カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の197件の記事

2009年11月13日 (金)

「フェリーありあけ」

東京から鹿児島県の志布志を経て那覇に向かうフェリー「ありあけ」が、三重県沖を航行中に大波で横倒しになり、座礁するというニュースがあった。
今日はオバマ大統領の訪日と座礁のニュースでもちきりだった。

私は船で沖縄・奄美大島に渡ったことが3回ある。
東京港では有明埠頭から出港するのだが、その待合所は前時代的なボロボロの建物だった。
大学4年の春休みに沖縄(主に石垣島)を自転車で3週間ほど旅したときは、那覇まで行く「かりゆしおきなわ」という船に乗った。
今回の事故時には乗客が7人だったということだが、そのときは春休みということもあって、大勢の客がいた。
その待合所の前で自転車を輪行状態にして、手荷物として船に乗せた。

この「ありあけ」には、私は2回乗ったことがある。
1回は那覇までで、とあるつてを使ったおかげで船員さんにブリッジ(操舵室)や船内各所にまで案内してもらって、いろいろなことを教えてもらった。
貴重な経験をさせてもらった。
その先は那覇→石垣、石垣→那覇、那覇→東京と飛行機で移動したが、時間がかかっても日本一長い航路の船旅をしたかったのだ。

もう1回は、奄美大島の名瀬まで乗った。
2001年の年末にバイク(赤骨)とともに乗船し、奄美大島の友人の実家に1泊し、1月4日まで奄美大島と加計呂間島を走り回った。
帰りは私は飛行機で帰ってきたが、赤骨は後日「ありあけ」に乗って東京に帰ってきた。
名瀬までの行きの航海中に、本州最南端の潮岬付近を眺めたことを覚えている。

今回は、その潮岬の手前の熊野灘で荒天に遭遇し、あんなことになってしまった。
横倒しに座礁した姿をニュース映像で見るたびに悲しくなり、何やらこみ上げてくるものがある。
悲しくなってばかりもいられないのだが…

ちなみに、運航船社のマルエーフェリーは、先日大阪で市橋容疑者に気づいて警察に通報した会社でもある。
この数日のニュースでの取り扱われ方は、まさに天国と地獄だ。

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2009年11月12日 (木)

歓送迎会

新勤務地で、歓送迎会をやってもらった。
なるべく多くの人に参加してもらえるようにということで、飲み物食べ物を買い出ししてきて事務所でやった。
酒が入った上での会話は弾むから、こういう機会をなるべく早く持てたことはいいことだった。
まあ、いろいろモヤモヤしたこともあり、帰るころには疲れ果てていたけどね…

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2009年11月11日 (水)

二歩

引き継ぎ2日目にして最終日。
今日引き継いだ内容は、先月まで私がやっていた業務に近く、その点では理解しやすかった。
引継書を読んでわからないところは前任者に聞いて、ある程度は不安が解消できた。
もっとも、明日になればまたわからないところが出てくるのだろうが。

午後には、取引先に着任あいさつに出かけた。
私の前の職場はほとんど外出のないところだったので、訪問先で名刺交換するなんて何年ぶりだっただろうか。

今回の人事異動は、前任者1名に対して後任が私を含めて2人いる。
もう1人のほうは、今回私や前任者と同じポジション(役職)になった、私の後輩だ。
セクションの中に係が2つあるわけでもないのに、今回わざわざ昇格させていた。
引き継ぎも管理関係とその他に2人に分けて行ったが、いわば船頭補佐が2人いるような状態になっているわけで、指揮命令系統的に実にやりづらい。
どこまでが私の担当で、どこからが後輩の担当なのか、はっきりしているようでしていないからだ。

無理やり将棋にたとえれば「二歩」みたいなものじゃないかしら。
将棋指しの人は、どういうお考えなんでしょうねえ…

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2009年11月10日 (火)

新勤務地初日

今日から新しい勤務地での仕事となった。
これから毎日、浦和駅を今までより20分以上早い電車に乗らなければならない。
朝の20分は大きい。
早起きが頭にあったせいで、昨夜はろくに寝られなかった。
ちなみに、職場での昼寝も、今までは和室に布団を敷いて寝られるという極上の環境だったのに、今日からはそれもなくなった。

昨日までと違い、今日と明日は引き継がれる側だ。
前任者は明後日からいなくなってしまうから、2日間で一通り引き継がないとならない。
次から次へと覚えるべきことが出てくる。
今まで経験のない業務が多い上に、わからないことは前任者には電話でしか聞けないだけに、かなり不安である。
明日からもこんな不安な日が続くと思うと、余計に憂鬱になる。

それにしても、よく歩く通勤経路になった。
私は万歩計をつけて通勤しているが、今までは8,000歩くらいが標準的な歩数だったのが、今日は12,500歩。
たまにならいいけど、毎日はちょっと辛いんでは?
通勤時間は片道1時間50分。
毎日が小旅行?

携帯を見ながら歩いて電車に乗っていたら、家に着くまでに電池が切れた。
手持ちのラジオも電池切れだったし、私も電池切れ気味。

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2009年11月 9日 (月)

さよならは別れの言葉じゃなくて

今日は、現勤務地での最後の日となった。
引継書をなんとか仕上げ、その説明を後任の人にして、机の引き出しを空にして拭き掃除をしたら、退社したのが21時半になってしまった。

先に帰る人帰る人に「ありがとうございました、今後もよろしく」と挨拶をしたら、ある人がこう言った。
「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うまでの遠い約束って言いますからね、今なんつったら(何と言ったら)いいかわかりませんよ」と。

そうだよねえ。
「サッカーに別れはない」と同じく、再び会うこともあるんだよな。
職場の場所が違うだけで、仕事上ではまだまだ絡むんだから。
ちなみに「さよならは…」の元ネタがわかる人は、きっと30代後半以上。
わからない人はググってみてください。

それから後任の人と「裏の引き継ぎ」と称して23時近くまで飲んだ。
その人は自他共に認める鉄道マニアで、HOゲージの車両を500両近く持ってるんだとか。
今までいくらかけたのか…想像つかない。

次は秋葉原の万世で飲むことに誘われた。
今日も送別会ということでおごってもらった…

明日からは、新勤務地へ赴くことになる。
今までは私が知っていることを伝えただけ、明日からは逆に知らないことを教えてもらう立場。
大変なのはこれからだ。

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2009年11月 6日 (金)

ただいま引き継ぎ&片付け中

異動が決まってからは、仕事の引き継ぎと机の整理に多くの時間を費やしている。
6年5ヶ月も同じ机を使っていたから、引き出しの中は懐かしいものなどがいろいろ出てくる。
なぜか昔の週刊誌や、レッズが2003年にナビスコ杯制覇したときの埼玉新聞のコピーなども出てきて、ついつい読んでしまうと片付けも進まない。

それと、紙ゴミがやたらと多い。
プリンターから印刷した当初はもちろん必要だったものだが、今となってはいらないもの。
最近はペーパーレス化を進めてはいるのだが、何年も前の書類が残っていたのだ。
そのままポイと捨てられる性質の書類ではないので、シュレッダーの前に立っている時間が長い。
今までの職場には9日(月)まで出社する。

そして、飲みのお誘いを受けることも増えた。
それは正規の歓送迎会だったり、事務所では話せない「裏の引き継ぎ」ということだが、普段は職場の人と飲むことはめったにないので、思わぬ機会を提供する形となった。
飲みの予定は、今決まっているだけで12日、22日、そしてもしかしたら9日も。
さらにプライベート飲みで25日と、もっとあるかもしれない。

「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」 ならぬ「異動と云ふは飲むことと見つけたり」?

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2009年11月 5日 (木)

ワールドシリーズ制覇おめでとう

私は野球は広島カープファンであるが、海を渡った日本人メジャーリーガーについては誰彼なくそれなりに応援している。
ヤンキースの松井選手が、ワールドシリーズ優勝を決めた試合で6打点をマークして、MVPに輝いた。
私がYahoo!のニュースで見るたびに、2打点、4打点、そして6打点と増えていった。

大舞台で最高の結果を残せるというのは、やはり実力があってこそのもの。
今年はケガで出遅れたり、来季もヤンキースでやれるか危うい状況だったみたいだが、これで万人に認められる成果を挙げたことになる。

本当におめでとうございました。

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2009年11月 4日 (水)

「早起きは三文の得」とは言うけれど

今日は、新勤務先での朝礼に出た。
いったん現勤務先に寄ってから車で向かったので、普段より1時間早く家を出た。
つまり、5時半過ぎに起きて6時には家を出たというわけだ。
浦和発6:17の電車だった。

おとといは現勤務先の朝礼に出るために、浦和発6:45に乗った。
普段は7:12か7:16発なのだ。
朝は一分一秒ですら大切なのに、この違いは大きい。
ちなみに、朝礼はいろんな出勤時間帯の人に合わせるため、普段の始業時刻の30分前に始まっている。

世の中には様々な職種があるように、勤務時間もまちまちだ。
夜に働いて、昼に家で寝ている人もいることはいる。
今朝、私が浦和駅まで歩いている間にも、トラックを中心に車は多く行きかっていたし、駅のホームにもスーツを着た人が大勢立っていた。

5時台に起きたので、日中は眠くてたまらなかった。
世間一般の人にしてみれば、これは早起きと感じるのだろうか。
しかし、私の会社の人で同情してくれる人はまずいない。
なぜなら、役職などに関わらず、多くの人が普段から5時台に起きて出勤しているからなのだ。

8時前に事務所に人がズラリと揃っていることも珍しくない。
今朝の朝礼も、皆さん元気だった。
私はきわめて眠かったのだが、いちおう主賓というか着任する立場なので、全員の前であいさつしたり、一人一人によろしくと言ったりした。

私が漠然とイメージしていた社会人というのは、7時ぐらいに起きて登校前の子どもたちといっしょに朝食を食べ、8時ぐらいに家を出るというものだった。
実際にはそんな人ばかりではないことは重々わかっているが、通勤電車が一番混む時間帯はやはり8時台だ。
ということは、その時間帯に通勤している人が一番多いという証拠だろう。

私の通勤時間は、電車の接続がよい朝で1時間20分ほど。
今でも8時ちょっと過ぎには会社の最寄り駅の改札を出ている。
私の今の通勤時間帯では電車内でぎゅうぎゅうになることはほとんどないから、その点は楽だ。
しかし、家を7時ちょうどぐらいに出るというのは、私にとってはギリギリの線だ。
新しい職場になると通勤時間が伸びるので、普段でも今よりも早く家を出なければならず、また朝早く行かざるをえない場面が多くなることが予想される。

役職によっては(必要もないのに)早く出てくる人、定時出社でも通勤に往復5時間かかってる人などがいる。
そんな人たちは、「家を出るときに家族はみんな寝ているし、時には普段は起きている駅までの道すがらにいる犬も寝ている」と言う。
家族で始める1日のスタートも何もあったもんじゃない。

私も、あと1年ちょっとで不惑を迎える。
考えさせられるわ…

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2009年11月 2日 (月)

