カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の208件の記事

2009年12月21日 (月)

浦和駅3番線

朝、いつものように通勤のため浦和駅に着くと、改札を入ってからの様子が違った。
係員の人が誘導をしている。
それで思い出した。
「ああ、20日に3番線の付け替え工事をしてたんだ」と。

浦和駅3番線は、宇都宮線・高崎線の上り列車(上野行き)が停車するホームである。
私が朝の通勤時には毎回使っているホームだ。
ここが、付け替え工事によって高架になった。
2番線(京浜東北線北行)が高架になったのが2008年5月だから、それ以来の大きな改造である。

新しいホームへの通路は、正直言って行きづらい。
駅構内を歩く距離が長くなって、今までよりも1分から2分は余計に時間がかかる。
たかが1分、されど1分。
朝は1分でも貴重なのだ。
浦和駅が本当に使いやすくなるのは、自由通路ができてからだろうなあ。

余談だが、私は高架駅よりも地上駅のほうが好きである。
私が高校生ぐらいまでを過ごした家からの最寄り駅も地上駅で、大学生のときに使っていた埼京線の十条駅も地上駅、そして浦和駅も変則的だが地上駅だった。
地上駅はその周辺に「開かずの踏切」が存在することが多く、街が鉄道によって分断されることが多いという。
高架化はこれらが解消されるが、私にとっては視覚的なものも含めて「壁ができる」圧迫感を感じるのである。

埼玉県内の京浜東北線沿線は、川口、西川口、蕨、北浦和、与野と似たようなつくりの駅になっているが、地形的な理由もあるが浦和駅は違うタイプであることも気に入っていた。
ただし、貨物線(湘南新宿ライン)が頭上を通過しているのはいただけないが。

今の工事中の浦和駅を見ると、私は赤羽駅を思い出す。
赤羽駅も昔は(私の知っている限り)赤羽線/埼京線を除いては地上駅で、1990年代に何年もかけて工事をしていた。
池袋のほうから電車に乗って、埼京線ホームの階段を下りると、そこが4番線(宇都宮線・高崎線下り)だったころは便利だった。
その工事が終わって高架駅となり、きれいにはなったものの、なんだか味気なくなった。

浦和駅4番線が高架になるのは2010年度のことらしい。
そのあとは、待望の湘南新宿ラインのホームができる。
そうして、浦和の玄関口の風景も変わっていくのだろう。

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2009年12月11日 (金)

熱海で研修

熱海で研修があった。
新幹線で現地に向かった。
新幹線に乗るのは、一昨年9月に広島に行ったとき以来だ。

熱海で研修 熱海で研修

新幹線300系は、今では「こだま」にしか運用されていないだろう。
「のぞみ」登場時、私にはこの車両が斬新だった。

危うく寝過ごしそうになりつつも、なんとか熱海で下車した。
会社の保養所の研修室へ。
内容は、同じ役職の人が集まって意識を高めるというようなものだった。
行く前は憂鬱でしかたなかったが、参加者はみんな知っている人ばかりだし、たまには(?)こうして真面目に仕事のことを考える機会があってもいいのかなと思った。

夜は懇親会となり、どちらかというとこちらが主な行事のようなものだった。
食堂での懇親会のあとは、誰かの部屋に大勢で集まった。
修学旅行なら騒いで終わりだろうが、そこは大人、どこからともなく酒が次から次へと出てきて、尽きぬ飲み会となった。
今回初めて話した人のなかにガンバサポがいて、サッカーの話で盛り上がった。
気がついたら、1時半を回っていた。

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2009年12月10日 (木)

慣れたと思ったら落とし穴

先日書いたように、新しい職場に移ってから1ヶ月ほどが経った。
あらかた慣れたと思ったら…

基本的に平日は毎日出勤している人が、この日は年休を取った。
その人のサブというか、不在のときの業務は私がやることになっていて、基本的なところは前日のうちに覚えた。
しかし、いざやってみるとイレギュラーなこともあり、確認が不徹底だったこともあり、ほとんどトラブルに近くなってしまった。
先方から「引き継ぎはしっかりやってください」と言われ、私自身もかなり凹んだ。

やはり、慣れに油断せず、適度な緊張感は維持していかないとだめだなあ…

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2009年12月 7日 (月)

