浅草寺の南側や東側は大勢の観光客で賑わっていたが、西側はうってかわって閑散としていた。
ツタに覆われた浅草観音温泉。

看板が古すぎる。。。
ネットでこの温泉の別の画像を見てみたら、「男は黙ってサッポロビール」の看板もあるそうだ。
近づいて見ておけばよかった。
大衆演劇の劇場「浅草木馬館」があった。
北区十条にある「篠原演芸場」では、出待ちをするオバサマ方で賑わっているのを時々見たが、こちらはタイミングが合わなかったのか、人があまりいなかった。
花やしきの前も通ってみた。
花やしき通りにいろいろ店ができていて、20年前とは感じが変わっている。

しかし、中は昔と変わっていないようだった。
お客がいる雰囲気はあまり感じられない。
目の前を無人のジェットコースターが車輪を軋ませながら走っていった。

昔の入り口はここだったのに。。。今はこの左手にあるお土産ショップから入るらしい。

花やしきの目の前は、浅草六区と呼ばれる地域だ。
昔は六区こそが最大の繁華街そのものだったそうだが、今は人通りもさほどではない。
道路が広い上に、車が通らない道だけに余計寂しく感じる。
今の六区はいかがわしいといえばいかがわしいが、こういう猥雑さは大人になったからこそ余裕を持って楽しめる。
20年前の当時は、浅草ROXという商業施設の中の本屋ぐらいにしか行かなかった。

うーん、昭和だ。。。もしくは田舎の温泉街?
でもこういう存在はやはり貴重だ。時間がなかったのでどこにも入らなかったが。

「明るく楽しい東宝映画」。。。看板が煤けてます。
こういう看板が現役というか、いまだに出されているのが浅草なのだ。
浅草演芸ホールには、中年以上の男女が列をなして吸い込まれていた。

私も落ち着いて見られるようになったら、ぜひ見てみたいものだ。

この「セキネ」というレストランに、私が小中学生のころの友達のお父さんが勤めていて、浅草にドラえもんか何かの映画を見に来たあとに夕食をご馳走になったことを思い出した。
まだお店があって、よかった。
さらに西へ進む。
浅草ビューホテル。

浅草にこんな立派なホテルが必要なのだろうか。。。と言っては失礼だが。
しかし、確かビューホテルは一度倒産した覚えがある。
やはり浅草には似つかわしくなかった、ということなのだろうか。
とはいえ、三社祭や隅田川花火大会の時には抜群のロケーションらしい。
東京メトロ日比谷線の入谷駅を経て、京浜東北線の鶯谷駅まで歩いていくことにした。
途中の「金竜公園」という、なんの変哲もない公園。
「金竜」とは、浅草寺の山号が「金竜山」というのにちなむ。

小さい子どもを連れて遊ぶ母親たち、自転車を乗り回す小学生たちとともに、公園内の片隅で酒盛りをするおじさんたち。
そういう異色の存在が当たり前のように混在している風景は、見慣れない人から見れば異様かもしれない。
そこからは言問通りを歩く。
「仲入谷」という地名。

ここといい、日比谷線の駅名「仲御徒町」といい、下町では"中"ではなく"仲"なのだ。
(と断言しちゃっていいものかどうか、わかりませんが)
"中"よりも"仲"が幅を利かしているのは、むしろ沖縄のようでもある。
入谷駅周辺で国道4号(昭和通り)をまたぐ。
ここから上野までは1km、日本橋までは4kmという看板が出ていた。

歩道橋を渡りきると、そこにはあの「入谷鬼子母神」があった。
こんなところにあるとは。。。ついぞ知りませんでした。

そして鶯谷駅に到着。
入谷から鶯谷は、案外近いのだ。
両方とも上野の隣駅だし。

ところで、私が昔通っていた場所と、月に1回ぐらい食べに行ってたおそば屋さんは、もはや跡形もなかった。
そりゃそうだろうね。。。もう20年経ってるんだもんね。
久々の浅草は、懐かしいことと今となっては新鮮なことがないまぜになって、全く飽きることがなかった。
これからは年に1回ぐらいは行ってみたいな、と思った。
今回の数時間ではとてもじゃないが回りきれていない、演芸ホールなどにも行ってみたいし。
しかし惜しむらくは、浅草のこの味は子どもにはわからないだろう、ということだ。
京浜東北線に乗り、家には18時半ごろ着いた。
普段そんな時間に帰ることはまずありえないから、今日は我が家の姫や若とゆっくり遊ぶぞと思ってリビングに顔を出したら、2人とも寝ていた。
ほんの5分前くらいまでは起きていたんだという。
この日は、それだけがとてつもなく残念だった。