「サッカーに別れはない」

職場の朝礼で、異動をするにあたってのあいさつをした(させられた)。
いつもより40分も家を早く出たので、かなり眠い。
今日は第1営業日なので、月末の業績締めの引き継ぎをしながらやっている。
一人でやるのなら気が楽だが、教えながらとなるとなかなかしんどいものがある。
さらに、休み明けの4日には新勤務地での朝礼があって、そこでもあいさつをすることになっている。
普段より1時間早く、6時前には家を出なければならない。
夜遅いのはともかく、朝早いのは嫌いなんだけどなあ。

ところで、その朝礼でのあいさつの中で、このような趣旨のことを言った。
ほとんど思いつきだ。

「ご存じの方もいると思いますが、私は浦和レッズのサポーターです。
昔レッズにいた監督が、こんなことを言いました。
"サッカーに別れはない"と。
サッカー選手や関係者には移籍が多いから、離れ離れになることはあっても、またどこかで会える、いっしょに仕事ができるということです。
我々の仕事についても同じことが言えると思います。
またぜひいっしょに仕事をしましょう。」

元ネタは、2001年の後半にレッズの指揮を執ったピッタ監督が退任時に言った言葉だ。
ここにそのときの全文が載っている。
簡潔ながらも的を射たその言葉が、私の脳裏に今も焼きついている。
サッカーではなく仕事だが、まさに今の私にぴったりな言葉なんじゃないかと。

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2009年10月29日 (木)

増幅された不安

11月からの部署で上司になる人と、1時間ぐらい話す機会があった。
どういう業務があるか、私はどんなことを担当することになりそうなのかなど、いろいろ聞いた。
今もやってるような管理的業務ばかりでなく、実務もかなり回ってくるらしい。
人手が足らないのだ。
しかもその実務は、今まで全くやったことのないことばかり。
一から覚えなくてはならない。
私にも今までの経験や、多少なりとも得意分野というものがあるのに、今回の人事異動でそれらは全然考慮されていない。

さらに、新しい勤務先までは交通手段がなく、最も近い駅から20分近く歩かなければならないことがわかった。
歩くのが嫌なら自転車を用意してそれで通うか、少し離れたところが終点になっているワゴンバスに乗れとのこと。

話し終わった後、どっと疲れがきた。
不安がより増幅された。
残業も、人によっては月に100時間以上に達することがあるらしい。
(今の私の残業は月30~40時間台)
さすがに改善しようとしてはいるようだが、人員の数は変わらないままだ。
「1日は必ず終わる」と思ってやるしかないのか。
前も書いたけど、本心はもう新しい仕事を経験したくもないし、覚えたくもないのだ。

その前に、今の業務の引継書を作らなくてはならない。
来月からのことを今考えてもしょうがないのだけど、頭の中がモヤモヤしていて、なかなか手につかない。

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2009年10月28日 (水)

3人で送別会

送別会をやってもらった。
私の勤務先は少々複雑で、普段の仕事は事業所単位でやっているのだが、組織上はその下にグループがある。
私のグループは3人だけなので、それで全員なのだ。
それでも同じ事業所内に何でもかんでも誘われたがっている人がいるので、事務所を出るときは細心の注意を必要とした。

前にも書いたように、私は今の職場に6年5ヶ月いた。
その間に数多の人が異動して来て、また出て行ったが、ここ数年は会社としての歓送迎会を全くやらなかった。
今のセクションにずっといた私としては、他の人の歓送迎会をやってないのに私のをやってもらうことは申し訳なく、またありがたかった。
今回のメンバーは、5月に寝過ごして東武東上線の森林公園駅まで行ってしまったときと同じだ。

で、またしても調子に乗って飲んでしまい、森林公園ではないが大宮まで寝過ごした。
ママさんを電話で呼んで迎えに来てもらったが、記憶のない間にいろいろ醜態を晒していたらしい。
以下はママさんの証言。

*私は大宮駅前のベンチ?に座って寝ていたらしい。
迎えに来たママさんが車内からいくら私を呼んでも起きず、マジですかと囁いたら目覚めた。
車に乗るなり「他人事みたいに言わないでくれる?誰だかわからないじゃん!」と言ったそうだ。

*車中では普通に話したそうだ。(ほとんど覚えていない)
カーナビの設定で、家の近くになるとネコの鳴き声が鳴るようにしてあるが、にゃおんとカーナビが言うと同時に私も「にゃおん」と言いながらオナラをしたそうだ。

*家に着いて車を降り、すぐに家の中に入ると思ったら、私は道路でクルクル円を描きながら歩いている。
そして椅子みたいな物にちょこんと座ってから、駅で寝ていたようなポーズでまた寝はじめた。
ママさんが車を駐車してから起こしに行くと、「座り心地が良いんだから起こすな」と言ったそうだ。
何とか立ち上がらせると、私は木に寄り掛かり「気持ちいい!」と言って、なかなか家に上がらなかったそうだ。

*家に入ると、私は寝室ではなく和室で突っ伏して寝てしまっていた。
ママさんが起こそうとすると、私はお風呂に入らなくてはと言いはじめた。
こんな状態では危ないと言うと、「酔ってない馬鹿にするな」と言ってまた寝た。
ママさんがスーツを脱がそうとしたら、「ぼくちん寝る」と言って起き出した。
するとハイハイしながら「赤ちゃんねこちゃんニャオーンニャオーン」と、姫の真似を言いながら寝室に。
ママさんがやっとの思いでスーツを脱がせると、私はママさんの脚の上で寝た。
重いよ痛いよと真剣に言われて、私は「重くなんかない、弱音を吐くな、これは試練だ」と捨て台詞を吐いて、そのまま朝まで寝たそうだ。

…書いてるだけで恥ずかしくなるような醜態だ。
記憶がなくなるぐらいまで飲むと、時々こういうふうになるらしい。
愚痴っぽくなったり怒りっぽくなったりはしてないようで、自分としては安心だ。
そんな私を、ママさんは怒ることもなく「また楽しい姿が見れました」と言ってくれる。
ありがたいことだねえ。

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2009年10月23日 (金)

「吹けば飛ぶよな将棋の駒に」

今日の午後、11月1日付の人事異動の内示をもらった。
私は今のセクションに2003年6月に移ってきたので、6年5ヶ月ぶりの異動となる。
これはけっこう長いほうだ。
いつか来るだろうとは何年も前から思っていたが、この時期は予想外だった。
職場の場所も変わるが、事務所自体は10年くらい前にも通っていたところで、出勤時刻が今のままならば朝乗る電車も変わらない。

次に行くところで私が何を担当するのか、おおざっぱには聞いたけどよくわからない。
まだあまり考えていないような口ぶりだった。
この歳になると、環境の変化がけっこうストレスになる。
本心を言えば、もう新しい仕事を経験したくもないし、覚えたくもないのだ。
生活のためだけに働いていると言っていい、私のような人間には、定年までルーティンワークで充分充分。

さらに新しい異動先には、よく言えば個性的な、悪く言えば変な人がけっこういる。
役職は横滑りで、そこでの序列では上から3番目になるとはいえ、人付き合いが面倒くさそうだなあ…
朝は今より早いのか、夜は今より遅いのか。
「誰々が朝早く来てるのに、なんであなたは早く来ないの?」という空気にならないか。
けっこうそういう社風なんだよなあ。

夜も、今と同じぐらいに早く帰れるのかしら。
今までのようにボウリングに通えるのだろうか?
土日はちゃんと休めて、今までどおりレッズの応援に行けるのだろうか?

ちなみに、課長クラスの管理職の人には人事権がいっさいなく、その上のほうで決められたことを事前に教えてもらうだけだそうだ。
今回の場合、わずか2日前に上の人に聞いたんだとか。
それでいて残業もつかず、組合員に頼めそうにない業務を率先してやらされ、管理責任だけは問われる。
まさに"名ばかり管理職"だ。
その上の役職もつっかえてるのに、私はそんなのにはなりたくはないねえ。

異動の内示を聞いて、こんな言葉というか歌詞が思い浮かんだ。

「吹けば飛ぶよな 将棋の駒に~」 (「王将」村田英雄 1961年)

普段から、我々勤め人は所詮将棋の駒だよなあと思ってはいたが、改めて実感した。
将棋指し(人事権を持ってる人)の意のままだ。
「すまじきものは宮仕え」と言うが、しないで済むのなら宮仕えなんてしたくない。

ちなみにこの歌詞には続きがあって、「賭けた命を 笑わば笑え」となる。
本職と違って、会社の将棋指しは、部下に命をかけるどころか自分たちのことしか考えていないけどねえ。
課長クラスも含めて管理職の皆様方は、今日の就業時間中に中座して熱海に慰安旅行に行ってしまわれました。
金曜土曜と泊りがけで、今夜はコンパニオンを呼んで宴会、明日はゴルフだそうで。
この会社はまだまだ安泰なようだ。

というわけで、生活ががらっと変わってしまうかもしれない。
今までと同じ生活が送れるのか、わからんことだらけで、不安が多すぎな週末を迎えることになった。

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2009年10月18日 (日)

故郷を訪ねる

日曜日、修理に出していたバイクを引き取った後に家族4人で向かった先は、都内北部の某所。
久々に、私の生まれ育ったところを見てみたかったのだ。

私は東京都の北部に位置する、とある公団住宅(団地)で育った。
ここに私の両親、弟と4人で住んでいたわけだが、私は19歳のときに同じく東京北部の北区十条で縁あって一人暮らしを始め、弟もいつの間にか出て行った。
両親が4年半前までそこに残っていて、我が家の姫が生まれてしばらくしたときに連れて行ったことがある。
その両親も、浦和の我が家に引き取って一緒に住むことになったため、昔の家には今は誰もいない。
浦和からは1時間足らずで行けるが、いつでも行けると思うとなかなか行かないものだ。
母親が「今どうなっているのか見たい」と言ったので連れて行ったのが3年前くらいだろうか、それ以来の訪問となった。

築45年になんなんとする団地の建物は、度重なる補修と塗装で見た目はそれほど老朽化が進んでいないものの、空き家が目立つ。
これは近い将来の建て替えを前提として、新規の入居者を受け入れていないからなんだという。
そのせいで、団地は明らかに高齢化が進み、いわばゴーストタウンに近い雰囲気を醸し出していた。
私がいた当時は、子どもたちの声で賑やかなものだったが。
代わりに、何を主張したいのかよくわからない落書きが、団地の側面に書きなぐられていた。

住んでいた棟の下に来た。
私は5階に住んでいたので、姫を連れて階段を上がってみた。
玄関は当然施錠されているので、登ったところで階段の踊り場から近隣の建物や眼下の芝生を見るに過ぎなかった。
何年かぶりであっても、それはかつて20年近くの間毎日見ていた風景で、昨日も見たかのような錯覚を覚えた。
もっとも、姫にとっては、普段は登ることのない高いところからの景色に興奮するということでしかないようだった。

階段を下りるとき、初老の奥さんとすれ違った。
「こんにちは」と声を交わすと、姫が「パパが昔ここに住んでたんだよねー」と言った。
奥さんは聞こえたのか聞こえなかったのか無反応だったが、階段の下にある郵便受けを見ると、まだ何世帯かは私が子どものころから住んでいた家がいるようだった。
団地暮らしは近所付き合いが希薄だということを象徴するかのように、私はその奥さんに見覚えはなかった。