慣れというものは

今の職場に移ってから1ヶ月が経とうとしている。
職場の最寄り駅からは歩きだ。
それも交通の便の悪いところなので、20分も歩くのである。

最初はそれが嫌でしょうがなかった。
誰が好き好んで寒空の下そんなに長く歩くか…と。
我が家も駅からそれなりに歩くので、通勤の両端で長いこと(しかも毎日)歩くのは、しんどかった。
通勤バスの導入を上の人に働きかけもした。
しかし費用が数十万単位でかかるので難しいと言われたのだった。

私は通勤時に万歩計をつけている。
その数値が、以前は8,000歩ほどだったのが、今では12,000歩近くに跳ね上がった。
それもこれも、会社まで20分歩いているからだ。
「もしかして、ちょっとは健康にいいかも…?」と思い始めてしまった自分がいる。

さらに、会社に常備してある自転車で職場の最寄り駅まで走ってみた。
普段自転車を全く漕がない生活を送っていたので、最初の数日は苦痛だった。
しかし慣れてみると、駅までは徒歩の半分ぐらいで着くし、これまたいい運動かもしれないと思い始めてしまった。

今では、「この事務所で定年まで働くわけではないだろうから、ここにいる間ぐらいは徒歩や自転車でもいいかな」と考えが変わりつつある。
慣れというものは恐ろしいものだ。

とはいっても、寒空の下歩いたり自転車に乗ったりしていると、体の芯から冷えて凍えるようだ。
やっぱり楽なほうがいいかもなあ…

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2009年12月 1日 (火)

月末月初

新しいセクションでの、初の月末処理だった。
結論から言うと、思ったよりすんなりと終わった。
身構えて臨んだので余計そう感じたのかもしれないが、もろもろのスケジュールにも恵まれ、普段より少し遅いぐらいの時刻には退社することができた。

ただし、仕事中は本当に気が抜けない。
それはそれでいいことというか、当然なことかもしれないが。

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2009年11月30日 (月)

身近だった人の訃報

会社にいるとき、急に訃報が入ってきた。
よく社員の親御さんが亡くなったなどという情報は流れてくるが、今回は違った。
家族ではなく、社員の人が亡くなったという。

その人は、私が10月までいた事務所で同じフロアにいた。
隣のセクションとはいえ、約4年間、平日はほぼ毎日顔を合わせていた。
正直、あまり"できる"とは言い難かったが、悪い人ではなかった。
2年ほど前に定年退職し、別の事務所で嘱託として働くようになってからは、確か1回しかお会いしていない。
最近会った人によると、ずいぶん痩せていたという。

まだ62歳…定年になって、これからようやく自分の自由な時間ができるという立場になったのに、なぜそんなことになるのかねえ、と思う。
神様も何もあったもんじゃないなと。
私は定年後にはあちこち旅して暮らすのが夢であるだけに、もしそうなってしまったら絶望感しかないだろう。

葬儀にはぜひ参列させていただきたいと思ったが、折悪しく月末にかかってしまい、夜も昼も抜けることができない…
仕事より冠婚葬祭が優先だとは思うけど、どうしても抜けられないのだ。

謹んでお悔やみを申し上げます。

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2009年11月27日 (金)

あれから10年経った今日は

今日11月27日は、レッズがJ2に降格した日である。
1999年のことだから、ちょうど10年前になる。
その年、仕事の都合でシーズンラスト4試合のうち3試合しか見に行くことができず、私にとって初のアウェー参戦(等々力)にも行ったが最終戦までもつれ込み、現地に行くことができなかった。
奇しくも、ラジオ(ニッポン放送)でその試合の中継を聞いていた場所が、この11月から勤務している今の事務所だった。
J2降格が決まってから、まともに話すことができないくらい気落ちしたのを覚えている。
渡辺美里の「10 years」という曲ではないが、「あれから10年も」経ったのかと思わされる。

そんな今日は、年休を取って会社を休んだ。
銀行に、住宅ローンの借り換え手続きをしに行ったのだ。
下準備はママさんにやってもらっていたが、私本人のサインが必要な書類があるためだ。
姫を幼稚園に送ったあと、若を連れて3人で向かった。
2時間半近く銀行にいたが、膨大な書類を間違いなく用意する銀行員の人には感心した。
そこから戻ってきて、14時半に姫をお出迎えしてからは、姫とすごろくをして遊んだ。

夕方、私だけまた出かけた。
仕事上付き合いのある、沖縄に住んでいる人が上京してきているということで、歓迎会に呼ばれたのだ。
19時からの予定だったので、その5分前に店に着いたが、誰もいなかった。
他の参加者はみんな仕事を終えてからなので、到着が遅れていた。
19時15分ごろに第一陣が着いてから、みるみる参加者が増え、当初予定が10人だったのに最終的には15人以上が集まった。

