寝ず見」→「鼠」になったという説があるそうだ。
一種の言葉遊びのようなものなのかもしれない。
江戸時代には宿場でもあり、鼠宿は北国街道の「間の宿」(あいのしゅく、幕府や藩の非公認の宿)の一つだったそうだ。
道路標識では画像に撮った国道のおにぎりの下のほかに、交差点の信号の下にもひらがなで「ねずみ」と書いてあったが、漢字だと読みづらいのでこのように表示してあるのだろう。
これだから地名は調べていくとおもしろい。
私は地図や地名が大好きなのだが、日本の至るところに不思議な地名や難読地名が存在している。
たとえば、以前ブログのこの記事とかこの記事の真ん中あたりに書いた「及位」とか。
近い例で言えば、浦和駒場スタジアムに近い「道祖土」、小学校の名前にもなっているが、これは近隣の人でなければ読めないだろう。
私も浦和に住んでからしばらくの間、"道祖神"の読みから「どうそど」だとばかり思っていた。
(正しい読み方は「さいど」)
今回は、私にとっては初めて訪れる戸倉上山田温泉で泊まった。
そもそも私にとっての長野県は、高い山が近くにある中央本線沿線の茅野、松本あたりが多く、しなの鉄道(旧信越本線)沿いのこのあたりを通ったことが今までほとんどなかった。
私は以前はもっぱらテントや駅寝が主で、温泉旅館に泊まるのはここ数年のことなので、その快適さに慣れると後戻りできなくなりそうで怖いものがある。
昨日も書いたが、「旅館 亀清」はアットホームでいい宿でした。
若旦那のお子さんたちが我が家の子どもたちと歳が近く、チェックアウト間際には子どもどうしで遊んでいた。
3日後にそろって誕生日を迎えるじーたんと我が家の姫のために、旅館にお願いして夕食時にケーキを用意してもらい、お祝いの品をじーたんにはマグカップ、姫にはピカチュウのぬいぐるみを渡してお祝いをした。
2日目は直接善光寺に行く予定だった。
しかし道路標識の「聖高原」の文字を見て急に思い立ち、姨捨に寄って日本三大車窓にも数えられる(JR篠ノ井線が近くを通っている)善光寺平の眺めを棚田から楽しんでから長野市街に向かった。
ちなみに、姨捨からの善光寺平の風景は、その全域が川中島の戦いの戦場と一致するんだとか。
そう考えると感慨無量だ。
善光寺は大勢の人で賑わっていたが、北風が強くて寒く、今にも雪が降ってきそうな雲が垂れ込めていた。
帰りの上信越自動車道の雪景色は、寝ている我が家の姫に見てもらいたくて何度も起こしたが、熟睡しっぱなしで結局起きなかった。
ところで、今回寄ったある場所で、ひとつのお店でまとまった数のお土産を買って帰ろうとしたとき、私は店から少し離れたところに立っていた。
そうしたら、一人のおばちゃんが寄ってきて「うちでも少し買っていっておくれよ、このままじゃ帰れないんだよ」と言われた。
さっきお土産を買ったところの隣のお店の人だった。
「うーん、買いたいのはやまやまなんですけど、家の者とも相談してみますから」などと言いつつ、いたたまれなくなってその場から離れた。
お金がいくらでもあれば貢献したいけど、申し訳ないけどそうもいかないしなあ。
こういうこと、しょっちゅうあるんだろうか。
売る人の口が上手いとかもあるだろうが、立地で売れ行きが左右されるということは間違いなくあるだろうし。
隣同士で売れ行きがよかったり悪かったりすると、関係が険悪になったりしないものなのだろうか。
当然ながらお店は簡単に移動できるようなものではないから、一度こじれるとずっとそうだろうし。
サラリーマンも辛いけど、こういうお店も辛いよなあ。
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