団地の脇にあったブランコは撤去され、砂場は人工芝と化していた。
しかしその人工芝に下る滑り台だけは健在で、姫はそこで何回も滑って遊んでいた。
周囲に人の気配はするものの、姿を見ることがほとんどなかった。

この一帯はあまり交通の便がよくなく、いろんな意味で環境のいいところではなかったので、私は大人になったらこの地から離れるつもりではいた。
実際そのとおりにはなったが、しかし、今のような寂れた姿を見ると、やっぱり切ない気持ちが湧き上がってきた。

その後、私の通った幼稚園・小学校・中学校を見て回った。
どれも健在で、どんな建物だったかよく覚えていない幼稚園以外は昔のまま(塗装はしてるかもしれない)だった。
都内とはいえ、外れにあるこの一帯の学校は、どこも校庭が広い。
しかし、中学校の周囲は区画整理で新しい道路ができ、昔の面影を全く残していなかった。
ここは前に来たときに既に新しい道路ができていて、かなりのショックを受けた。
どうやっても昔の風景と今の風景がつながらないということほど、悲しいことはない。

さらに区画整理をしているらしい地域を抜けて、中学校の南にある都営住宅の団地へ行ってみた。
中学生になると通学区域も広がり、友達の住んでいる地域も広がり、自転車に乗ることによって自分の行動半径も広がった。
自転車で20分近くかかり、私の住んでいたところからはだいぶ離れるが、よくそのあたりまで行って同級生たちと広場でサッカーやビー玉などをしたものだ。
中学生のころの自分には、そこまで行くのでもちょっとした冒険だった。

その都営住宅に住んでいる友達の家に遊びに行ったときのこと。
1985年3月に東北新幹線が大宮から上野まで開業し、友達宅でそれに関する新聞記事を見つけ、切り抜かせてもらった。
その記事には「新幹線開通に喜ぶ○○支部の△△さん」のようなことが連綿と書かれており、なんとなく普通の新聞と違う。
タイトルを見ると、「聖○新聞」と書いてあるのだった。
当時中学2年の私には、普通の新聞との違いがよくわからなかった。

話は今に戻って、こちらの都営住宅はほとんど変わっていなかった。
団地内の公園(というか広場)を見つけるたびに、姫が「滑り台やりたいー」とせがむので、私がいっしょに車から降りて付き添ってあげた。
その都営住宅には、まだまだ子どもたちの姿があった。
私が子どものときと同様にサッカーをしたり、「ポコペン」という鬼ごっこのようなことをしているのが見えた。
"ポコペンポコペン、だーれが最後に突っつーいた、ポコペン"という「ポコペン」は私が子どものときにもよくやっていて、30年近く経ってもまだ流行っているんだとびっくりした。

夕暮れが迫ってきたので帰ることとし、私の住んでいた公団住宅の中心部へ戻り、子どものときからよく食べていた持ち帰り寿司屋さんに寄った。
「えびきゅう」(エビときゅうり)や「シーチキン」の巻き物が好きで、よく親に買ってもらっていたものだ。
その寿司屋さんは時間帯もあってか大盛況で、また買いに来られるなと安心した。
我が家の姫と若は、もちろん「納豆巻き」だ。

お寿司を受け取ってから、車で再び団地内をぐるっと回ってみると、周囲がかなり暗くなった中に浮かぶ窓の灯りは全体の半分にも達していなかったように見えた。
最後の最後に、やはり何とも名状しがたい思いを抱えつつ、浦和への帰途についた。

昼間に駒場でやっていた浦和レッズレディースの試合を見に行くことも考えたが、今回は見送った。
代わりに夜にテレ玉でその試合の録画中継を見た。
紅白の紙ふぶき、それに監督の胴上げを見て、優勝おめでとうと思った。

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2009年10月14日 (水)

今年の健康診断

今日は会社の健康診断だった。
と書いて、去年も健康診断をネタにブログを書いたなと思い出した。
去年は10月15日、52週前のやはり水曜日だった。

昨夜も去年同様、20時台に夕食をとった。
今年は神田のココ壱番屋にて。
頼んだのは、「牛しゃぶカレー400グラム5辛、ほうれんそうをトッピング」だった。
ちなみに、普通盛りの量は300グラムとなっている。
健康診断前夜にそんなメニューを食べても大丈夫かを保健指導員の人に聞こうと思ったが、やめておいた。
向かいの席の社員に「そんなこと聞いたら笑われるよ~」と言われ、それもそうだなあと思ったのだ。
念のため揚げ物は避けたけど、血液検査で異常な数値が出たら、きっとこの夕食のせいだ。

お金を払うとき、店員の女の人に「辛いのがお強いんですね」と言われた。
私は確かに辛いのに強く、辛くないと食べた気がしない。
そういえば、ココ壱では5辛以上しか食べたことがない。
昔は6辛(1,000グラム)や8辛(900グラム)を食べたことがある。
しかし、辛ければ辛いほどその後がきつくなる。なぜかはあえて書かない。
(ヒント:ト○レ)
「辛い(からい)」と「辛い(つらい)」は紙一重。
失礼しました。

去年は北浦和の「宮本むなし」で夕飯を食べたと書いてあったけど、この1年の間に宮本むなしはなくなってるし…
首都圏からは全面撤退したらしい。

今年は、体重はここ最近と変わらず。
やっぱり食べる量を減らさないとだめかねえ、と思う。
昔に比べたら明らかに減ってはいるのだけど。

さて、健康診断そのものはおおむね順調に進んだが、最後の血液検査。
採血の針を刺された瞬間に、むちゃくちゃ痛かった。
そんなことはここ数年なかったことだ。
「ったく、下手くそだなあ!」と思いながら、次々に差し替えられる3本の管に血が溜まっていくのを見ていた。
午前中いっぱいは、刺された右ひじの内側がズキズキと痛かった。
ちなみに血液検査の係の人は2人いて、もう1人にやってもらった社員の人は途中で採血が止まってしまい、5分ほど手をグーパーグーパーと握ったり開いたりを繰り返した挙句、結局両腕のひじに針を刺したらしい。
いわば、今年は2人ともハズレだったようだ。
トラウマになってしまいそうで、来年の健康診断が今から恐い。
その前に、再検査にならないように。

ところで、月曜未明に高熱が出た若は、その後熱も下がった。
かかりつけのお医者さんで見てもらったら、ただの風邪だったという。
よかったよかった、一安心だ。
今朝私が会社に出かけるときには起きていて、満面の笑顔で送り出してくれた。
姫も、私が行ってきますと言ったときには無反応だったが、しばらくして「行ってらっしゃーい」と言ってくれたのが玄関先で聞こえた。
以前ママさんに聞いたところによると、なぜ姫は行ってらっしゃいを言いたがらないかといえば、パパとなるべく別れたくないからなんだとか。
やっぱり娘はかわいいねえ…

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2009年10月10日 (土)

ちょっとした同窓会

学生のときの一つ上の先輩で、北海道の小樽に住んでいる人がいる。
その人が何年かぶりに帰ってくるので飲むよと連絡があり、姫の運動会のあと、夜に出かけた。

場所は私の出た大学のそば。
約束の時刻より少し早めに着いたので、学校の中を少し歩いてみた。
学内に入るのは、およそ3年ぶり。
私が卒業したのは16年半前だから、3年前の時点ですでにいろいろ変わっている。
その13年間の間に、建物がいくつも立て替えられていた。
今回歩いてみると、さらに変わっていた。
土ぼこりが立っていたグラウンドはいつの間にか人工芝になり、休講などを知らせる掲示板には大型ディスプレイが併設されていた。
一番驚いたのは、学校の象徴だった建物が取り壊され、跡地に新しい高層建物が建設中だったことだった。
建て替えると噂には聞いていたが…当たり前にあるものと思って見ていたものがないという喪失感は、耐え難いものがあった。

続いて、学校近くの繁華街を歩いてみた。
私が学生のころは、月曜と金曜は部の活動日だったこともあり、休みでもなければ毎週のように飲んでいた。
主に3つ4つの飲み屋に入り浸っていたが、一番よく行っていた地下にあった居酒屋は10年くらい前に閉店していた。
今回その跡に行ってみたが、どこに地下への入口があるのかわからなかった。
往時に比べたらお洒落な店が増え、居酒屋や食事処もチェーン店が幅をきかせている。
どこもかしこも、私の知っている街ではなかった。

かろうじて1軒残っていた、昔から馴染みの居酒屋に入ると、今日のメンツは先に飲んでいた。
小樽から帰ってきた主賓と、以前は愛媛県の松山にいたその同期の人、それに私の同期が1人。
先輩2人と会ったのは、10年以上前まで遡る。
私がそれぞれ小樽と松山に行ったときに泊めてもらって以来だ。
松山でお世話になった髪型がだいぶ変わり、薄くなったからといってスキンヘッドにしており、これがまた迫力があった。

後から私の同期がもう1人と、3つ上の先輩(私が1年生のときの4年生)もやってきた。
管理職だったり、転職を繰り返していたり、はたまた自分で会社を興したり。

アラフォーらしく(?)、最近の景気の話から、今回来ていない人が何をやってるか、それに昔話。
20年近くも前の話をしても、私はあまり楽しくはなかったが、こういうメンツが集まると共通点はそこに集中するからしょうがないのだろうと思いながら聞いていた。

ここで、刺身の盛り合わせを頼んだ。
1,590円という値段にしては貧弱ではあったけど。
昔はモツ煮込みやエイヒレなど、500円程度のメニューしか頼んだことがなく、もちろん今回もそれらは頼んだけど、1,590円はこの街では史上最高額のメニューの注文だった。
もっとも、5人いたので1人あたり300円程度ではあるのだが…この上ない贅沢に思えた。

23時前にお開きになり、再会を約して別れた。
今回は、幹事役から他の人にも声をかけていた。
来られないと返事をした人もいたようだが、返事すらよこさない、さらには遅れて来ると言っておきながら、連絡もせずに結局来なかったりした人もいて、いい歳してなんだかなあ…と思った。
やっぱりそれぐらいちゃんとするのは礼儀でしょう。

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2009年10月 8日 (木)

台風18号

台風18号の影響で、昨夜から強い雨が降っていた。
朝、テレビを見ながら準備していると、湘南新宿ラインが運休しているという情報が出ていた。
失礼なことに湘南新宿ラインは浦和駅を通過するし、私は通勤時に乗らないから関係ないといえばそうなのだが、そのニュースを見て"もしや"と思い、ママさんに急遽浦和駅まで送ってもらうようにお願いした。
今朝は姫は家で留守番をし、起きていた若が同乗した。

湘南新宿ラインが運休ということは、その分の大宮以北の駅から乗る乗客が上野行きに流れるはず。
上野行きも間引き運転をするだろうから、これは混むなあと。

帰りは台風も抜けているだろうとは思ったが、行きのことを考え、昨日ママさんが買ってくれた無印良品の長靴を履いていった。
長靴といってもくるぶしの上あたりまでのものだが、見た目は長靴に見えないデザインで、かつ履きやすくてとてもよかった。
何よりどんなに降っても濡れても平気という安心感がある。
ママさんありがとう。