2次会ではカラオケにも行った。
私はカラオケが大嫌いで、もう5年は行っていなかった。
今回も自分は歌わずに、他の人が歌うのをひたすら聞いていた。

終電で帰ったものの、沖縄からの客人からもらったお土産をどこかに置き忘れてしまった…
毎度のことながら、酒はほどほどにしないと。

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2009年11月25日 (水)

トラブルばっかり

職場の環境が変わり、何もかもが後手になる日々が続いている。
このブログもしかり。
まあ、日記は後でまとめて書いたりするものだから…それぞれの日付で何かしら書ければ、自分的にはOKである。

日曜日に屈辱のスコアを出してしまったボウリングもそうだ。
平日夜に投げに行きたくても、会社を出るのが遅い上に家まで2時間近くかかるので、翌朝早いことを考えると二の足を踏んでしまう。
今日こそは投げに行こうと思ったが、家のリビングの椅子に座ると既に22時半、投げて帰ってきたら夜中の1時を回るだろう。
それで行く気が失せた。

帰りが遅くなる原因は、仕事に不慣れだからではなく、仕事上でトラブル続きなためだ。
今の職場に異動してきてから2週間、何事もなく終わった日が一日もない。
明日はお客さんのところに謝りに行かなくてはならない。
しかも私がミスしたわけでもない、立場が元請だから謝りに行くわけで。
正直なところ、俺が何をした?という気分。

今の私に一番大切なのは、何のストレスもなく日々を過ごせること。
明日あさってと飲みの予定があるが、年休を取っているあさってはともかく、明日は無事に退社できるのだろうか。

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2009年11月22日 (日)

歓送迎会

10月までの勤務先で、歓送迎会をやってもらった。
出て行く私の送別会と、新たに加入した2人の歓迎会だ。
私の職場は月曜から土曜まで誰かしら出勤しているので、全員休みの日曜日に開催となった。
休日に家族のもとを離れるのは忍びなかったが、いちおう私が主役なのでありがたく行かせてもらった。
姫は玄関で「パパがんばってー」と送ってくれた。

集合時間は16時。
これも翌日の出勤者に配慮した時間帯だ。
参加者は20名弱。
駅近くの、地下にある居酒屋が会場だった。

先月までは毎日のように見ていたが、今月(特に10日以降)は初めて顔を合わせる人たちだった。
私にとっては、帰省して故郷の友人と飲んでいるような心持ちだった。
初めていっしょに飲む人も何人かいて、今まで知らなかったその人の一面を知る思いだった。
やはりほどほどの酒は人間関係の潤滑油になる。

2次会も居酒屋へ行き、3次会はボウリングになった。
なぜボウリングになったかというと、私が1日に6ゲーム投げることがあることを酒席でしゃべった人がおり、その流れだったのだ。
私のハイスコアが230ということも知れ渡ってしまい、それに恥じないスコアを出すべく臨んだ。
しかし、1次会2次会でビール、日本酒、麦焼酎などを飲み続けた影響で、頭がフラフラしていて全く狙いが定まらない。
1Gは1フレで1本も倒せずスコア0、その後もストライクはおろかスペアもなかなか取れず、それでもなんとか3ケタスコアに乗せた。
2Gはダブルを2回出したが、150を越えるのがやっとだった。
2ゲームでのアベレージは133。
(このボウリングについては後日また書きたいと思う)

帰りは京浜東北線の大宮行きに乗ったら、日曜夜の電車は混んでいてなかなか座れなかった。
南浦和でようやく座れたと思ったら意識を失い(=寝てしまい)、次に気がついたのは西日暮里だった。
寝過ごして、大宮で折り返してしまったのだ。
そこからもまた延々と座れずにいて、余計に疲れた。

ボウリング場では左手の小指をボールとボールの間に挟んで内出血して痛いし、家に帰ったらなぜかおでこと左ひざをケガしているし、飲みすぎもほどほどにしないと…

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2009年11月20日 (金)

やっと一週間終わった

激動?の一週間がようやく終わった。
金曜日は朝からトラブル続きで、ほぼ1日中それらに忙殺された。
日が暮れるころにはヘロヘロ…

ともあれ3連休に突入したが、来週は出勤日が少ない上にやることがぎっしり詰まっていて、気が重い…
まあ、休みは休みでその間ぐらいは切り替えようと思う。

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