浦和駅に着くと、果たして私がいつも乗っている列車が運休となっていた。
上野発着の宇都宮線・高崎線は通常の50%の本数しか運行していないという案内が、駅構内の放送でされていた。
大宮〜上野間は宇都宮線と高崎線の列車が両方走っているが、私が乗るつもりだった列車は宇都宮線から来ている。
その前後の列車は高崎線から来ていて、これは通常通り走っているようだった。

車で送ってもらったおかげで、いつもより5分ほど早く浦和駅に着けた。
それでいつもより1本早い列車に間に合ったわけだが、それ以前の間引き運転のために、ホームには人がごった返していた。
列車が到着するとわれ先に人が乗り込み、おしくらまんじゅうのようになった。
私はかろうじてドア間際のギリギリで乗ることができたが、積み残しになってしまった人が大勢いた。
乗れなかった人は、次の列車をおよそ10分間待たなくてはならない。
運行頻度が通常の50%というのは的確だったのだろうか…?
上野駅到着時に、車掌が「この列車は定刻どおり上野駅に到着します」と言っているのを聞いて、だからなんだ恩着せがましく、これだけ間引いて混雑させて積み残しまでさせておいて、そんなこと普段は言わないくせに、と寝ぼけながら考えていた。

上野からの山手線と京浜東北線はかろうじて動いていた。
しかし、その数十分後には全面的に運転を見合わせたらしい。
私は比較的早めの出勤時刻なので、かろうじて止まってしまう前に降りることができたようだ。

会社につくころには、雨はやんだ。
代わりに南風が猛烈に吹いてきた。
いろんなものが飛び、私自身も外に出ると飛ばされそうになった。
建物の中は平穏そのもので、外から帰ってくると天国のように感じた。
夕方から夜にかけて、こんどは北風が相変わらず強く吹いている。

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2009年10月 1日 (木)

こんな安全祈願、必要ですか?

今日は10月1日、今年4月からの2009年度も半分が終わった。
私が都内在住で小・中・高と公立の学校に行っていたころは、10月1日は「都民の日」として学校が休みだった。
今となっては、ただの面倒くさい10月第一営業日でしかない。

ところで、第一営業日として9月分の業績締めをやっている中で、管理職などは大勢で神社に安全祈願に行った。
今年だけで1月5日(仕事始め)、4月1日(年度始め)に続いて3回目だ。

もっとも、真剣に安全を祈願しようとしているかといえば、そうではない。
そのあとの直会(なおらい)、つまり飲み会のほうが重要なのだ。
昼間からそわそわして「何時に事務所出る?」と話し合っている。
ここの事務所で一番偉いおっさんは、出るまでの間にいつものことながら机で堂々と新聞を読んだり、ネットを見ている。
誰も何も言わないけど、このご時世にずいぶんと優雅なことが許されるものだ。
何があったか知らないが「今日はヤケ酒飲むかあ」と言いながら神社に出かけていった経営職もいた。
やっぱり飲みが目的なんじゃねえか。

そして下っ端の管理職を運転手にして参加させ、事務所に戻らせて月末締めをやらせ、自分たちは予約された店に急ぐのだ。
本来なら、直会をやるにしても神社の社務所ででも軽くやって散会すべきだろうに。
そんなに会社の金で飲むのが楽しいかねえ…
第一営業日に拘る意味がわからないし、そもそも本気で安全を祈願するなら、午前中に行くのが筋だろう。

実は、今年2回やった安全祈願の甲斐もなく、上半期に大きな事故が起きている。
それを受けても、上からしてそんな真剣味のない気分では、事故なんかなくなるわけないよ。
そう文句を言ってたら、向かいの席に座ってる人に「またぶつぶつ言ってる」と言われた。
会社では最近この手の理不尽なことが多く、つい口に出てしまうのだ。
出世して管理職になっても賃金は一部返上の憂き目に遭うし、時間外もつかなくなるので、ハッタリではなく全く偉くなりたいと思わない。
だから、私は偉い人がいようが「こんな会社なんてさあ~、潰れちゃえばいいんだよ」などと、けっこう好き勝手なことを言っている。
しかしその人も、妙にこぶしの効いたしゃべりで「何が"ヤケ酒飲むかあ"だ、滝にでも打たれろ~!」と言っていた。

管理職ではない我々は、夜も遅くまで業績締めをやっていた。
酔っ払った管理職が、酒の勢いで「締め終わった?」と何度も電話をかけてくるのが、またうっとうしかった。
自分たちも昔は月末締めに苦しんでたはずなのに。
ちなみに、ここ数日だけでこれだけの経理的業務がある。

9月30日:下旬の見通し(その日で9月が終わるというのに見通し?)
10月1日:概算の業績速報(別にシステムがあるのに、手入力した数字を報告…)
10月2日:確定の業績速報(10月1日と同じこと)
10月7日:来年3月までの見通し(2月にやった予算作成の意味は?)

経理担当はそれぞれのセクションから上がってきた数字をまとめるだけ。
上のほうの管理職はそれを見るだけ。
数字いじりがメインになって、ここはいったい何の会社なんだろう?

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2009年9月11日 (金)

明日から夏休みです

金曜日の仕事が終われば、いよいよ私の夏休みになる。
今年は例年になく涼しくなるのが早くて、残暑を通り越して秋のようではある。

上司からの急な頼まれ事を片付け(上司はその間、新聞を広げて読んでいた)、提出物を出し、残した仕事はないはずだ。
しかし、長期で席を外すとなると「やり残したことはないかな?」「忘れ物はないかな?」ということがどうしても気になってしまう。
机の周りもいろいろ片付け、無事に連休突入と相成った。

夜に、北アルプスで救助ヘリコプターが墜落したというニュースを見た。
私はかつてあの付近(ジャンダルム)を縦走で歩いたことがあるが、あのあたりは本当に険しいところで、歩くほうも救助するほうも大変だなと思って映像を見ていた。

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2009年9月 8日 (火)

会社の組合

今日、会社の労働組合の人が私の職場に挨拶に来た。
組合にも人事異動があるらしい。
今まで私などの所属する分会の委員長だった人が上部組織に行って、今までの書記長が委員長になり、普通に職場にいた人が書記長になるんだとか。
この新しい委員長が私の2代前、書記長が私の次代なのだ。

私は20代のころ、やはり組合の役員をやっていた。
入社した年に巡り合わせで分会青年部の副部長をやらされ、その2年後には青年部長になった。
さっきの2代前とか次代とかいうのは、この青年部長のことだ。
だから今日来た人たちのことはよく知っている。
分会青年部といっても数百人いる組織であり、春闘だとか政治的なものとはほぼ無縁で、主に北海道や蔵王へのスキーツアーを企画するようなことをしていた。

私が感慨深かったのは、今度書記長になったという後輩を見たことだった。
会うのは10年ぶりくらいで、お互いに30代になっている。
あの彼が書記長かあ…と思わずにはいられなかった。

もっとも、私は労働組合には不信感があって。
青年部長を2年やってから、一つ格上の執行委員になった。
組合の役員には出勤簿点検という仕事というか作業があって、それは組合員の時間外勤務がどれだけあるかをチェックするというもの。
しかし当時はサービス残業全盛で、出勤簿の残業時間なんていわば適当なもの。
「こんな表向きの作られた残業時間なんか見てても意味あるんですかねー、実際はもっとサービス残業してるのに」と、組合のお偉いさんに言った。
すると答えはこうだった。
「それはわかってるんだけどさー」
わかってるなら、やる意味ないじゃん…やりましたよという体裁だけとってるだけ。

そんなやりとりがいくつかあってから、私は組合に呼ばれなくなった。
公選が建前ながら、実際は名指しで事前に決まっているのだ。

今回組合役員が私の事務所に来たのも、管理職に交代の挨拶をするためだけだった。
本来挨拶すべき組合員の脇は素通り。
それを言ってやればよかった…まあいいけど。

また最後は愚痴っぽくなってしまったなあ。

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2009年8月26日 (水)

日本酒は恐いわあ

新橋の焼鳥屋さんで飲んだ。
途中から調子に乗って日本酒を飲んだら、酔いが回ってカウンター席に座っていたら普通に座っている高さよりもどうしても頭が上がらなくなった。
いわゆる潰れた状態だ。
一緒に飲んだ人にはそんな姿は初めて見た、そういうときがないとつまらない、弱みをみせてくれてありがとうと言われた。

しかも帰りの電車は南浦和行きに乗ったはずなのに、目が覚めたらなぜか与野にいる。
本当なら23:20に着くはずが、なぜか日付が変わっている。
さらに折り返しの赤羽行きに乗ろうと思ったら、電車と平行に歩いていたらドアを閉められてしまった。
次の電車が終電で、10分くらい間が空いている。
今はある程度酔いが覚めているが、やっぱり日本酒は恐いわあ…

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2009年8月12日 (水)

くもとくも、それと思わぬお祝い

昨日の夕方、外に出てみると、こんな光景があった。
くもとくも、それと思わぬお祝い

雲をバックにクモが空を飛んでいる!?
と思ったら、クモが巣を張るために動き回っていたのだった。
糸は背景に溶け込んで全く見えなかったので、あたかも宙に浮いているように見えた。

私の職場の外には、なぜかクモが多くいる。
しかしこれほど大きいのはなかなかいない。
私はクモを見るたびにちょっかいを出したくなってしまうので、今回も巣にいろいろ物をつけてクモが獲りにいくのをしばらく見ていた。
獲物に寄ると、お尻から出す糸でぐるぐる巻きにするのだ。
そのあとはどうするのだろう?そこまで見たことがない。

ところで、昨日の夕飯は焼鳥15本(2人で)とネギトロ丼だった。
ママさんからの、一昨日ハイスコアとハイアベレージを出したお祝いなんだそうだ。
合わせて350缶ビールを3本も飲んだ。
ごちそうさまでした。

くもとくも、それと思わぬお祝い

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2009年7月23日 (木)

薩南諸島と日食の思い出

昨日7月22日は、トカラ列島や奄美大島で皆既日食が観測できるという日だった。
日本の陸上では46年ぶりのできごとらしい。
残念ながら、現地(特に悪石島)の天候は最悪だったようだ。

今回脚光を浴びたトカラ列島(鹿児島県十島村)には、昔から行きたくて行きたくてしょうがなかった。
こういう離島には、私の性格として常に惹かれるのである。
時間のある学生のうちに行こうと思い、当時はインターネットもホームページもなかったので十島村役場の観光課にパンフレットの請求をし、それは今でも家に大切にとってある。
(余談だが、十島村役場は鹿児島市内にある)
当時は船が1週間に1便程度しかなく、学生の身分でもどうしても日程の都合がつかなかったため、未だに行けていない。
一度は行ってみたいものだと夢見ている。

奄美大島では、2001年~2002年の年越しをした。
仕事の知り合いで奄美大島北部の奄美市(旧笠利町)出身者がいて、その人の実家に泊めてもらったのだ。
海沿いの堤防の下にある家だった。
年末に東京から名瀬までバイク(赤骨)とともにフェリーで渡り、大晦日に友達のまた友達たちと飲んでいるうちに0時を回り、2002年になった。
友達のお母さんに作ってもらった「鶏飯(けいはん)」のおいしさが忘れられない。

1月1日は旧名瀬市の小浜キャンプ場に移動してテントを張ったが、このキャンプ場は受付・駐車場からテントサイトまで海岸沿いの歩道を歩かなくてはならない。
満潮で高波のときは歩道が海水に覆われるので、1月2日にテントを撤収したときは半ば命がけで駐車場まで戻った。
足元を勢いよく海水が流れるので足をすくわれないようにタイミングを計り、バイクシューズ(この間まで使っていたシンテーゼ09)がずぶ濡れになりながらも荷物を担いで3往復ほど走った。
そのときに携帯ラジオとバイク用グローブの片方を落とし、海に流されてしまった。

その日のうちに奄美大島の南に浮かぶ加計呂麻島に渡り、海岸でテントを張ろうとしたが強風で張れず、海水浴場のシャワー室で2泊した。
そこには屋久島から鹿児島経由で渡ってきたライダーがいて、離島の話を一晩ゆっくり語り合った。
4日には奄美大島に戻り、名瀬のガソリンスタンドの1kmほど手前でガス欠になり、友達に連絡してガソリンを持ってきてもらうという失態をおかしつつ、その日の飛行機で東京に帰った。
(赤骨は後日フェリーで東京へ無人回送)
ちなみに、その半月後には再び赤骨とともに沖縄本島に2泊3日で行くという、かなり動き回った時期だった。

日食の話に戻ると。
昨日は私も11時10分前後に東京の空を見上げてみたが、厚い雲に覆われて全く何も見えなかった。
私の勤務先の人は、思ったほど興味がないのか、曇り空に諦めていたのか、建物の外に出てまで見ようとする人は少なかった。
夜に家でニュースを見ると、お台場や六本木では薄雲の向こうに欠けた太陽が垣間見えたそうだ。

私が子どものとき、部分日食を見たことを今でも覚えている。
夏休みで家族(両親と弟)で長野に旅行に行き、その途中で車から降り、セルロイド製?の黒っぽい下敷きのようなものをかざしたら、確かに半分以上欠けていた。
今では目に障害が残る危険性があるからその方法ではダメと言われているが、当時はそんなことは言われていなかった。
調べてみると、それは1981年7月31日のできごとで、東京では59%欠けたらしい。

日本での皆既日食は、次は26年後の2035年9月2日、北陸、北関東などで見られるのだそうだ。
26年後といえば、私は64歳。
半ば本気で、次の皆既日食を見ることを励みに生きていこうと思う。
皆既日食を目の当たりにすると、きっと人生観が変わると思う。

しかし、そのころには今は幼稚園の年中さんの我が家の姫が30歳、最近ようやく歩けるようになった若が27歳。
そんな姿は想像つかないなあ…
そもそも、それまで地球は安泰なのだろうか!?

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2009年7月 9日 (木)

遅まきながら追悼

私は通勤時に3バンドラジオ(AM・FM・TV(1~12ch))を持ち歩いている。
朝は日テレを聞いているのだが、8日(水)の8時過ぎの「スッキリ!!」という番組で「今日はマイケル・ジャクソンのビデオクリップをフルバージョンでお送りします」と言っていたので、急遽ママさんに録画をお願いした。
家に帰って、その「BAD」の16分にも及ぶショートフィルムを見た。
私にとっては初見だが、実に面白く、奥が深かった。
日本未放映のペプシのCM(Billie Jeanの替え歌)なども流れていた。
見入ってしまい、繰り返し2回見て、寝たのは深夜2時過ぎだった。

やはり、ちゃんとしたものを手元にとっておきたい。
ということで、スカパーのMTVにも加入することにした。
放送されるショートフィルムを録画しようと思ったのだ。
さらに会社帰りにこのDVDを買った。

ビデオ・グレイテスト・ヒッツ~ヒストリー [DVD]DVDビデオ・グレイテスト・ヒッツ~ヒストリー [DVD]

販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/12/07
Amazon.co.jpで詳細を確認する


あらかじめ調べて、これがいいだろうと思ったのがちょうどあったのだ。
買ってその日のうちに見た。
往時のマイケルは、本当にダンスにキレがある。
(全くの余談だが、学生時代の私も動きにキレがあると言われていた)
そしてある種の色気とオーラがビシビシと伝わってきた。
私にとっては、その曲に対する懐かしさもあって「Beat It」に思い入れが深い。

CDは買おうと思ったものが置いてなかったので、ネットで注文することにした。

エッセンシャル・マイケル・ジャクソンMusicエッセンシャル・マイケル・ジャクソン

アーティスト:マイケル・ジャクソン
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/08/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する


先日の追悼式で、娘さんが泣きながらあいさつしていたのを見て、思わず目頭が熱くなった。
私にも娘と息子がいるし、若くして死ねないなと。

ところでマイケルといえば、ママさんの友達のマイケルファンの人が、その死についての報道を一切見ないのだという。
「見てしまうと、本当にいなくなってしまったことを認めざるをえないから」という理由らしい。
その話を聞いて、その友達の気持ちはよくわかるなと思った。

本屋で見かけたとある雑誌について、私は同様の心境に至った。
買おうかなと思ったけど、「買ってしまうと、本当にいなくなってしまったことを認めてしまうことになるし…」と思った。
そこで、次の日になっても欲しいという気になっていたら買おうと思い、結局買った。

2009070922040000

引退試合となった日のドキュメント、今までの戦歴、そしてリングから離れたときのリラックスした表情。
複雑ではあるが、やっぱり買ってよかった、と思いたい。
買わなかったらそれはそれで後悔していただろうと思う。

今は当たり前のようにあるもの、いる人も、失ってから改めてその大切さに気づくということはあると思う。
そうなってから慌てないように、普段から心がけなければならないんだなと思った。

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2009年6月30日 (火)

おめでたい会社

早いもので、2009年も今日で半分終わった。
6月30日。
ところで私の勤める会社、ついに狂ったのか。

毎月第一営業日に、中間管理職以下総出でその前の月の締めをやる。
システムが中途半端なので、未だに全ての業務が手入力。
言うまでもなく、今日は6月の最終営業日、7月の第一営業日は明日だ。
それにもかかわらず。

今日、6月の業績見通しを提出しろときた。
今の段階ではまだ不確定な収入や支出があるというのに。
明日になればおおよその業績は判明するというのに。
(それも、ヒマなのであろう経営職は、まだ固まりきっていない時間帯にまだかまだかと阿呆のように催促してくるのだが)
意味ないだろ。

月の初めごろに業績見通しをするのは、まだわからないでもない。
その月の見通しが悪ければ、部下にハッパをかけるということもあるだろう。
しかし、最終営業日の夕方にそんなものを提出させても、どんな対策を打てるというのか。
対策どころか、数字を出させるだけ出させて経営職はさっさとお帰りだ。
明日の今ごろも、経営職は楽しく会社の金でお飲みになっているんだろう。

まったく、何の会社なんだか。
ここまで総力戦で締めだの見通しだのをやる会社は、そうそうないのではないか。
そういうのは全て、上の人の鶴の一声だ。
そんな何の役にも立たない数字いじりのために、営業なり管理なりの本業を疎かにさせられる。
世間の不況とは別の低次元で、この会社は末期症状だと言わざるをえない。

はあ、月末月初になると愚痴が増えるわあ。

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2009年6月22日 (月)

ああ…

人生、些細にも思える行動が取り返しのつかないことになることがある。
朝家を出るときに「行ってきます」と言って、それがいろんな意味で最後になることもある。
ほんのいっときの油断が、いろんな人の人生を狂わせる。
周りの人も巻き込んで、大なり小なり影響を与える。

いろいろ考えさせられるな。
そんなことを痛感した月曜日。
まあ、今日は精神的に疲れた。

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2009年6月20日 (土)

がんばれ自分!?

新橋で飲んだ。

がんばれ自分!?

大宮まで寝過ごした。

タクシーに目もくれず、浦和まで歩きだした。

疲れてさいたま新都心でヘロヘロになった。
昔は浦和まで6kmあまりの道のりを1時間ちょっとで楽々歩いたものだけど。

鍛え方が足りないのだろう。
歳のせいにはしたくない。

まあ、目の前にある道を一歩一歩歩くだけだ。
さすれば自ずと我が家に着く。
せっかくなので、ヘルシア緑茶を飲みながら歩き続けている。

道端で座り込んでも道は開けない。
がんばれ自分。

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2009年6月16日 (火)

今年3度目の早朝勤務

3月上旬に続き、今年3度目の深夜から早朝の勤務のため、今日は会社に泊まることになる。
泊まりたくはないのだけど、代わりに明日は昼で解放される。
それが唯一最大の楽しみだ。
以前は3時から12時と決まっていたが、最近は23時ごろ、1時ごろにもやることがあり、まともに睡眠を取れるかが心配ではある。

ところで、私がその当番のときは、決まって天気が悪い。
今年の1月も、3月もそうだった。
今日も夕方から雨が降り出していて、さっきから雷も光って鳴っている。
悪いのは天気だけだといいんだけどね。

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2009年6月 6日 (土)

眠い、ヒリヒリ、ズキズキ

眠い。とにかく眠い。
朝10時近くに起きたものの、リビングのイスを並べては寝て、昼前にブランチを食べてからまた寝て、かろうじて15時過ぎに買い物に出かけ、夜は子どもたちを寝かしつけながら寝て、サッカーワールドカップ最終予選のウズベキスタン戦を見ながらもうとうとしている。
寝てばかり…疲れてるんだな。

ここ数日、皮膚の表面がヒリヒリする症状に悩まされている。
最初は右足の太もも、次いで左の二の腕がヒリヒリする。
時々ズキズキする。
昨日ボウリングをやっている最中は気にならなかったけど、じっとしていると嫌でも気になる。
何なんだろうなあ…これも疲れからなのかな?

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2009年6月 1日 (月)

毎月月初に思うこと

毎月の第一営業日は、前月の締めに追われる。
17時までに前月の収入やら利益やらを経理や上司に出さなくてはならないので、一日中それにかかりっきりだ。
第一営業日に休むなんて論外だ。

まあ、特別な用事もなければ休もうとは思わないけど、夕方になるとえらい人たちがしょっちゅう電話をかけてくる。
「もう締め切り時間過ぎてるぞ、早く出せよ」と。
同じフロアにいる上の方の上司は、遠慮がちなのか直接話すに値せずとでも思っているのか、取りまとめている私に聞かずにその間の役職に「締まった?」と聞いている。
その割には、我関せずといつもの時刻に退社していった。

なんといっても、専用の機械に入力したものをプリントアウトして、それを見ながらExcelに数字や項目を手入力だ。
それが現状では最善の方法なのだから情けない。
月曜日からこんなでは、疲れも倍増だ。
1日2日待てば機械で出てくるのに、なぜそんなに急ぐのか!?
(そもそも、1日2日待たないと出てこない仕組みもお粗末)
何かの一つ覚えのように「経営のスピード化」という言葉が出てきたりするが、早く業績を知ることよりもムダな中間管理職を減らして組織のスリム化をしたほうがスピードアップできるだろと思うのは私だけ?

そもそも、職場の実態を知っているはずなのに17時という時刻設定をしているのがおかしい。
そうやって急かす上司も、かつては急かされていた側だ。
しかも今日電話をかけてきた人は、丸6年前には今の私と全く同じセクション・役職だった人。
立場変われば言うことも変わる。
たぶん3歩歩いたら忘れてしまうようなニワトリのような人種なんだろう。
と、毒づいてみたくもなるわ。

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2009年5月27日 (水)

久々に飲んだ

飲みそのものは楽しかった。
しかしその結末は…家族にとんでもない迷惑をかけようとは。
(ふざけてるわけではないけど続く)

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2009年5月20日 (水)

新型インフルエンザへの対応と迷惑メール

新型インフルエンザの国内感染が、最近もっぱら話題になっている。
私の会社のお客さんでも、出入りするときや仕事中のマスク着用、受付での体温計測を義務づけるところが増えてきた。
他者に義務づけるわりには、お客さんの事務所でマスクをしている人が誰もいなかったなんていう話も聞く。
これからの季節、私の業種ではマスクしながら仕事するのは実に大変だ。
そもそも、マスクがどこへ行っても売り切れだという。

不可思議なのは、私の会社の対応。
通勤や外出時にマスクをつけること、手洗い・うがいを徹底すること、などの指示は理解できる。
他に体温を計測すべしという指示があり、9時・12時・15時の1日3回検温しろと。
・・・なんで1日3回?1日1回、せめて朝夕の2回でいいんじゃないっすか…?
みんな「また計るの?」と言っている。
しかも体温計が普通のものなので、5分から10分近くは脇に挟んでじっとしてなくてはならない。
偏った3時間おきの検温はちょうど就業時間と重なることもあり、これ以外の時間帯のことは知らないよってことか!?とうがった見方をしてみたくもなる。
わからないけど。
過ぎたるは及ばざるが如し…
感染が広がるのは時間の問題だろうし、充分な用意は必要ではあるけども、右往左往してパニックになることは避けるべきだ。
パニックになると、冷静な判断ができなくなる。


ところで全く話は変わり、私の携帯にこんなメールが来てました。

----------
ヘイワ・リサーチお客様担当、嶋田と申します。
この度、お客様がご使用の携帯端末より、以前ご登録頂いた【総合情報サイト】から、無料期間中に退会処理がされてない為に、登録料金が発生し現状未払いとなった状態のまま長期放置が続いております。
本通達から、翌日営業時間内までにご連絡頂けない場合、認証ネットワークセンターを介入し、発信者端末電子名義認証を行い利用規約に伴い、お客様の身辺調査に入らせて頂きますので予めご注意下さい。
調査完了後は、御自宅やお勤め先へ回収業者による料金回収、又は裁判による少額訴訟を行う可能性があります。

退会処理、ご利用状況等の詳細につきましては下記までお問い合わせ下さい。

営業時間:10:00〜19:00
(土日祝除く)
ヘイワ・リサーチ
(TEL)03-5330-xxxx
(担当)嶋田
尚ご連絡なき場合明日より順次手続き開始となりますのでご了承下さい。
----------

意味ないとは思うけど、電話番号はいちおう伏字にしてます。
それ以外は原文のまま。
検索すると、全く同じ文章が不特定多数の人に送られていることがわかる。
送り主のメールアドレスのドメインはdocomo。
まったく…

私の携帯には最近迷惑メールが多くて、着信拒否の登録が追いつかないぐらいだ。
だいたいは出会い系(っていうの?)だったのだけど、初めてこの手のメールが来た。
何かと思ってつい電話してしまうあわてんぼうの人や気の弱い人がいるから、懲りもせずこういうメールが送られ、こんな商売(とはいえないな)が成り立つのだろう。
こういうメールは無視するに限るが、削除する前にブログに載せてみた。

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2009年5月19日 (火)

いつまでも仲良く

仲良くさせてもらっている人たちと、会社帰りに新橋で飲んだ。
日ごろのうさを晴らすじゃないけど、とても気持ちよく飲んだ。
食べ過ぎてお腹が痛くなるくらい食べ、通常の3倍の(シャア好きにはこのキャッチフレーズはグッとくる)カテキンが入っているという、濃い緑茶ハイも飲んだ。
しかし、食べた分また運動しないと…

仲良くしてる人とは、いつまでも仲良くしていきたいものです、ね。
いろいろと深いねー。

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2009年5月 8日 (金)

東の空を見上げてみれば

18時ごろの東の空。
雨が西日に照らされ、虹がかかっていた。
窓の外にそれを見つけ、私は電話しながら、大声で「おおー虹だよ!」と電話の相手に言ってしまったくらいだ。
画像に撮ると案外写りがよくないが、虹は二重になっていた。

東の空を見上げてみれば 東の空を見上げてみれば

虹を見ると、みんなついつい笑顔になるんだなあ。

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2009年4月28日 (火)

人の呼び方

かつて、とある芸能人の名前の後に「メンバー」という肩書?をつけるのを聞いて、大変な違和感を覚えた。
今回、同じグループから別の人が逮捕されて、マスゴミは当初「容疑者」と呼んでいたが、釈放されたとたんに「さん」付けに変わっていた。
まだどういう処分になるかも決まっていないはず。

決まっているわけではないみたいだけど、一般的には起訴されるまでは「容疑者」、起訴されたら「被告」、されなかったら「さん」だと思うのだけど。
なぜ普段通りにできないのだろう。
そんなに容疑者呼ばわりすることがためらわれるのか?
やはり、芸能事務所に遠慮してるというか、顔色を窺ってるということなんだろう。
しかしNHKまでもがそうしている。

やったことは凶悪犯罪でも何でもないから、この騒がれっぷりには多少同情したくもならないでもないけど、税金を使って作られたCMの打ちきりや、出ている番組の関係者に与える影響を考えると、いくら飲んでも外では軽率な行動はできない。
家に帰ってからおかしなことを言ってるぐらいがちょうどいい。
我ながら偉そうな物言いだが、それが30を過ぎた大人というもの。

ところで、逮捕された芸能人と同じグループにいる同僚は、テレビの放送であだ名で呼んだそうだ。
私は見てないが、「○○ぽん」と。
普通にテレビに出ているときならともかく、自分の見解をかしこまって述べるときに「○○ぽん」は、ねえ。

私の会社にも、周囲の人をことごとくあだ名で呼びたがる女性(40代後半)がいる。
その呼び方の中で一番ひどいのは、「○○たん」。
親しいんだぞという意思表示なのかもしれないが、それを聞いている周りはたまったもんじゃない。
まあ、「○○ちゃん」くらいなら許容範囲だろうけど、「たん付け」は職場ではないでしょう…
しかも電話を回すとき、保留にする前に「○○たーん、どこそこから電話ー」と呼んでしまうのだ。
だから電話の相手の人にも聞かれている。
自分がいないところでみんなに真似されまくっていることを、悲しいことに本人だけは知らない。

ちなみに、私は昔その人に「△△りん」と呼ばれていた…

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2009年4月 8日 (水)

たんぽこの開花と収斂

昨日見た、私の職場に咲いているたんぽこを時間を追って定点観測(観察)してみた。

8時半。
日陰だからか、まだ開いていない。
たんぽこの開花と収斂

12時過ぎ。
満開。
近くにある水道施設から水が漏れていて、これが適度な水分を与えているのかもしれない。
ただし養分は?わからない。
たんぽこの開花と収斂

15時。
日差しはやや弱くなったものの、まだ開いている。
ただ、どことなく弱々しい咲きっぷり。
たんぽこの開花と収斂

18時。
日も陰り、再び閉じた。
たんぽこの開花と収斂

時間が許せば、横にいて開花するさまを見続けていたいくらいだ。
あとは花びらがいつ綿毛に変わるかも見てみたい。
私は理系の頭脳がないわりには、理系っぽいことは好きなんだな。

こんなところにも生命の営みがあると実感する。
このたんぽこは、紛れもなく生きている。
興味をそそるものは、案外身近なところに隠れているものだ。

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2009年4月 3日 (金)

ようやく一息

ここ数日かかりきりだった予算作成にも、一つの目処がついた。
まあ、来週になってから評論家みたいな上司があーだこーだ言って来るかもしれないけど…そのときはそのとき。
週末は休めそうだ。
ただし経理担当者は休日出勤してくるとのこと。
そういう日程って…

しかし、座り続けてパソコンを見つめ続けていると、肩は凝るわ腰は痛くなるわでなかなか大変だ。
パソコンのマウスを使うことも多いので、右手もかなり疲れる。

今日からプロ野球も開幕し、残業のかたわらネットで経過を見ていた。
広島が巨人に逆転勝ちして、幸先のよいスタートを切っていた。
地上波でも中継していたようで、定時過ぎだからワンセグで見たいとも思ったが、泊まらずに帰り土日も休むためにやっているのでやめておいた。

そして、浦和レッズの社長が辞任するというニュースもあった。
遅きに失した感が強い。
去年最終戦の埼スタでの猛烈なブーイングのときに、何も感じなかったのだろうか。
で、後任はまた三菱自動車から来るらしい。
スポーツ紙だけでなく一般紙にもそう載っていた。
レッズもそのへんは未だに日本的ということか。
やれやれ…

そういえば、今朝は我が家の姫が私の出勤前に起きてきた。
姫は出がけに玄関までついてきて、「パパ大好き…」とつぶやいていた。
「パパも○○ちゃん大好きだよ」と答えて玄関を開けようとすると、「大好き○○ちゃん?」と言いながら手を振って寝室に戻っていった。
かわいい、という言葉以外見つからなかった。

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2009年4月 2日 (木)

今日も

仕事仕事仕事…
今日は、今さらながらの今年度予算作成。
かろうじて終電に乗れた。
2日ぶりに娑婆に出た。
他のことを考える余裕がない。

今日、とあるおじさん社員が言っていた。
「こんな歳になってまで予算作るのなんかやりたくないもんなあ」
そう、誰だって面倒なことはやりたくないのだ。
自分たちが昔辛かったことを忘れているわけではなく、単に面倒なことに関わりたくないから部下にやらせているのだ。
自分たちの順番は終わった、もうやらなくていいと思っているから。

仕事には役職に応じた役割があるのはわかるけど、じゃあ決定権のある上の人は何をすればいい?
部下がやりやすいように配慮するのも仕事のうちではないか?
自分がやらなくていいと考え出すと、部下の仕事が他人事になる。
世の中全ての人がそうではないだろうが、私の会社にはそういう人だらけだ。
二言目には「俺も昔はそうだったよ、だから大変だろうけどがんばれ」では、進歩も何もない。

とにかく、明日金曜日でケリをつけたい。
休日まで仕事しに来るのは御免だし、土曜日には埼スタで大分戦もある。
会社に自分を潰されてたまるか。

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2009年4月 1日 (水)

今日から新年度、なのに

今ごろ新年度の予算作成をやっている…
通常は2月にやるのに、今年はいろいろとあるみたいでずれ込んで、唐突に指示が来て月末にかかった。
さらに3月の月末締めが終わらないから、何年かぶりに会社に泊まってまで仕事をすることになりそうだ。
昨日も23時半まで仕事をしていた。

偉い人たちは、どうしても今日行く必要もないであろう安全祈願に行って、そのまま帰っていった。
この方たちの興味は、もっぱら「お祓いで神前に並ぶ順番」のようだった。
締めは、下々の者が終わるまでやってろということのようだ。

言いたいことは山ほどあるが、ここではやめておこう。

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2009年3月23日 (月)

「浦和」という地名

私は浦和が好きである。
浦和という街が好きだし、変な話だが字面も好きだ。
大多数の人が「埼玉県の県庁所在地は大宮」と間違える中、判官びいきではないが、私にとって浦和は孤高の存在感を放っていた。
車やバイクが大宮ナンバーなのは許せないがしょうがない、よって原チャリぐらいはということで「浦和市」ナンバーを今でもつけ続けている。

私が生まれてから、今住んでいる場所で4ヶ所目なのだが、2ヶ所目までは東京都内だった。
3ヶ所目にして、住みたいところを自ら選んだ。
家賃のことや駐車場を持つことを考えると都内から離れざるをえなかったが、そこで目をつけたのが浦和だった。
大宮はその当時から嫌いだった。
最寄り駅も武蔵浦和(埼京線)、南浦和(京浜東北線始発)、そして浦和(中距離列車停車)…いろいろ候補を挙げて、一番便利そうな物件を選んだ。
その、旧浦和市内のアパートには丸12年住んでいた。
浦和に引っ越してからおよそ半年後、Jリーグが開幕し、おらが町に浦和レッズというサッカークラブができた。
それで浦和がさらに好きになった。
今の家を建てるにあたっても、あくまで「浦和」にこだわったのである。
「いつかは東京に戻る」と思って浦和に来たが、もはやそんな気はさらさらなくなった。

そんな私の話はさておき、日本には埼玉のほかに「浦和」がつく地名はどれだけあるのだろうか。
私が知っている限りでは、以下の2つ。

北海道松前郡福島町浦和
北海道日高郡新ひだか町静内浦和

どちらも北海道である。
後者は合併前は「静内町浦和」だったそうで、陸上自衛隊静内駐屯地もあるという。
両者とも、近くを通ったことはある。
しかしそのときは存在を知らなかったので、意識してみはしなかった。

どういう由来で「浦和」という地名がついたのだろう。
北広島市や新十津川町のように、浦和出身の人が入植してついたのだろうか。
あるいは北海道の地名では大変多い、アイヌ語の当て字なのだろうか。
それとも、両者とも海に面しているから、そのあたりが起源なのだろうか。

いつか、北海道の「浦和」に行ってみたいなと思う。
両者とも国道や道道が通っているから、恐らく国道(道道)標識の下に地名の看板もあるのだろう。

他にも日本のどこかに「浦和」がつく地名があるかもしれない。
ご存知の方は、ぜひ教えてください。
制覇してみたいものです。

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2009年3月18日 (水)

夢を見るのもほどほどに!?

「夢」という言葉には、将来の希望や願望を指す場合がある。
昔、安室奈美恵が「夢なんて見るものでも語るものでもない、叶えるものだ」という趣旨のことを歌っていた。
(ほとんど歌詞のまんまですが)
当時、スキー場でよく聞いたものだ。
最近ではあまり姿を見なくなった某女性シンガーが「夢見る少女じゃいられない」とも歌っていた。
(こっちはまさに歌詞のまんま)
しかしこれから私が書こうとしているのは、寝ている間の夢の話。

最近、昼間に眠くてしょうがない。
「春眠暁を覚えず」というが、寝坊して会社に遅刻こそしないものの、朝起きるのがたいへん辛い。
私は、会社の昼休みには昼食を食べたらだいたい昼寝をしている。
もっともすぐ寝られるわけではないから、実質的に寝ているのは普通は15分ぐらい、多くて20~30分ぐらいだろうか。
それでも午後も眠い。
外出などで昼寝ができない日は眠くてたまらなく、午後の仕事が拷問になる。

先日、昼寝している間にこんな夢を見た。
NHKの子ども番組のスタジオか幼稚園のようなところで、ベニヤで作られたセットの壁に描かれた絵をめぐる物語だった。
スタッフの誰かが壁をペンキで塗りつぶしたら、昔その壁に絵を描いた人の魂というか思いが私に乗り移り、スラスラっと描き直すというような話。
我が家の家族がママさん、姫、若と出てきて、さらにはまだいない第3子まで出てきたのだった。
(性別がはっきりしないのは、夢ならでは)
夢の中で「これは夢だから…」とか、客観的に考えている自分がいる。
ずいぶん長い夢のように感じた。
爆睡しすぎて、もしかして寝過ごしているのではないかと不安になって時計を見ると、12時56分ごろなのである。

そういう楽しい(?)夢なら寝起きもいいが…
今日の昼寝のときも、内容は覚えていないが次から次へと夢を見た。
しかも「これは夢だ」ということをはっきり自覚しているから、たちが悪い。

私は夜寝ているときも夢を見ていることが多い。
内容も都度都度それなりに覚えている。
恐らく熟睡できていないのだろう。
決められた時刻どおりに起きなくてはならないというプレッシャーが、浅い眠りを誘うのだろうか。
それに、夢を見ること自体が頭を使う。
その結果、目覚めたときにむしろ疲れてしまう、というのが最近のところ。

平日はこんなだから、休日は場合によっては昼まで寝かせてもらっている。
そうさせてくれている家族には感謝なのだけど。
どうにかして、夢を見ない方法はないものだろうか…

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2009年3月12日 (木)

2度目の懇親会

昨年12月22日にもやった、会社の同じ役職の人を集めての会議と懇親会があった。
世の中の不況のあおりを受けて、私が働く会社も業績が悪い。
そのへんの危機感を共有するための会議という位置づけだったようだ。
所属するところのトップの鶴の一声で、こういう催しをやることが決まったらしい。
その会場に向かうとき、「会社のお金で飲めていいなあ」というようなことを周りの人に言われたが、私は自腹でも気の合った人たちと飲むほうが断然いいし、会社におごってもらうのが嬉しいとも思わない。

会議自体は1時間もかからずに終わり、19時ごろから懇親会という名の飲み会。
出席者は、私とは同じ事務所にいる人もいれば普段は電話で話すだけの人、もう何年も会ってなかった人とさまざまで、そういう意味では面白い飲み会だった。
もともと周りの人を小バカにするタイプだった人はさらにエスカレートしていたし、別の人は普段はおとなしいのに酒が入ると人が変わり、風俗の話を延々しているなど、酒席ならではの光景があった。
今回はトップとは距離を置いて座ったので、さほど不快にならずに済んだ。
まあ、細かいところを挙げたらキリがないが…

ビールを数え切れないくらいと、焼酎のお湯割りと水割りをそれぞれ1杯ずつ飲んだ。
大宮まで寝過ごした挙句に折り返してなぜか赤羽で気づき、再び北行に乗ったらまた大宮まで行ってしまい、そこで折り返し電車がなかったのでタクシーで帰宅した。
家に帰るとママさんが起きていたので、「お腹空いたからラーメン作って」とお願いした。
急な依頼にもかかわらずラーメンを作ってくれたのだが、私はできる前にじゅうたんに寝っ転がり、そのまま寝てしまった。
ママさんがいくら起こそうとしても起きなかったという。
朝、携帯のアラームで目が覚めると、テーブルの上には水分を含んで膨張した玉子乗せラーメンが置いてあった。
せっかく作ってもらったので、ふやけたラーメンをありがたく食べた。

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2009年3月 9日 (月)

オフレコって

しゃべった内容はともかく、話す側と聞く側の信頼関係だと思うのだけど。
自分たちに置き換えて考えてみると、この人は信用できるからとか、この話は外には漏らさないからと言われたのを真に受けて、それではといろいろしゃべったら、それが裏切られて第三者に筒抜けだったという感じだ。

これからオフレコ懇談に応じる政治家や役人も減るだろう。
誰だって、こんなことがあれば身構えるはず。
ただ不思議なことに、私が読んでいる週刊文春には、毎週のように政治家などのオフレコ発言が載っているのだ。

もっとも、私は過去に人間関係で何度も痛い目に遭ってるので、誰にでも何でもかんでも話すわけではない。
さっきママさんと話してたら、私が何でも包み隠さず話せる人は、ママさんも知っている私の会社の人では2人くらいしか名前が挙がらなかった。
寂しいかもしれないけど、それが現実だし自己防衛だし。
ただ、陰口だけは叩きたくないとは思っている。

問題発言だから公にしてしまおうというマスゴミさんの考えは、問題発言をしてるほうと五十歩百歩だと思うがいかに。
自分たちの取材手法を棚に上げ、オフレコ発言について「私はこの間こう質問しましたよね?あなたはこう言ってましたよね?」と堂々と聞いてしまう神経の人とは、親しく付き合いたいと思えない。

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2009年3月 3日 (火)

会社に泊まると雪が降る!?

今夜は今年2回目の会社での泊まり。
前回1月もそうだったが、私が会社に泊まる予定の日にはなぜか雪の降る天気予報が出る。
そのときは雪にならず雨で終わり、さしたるトラブルもなかったが、今回は本格的な降雪になるらしい。
先日は20℃まで上がったりして、今年は雪が積もることもないのかと思っていたら、3月に入ってこんなことになるとは。

早朝から仕事をするのも難儀なものだが、雪の朝の通勤も大変だろう…
今は19時台、外はまだ雨だ。
が、これから夜にかけてどうなっていくのか?
実は、すでに雪が積もりつつある場所で大きなトラブルがあり、私の上司も泊まる羽目になった。

雪が降るなら、日曜日などの仕事や通勤に影響がない日にしてほしいよ。
そうすれば我が家の姫とも雪遊びができるんだけどなあ。

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2009年2月28日 (土)

異業種交流会 第二幕

某大手鉄鋼メーカーに勤務し、今年1月までブラジルに5年弱駐在していた先輩が日本に帰ってきた。
この人は私が大学に入ったときの4年生で、今は42歳。
同じ部の先輩後輩という間柄で、もう20年近い付き合いになる。
ベネズエラで育ったという帰国子女で、妹さんと電話でスペイン語で会話しているのを聞いたときにはびっくりした。
もちろん日本人同士ながら、妹とは日本語よりもスペイン語のほうが意思の疎通がしやすいと言っていて、そんな世界があるんだなと思ったことを思い出す。

その人が帰ってくるというのは以前から聞いていて、集まろうということにはなっていた。
当時はいろいろあって、1年生は2・3年生よりも4年生とのほうが仲がいいというような関係もあり、声がかかったのも私の同期が多かったようだ。
1月29日に同期でやった「異業種交流会」の延長みたいなものである。

夕方までは家族と遊び、後ろ髪を引かれる思いで家を出た。
我が家の姫に「パパ行かないでー!」と言われ、あとでママさんに「パパはお休みじゃないじゃない!」と怒っていたそうだ。
できることなら一緒に連れて行ってあげたかったんだけど、夜遅くなることが確実だったからなあ。

学生のときは毎日乗っていたJR埼京線に数年ぶりに乗り、都内の某駅へ。
集まったのは、ブラジル帰りの先輩とその同期の方と、先日の異業種交流会でも会った私の同期が4人、そして私の卒業と入れ替わりで入学した後輩が1人、全部で7人。
もちろん、今は全員が別々の会社にいる。

最初は当時入り浸っていた喫茶店で集合し、その後これまたよく行っていた居酒屋に流れた。
その居酒屋は3軒で1つのグループを形成していたが、今では1軒が残るのみである。
居酒屋チェーンの進出と、そもそも学生が飲まなくなった、部とかサークルとかに所属する人が減ったということが影響しているらしい。
店員のおじさんはそのグループ内にいた人で、私(たち)の顔を見るなり「ああ、久しぶり」と言った。

私自身は学生のときの部とはOBになってからも数年関わっていたが、2001年あたりを最後にまったく顔を出さなくなった。
それ以降はごく限られた数人としか会わなかったので、先日の同期での異業種交流会で会った人以外は7~8年ぶりの再会だった。

いろいろ昔話をした。
かつては何度もパーティーを組んで同じ山に登りにいったりしたので、懐かしい話がいろいろあった。
あっという間に4時間以上は飲んでいて、それでも話は尽きないほどだった。
もっとも、その場にいない他のOB/OGの話題になると、

「どこの会社に勤めているのか」
「結婚はしているのか」

という2つの質問が出たりして、いわゆる聞いたことのない会社に勤務していたり、まだ独身だと「へえー」と見下すような雰囲気が漂っているのが残念ではあった。

そういえば、「最近運動してる?」という話題になったときに、私は「最近はボウリングを週に2回ぐらいやってますよ」と答えた。
「ボウリングってスポーツか!?」と言われたが、「いやあ、あれは本気でやればスポーツですよ」と答えたのだった。
参加者にはサッカーに詳しい人も多かったので、その話も多くした。
ブラジル帰りの先輩曰く、「日本代表はホストクラブか」とのこと。
なんだかチャラチャラしていて、ブラジルの現地の選手に比べてストイックさが足らないということらしい。
ボールを持てるまで持って、それが無理になったらパスするというスタイルにすべきだとも言っていたが、そういう個人技頼みで失敗したチームを私は目の当たりにしているので、そのへんは共感できなかった。
そもそも日本人選手は、個人技では外国人選手と勝負にならないだろう。

まあしかし、他の会社にいる人がどういう仕事をしているかという話を聞いていると、私のやっている仕事があまりにもつまらなく感じてしまうのはいつものことであった。
私のプライベートがいかに充実していようが、週のうち7分の5は嫌でも会社(仕事)に関わらざるをえないのだ。
前向きな仕事がほとんどなく、「少しでも楽に仕事できるようにしよう」「少しでも早く帰ろう」ということばかり気にしている日常の、どこにやりがいがあるというのだろう。
まあ、世の中の働く人のうち、どれだけの人が満足のいく仕事をしているか、というのはわかってはいるけども。

久々にみんなでキャンプをしようという話が持ち上がり、そのときは家族のいる人は連れてきてみんなで行こうということになった。
我が家でも今年はテントや道具一式を買ってキャンプに行こうと思っていただけに、それはぜひ実現させたいものだ。

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2009年2月22日 (日)

ケルヒャーはすごい

この土日は、外出を伴う特別な用事が何もなかった。
土日とも、川口のグリーンシティというショッピングモールに出かけたぐらいだ。
土曜日に買った鉄道模型の「きかんしゃトーマス」がさっそく故障したので、日曜日に買った店に持っていくと、初期不良ですねということで交換してもらえることになった。
よかったよかった。

家に帰ってきてから、我が家の外の階段の掃除をした。
去年の大晦日にも使った、ドイツのケルヒャーというメーカーの高圧洗浄機を使ったのだ。

これがまあ、よく落ちること。
階段や壁面にうっすらついたコケや汚れが、おもしろいように落ちる。
掃除する楽しさ、というものを実感できる。
特に「サイクロンジェットノズル」がすごい。

代わりに、噴射された水の跳ね返りもかなりすごく、私の足元はずぶ濡れになった。
階段のへこんだ部分に水を当てると、跳ね返って雨のように頭の上から降り注ぐ。
さらに、水を噴射している部分はもちろん、モーターの音がかなりうるさい。
まあ、そういった点を補ってあまりあるほどの性能である。

その後は、家の中の階段をホウキで掃除した。
私がホウキを持って掃除しにいこうとすると、姫が「○○ちゃんもやるー」と言い出した。
いつものように大声でしゃべりながら、ぎこちない動きで掃除をする姫を見守った。
要領をつかめば、4歳児でも階段掃除ができるのだ。

庭に行ってみると、3年前の3月、ガンバ大阪との開幕戦で万博へ参戦したときに大阪城公園で買った梅の木が花を咲かせていた。

P1030336

早く暖かくなるといいねえ。

ママさんや子どもたちを見ながら家で過ごす週末が楽しく、夕飯時には350mlの缶ビールを4本も飲んだ。
普段家で飲むときは、3本がいいところなのだ。
やっぱり家はいいなあ。

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2009年2月20日 (金)

送別会

会社で定年退職する人の送別会があった。
今回は総勢約50名が集まった。
会社に42年も勤めていると顔も広くなるし、それ以上に主賓の人徳もあるのだろう。
ちなみに今回だけでは集まりきれず、あと2回やるそうだ。
主賓は酒が飲めない人なのに、それはそれで大変だ。

今回の会場は、私が新入社員のときに会社としての歓迎会をやったところだった。
東京港の夜景がきれいだった。

主賓は私と同じ職場なので、普段からしょっちゅう話している。
代わりに、久々に会った人たちと多く話した。
別のセクションに異動になった人や、主賓の先輩にあたる、先に定年になった人たちが大勢来ていたのだった。
その中には、偶然にもオンワードスカイラークス(当時)の元選手を息子に持つ人もいる。
その元選手も、周りの人に存続の署名をお願いして回っていたそうだ。

私が新入社員のときにお世話になった、今は別のセクションにいる人も来ていたのだが、「新入社員のとき○○課だっけ?」と、まるで見当違いのことを言われて少々がっくりきた。
私は入社早々経理課に配属になって、そのときお世話になったんですけど…もう忘れてるのね。
その後、その人との会話が盛り上がらなかったことは言うまでもない。

そんなこんなでいろいろな人と旧交を温め、最寄り駅へ移動してからそれぞれ少人数に分かれ、2次会をやった。
そのころにはだいぶ酒も進んでいた。
その場には、レッズサポの先輩のS氏、それにたまに飲みに行くうさんくさい後輩"ヨコチャン"がいた。
ヨコチャンは先日本社に異動になったばかりで、我々は「本社様」と言いながらからかっていた。
つまり、私を含めて浦和区に住んでいる人が3人いたので、京浜東北線で帰りながら「久々に北浦和で飲もう!」と提案した。
提案したわりには、私は飲み屋ではほとんど寝ていた。申し訳ない…

最後に「百歩ラーメン」で締めて、それぞれの家まで歩いて解散となったが、ヨコチャンは奥様に遅すぎると怒られて玄関にチェーンをかけられてしまったようだ。
もし家に入れなかったら私の家に来なよとメールしたら、大丈夫ですと返事が来てはいたけども。

私が家に帰って時計を見ると、3時半だった。
我が家のママさんは、私が北浦和まで帰ってきていることを確認すると安心して先に寝てくれていたらしい。
もちろん、玄関にチェーンなどかかっていなかった。

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2009年2月 9日 (月)

クシー…

昨夜は21時台には床についた。
睡眠をとることこそ最善だと思ったので。
しかし、今朝起きてもだるさは抜けなかった。
目を上下左右に動かすと痛い。
「正直(会社に)行きたくないなあ…」と着替えながらつぶやいていたら、我が家の姫に「行きたくなければ行かなきゃいいじゃない」と言われた。
「でもね、行きたくなければ行かなきゃいいってもんでもないんだよ」と答えた。

先日ようやく入手できたマスクをしていったが、このマスクがなかなかのもので。
呼吸がマスクの脇から抜けないので、他の人に風邪を伝染す心配もないし、逆にこれ以上伝染される心配もない。
ただし見た目はかなりゴツく、工事をする人のようで、会社で見る人見る人に何それと言われた。

電車の中では半ば意識朦朧として過ごし、出社すると、3人ほどの人が体調不良で休んでいた。

自分の体調不良よりも、会社でいろいろなことがあり…
一つ言えること、引き継ぎは重要だ。
あと、わからないことがあったら前任者本人に直接聞くべし。
自分が嫌いだからって、引き継ぎに入ってもいない私を間に挟もうとしないでほしい。
夕方には会議があったが、いくらいいことを言ったとしても、ものには言い方ってものがあるでしょう…と聞いてて思った次第。

会社のことはさておき、最も重要なことに、ママさんまで風邪をひいてしまった。
熱が38℃以上出てしまった。
ママさんは我が家の要だから、私はどうなってもいいから早く治ってもらいたいものだ。

私の今の気持ちを一文字で表すと、こうなるだろう。

「ξ」

ギリシャ文字で「クシー」というらしいが、モヤモヤした感情がまさにこんな感じだ。

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2009年2月 2日 (月)

許しがたい

楽しかった週末と打って変わり、今日は第一営業日なので会社からの帰りが遅かった。
2月1日付で人事異動があって、今まで事務仕事を一手に引き受けていた女性社員がいなくなってしまう。
人間的なことはさておき、仕事をきっちりやるという点では申し分のない人だった。
代わりに来る人の能力は未知数。
ただでさえ2月は予算作成などという、半ば無意味な仕事もある。
来月の締めはどうなることやら…

ところで最近、会社の出退勤管理の一環として、PCの電源の入切時刻が記録されるようになった。
残業したらその記録が証拠になる。
サービス残業をなくすという狙いがあり、実際最近は残業手当がきっちりつくようになった。
代わりにノー残業デーの徹底が推進されている。
先日の異業種交流会で聞いたら、他の会社でもPCでの出退勤管理を導入している例が多いようだ。

ところで、そういう仕組みを逆手に取る人というのはどこにでもいるもので。
まあ、細かい話はぼやかすが、ずるしようと思えばいくらでもできる、ということ。
もし確信犯的にそういうことをやっている人がいたら、本当に許しがたい。

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2009年1月31日 (土)

まもなく節分

鬼ピン

まもなく節分

鬼ピカ○ュウ

まもなく節分 まもなく節分

鬼食パ○マン

まもなく節分

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2009年1月29日 (木)

異業種交流会

東京駅丸の内口にそびえる「新丸ビル」で行われた、異業種交流会に行ってきた。
といっても、私の大学時代の同級生が集まって飲んだだけのことである。

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余談だが、私の父親はその昔、建て替える前の新丸ビルで働いていた。
私もそういう都心のオフィスビルで働きたいものだと思っていたが、今は東京の外れにあるプレハブもどきの建物で働いている。
世の中の大多数の人は、小ぎれいなオフィスビルなんかで働いているわけではない。

学生のとき、同じ部(キャンプや登山をする部)に在籍した面子だが、卒業後はバラバラの業界に散った。
今回集まったのは、

*自動車メーカー勤務の「スギ」(同じ部内で結婚、2児の子持ち)
*総合電機メーカー勤務の「ヤギ」(同じ部内で結婚、2児の子持ち)
*中国系システム会社勤務の「イカ」(独身)
それに私の計4人。

「スギ」とは、卒業後も比較的よく遊んだ間柄だった。
しかし自分の勤務先がJリーグのクラブを持っているからか(トヨタか日産かマツダかはご想像にお任せします。三菱ではない)、2008年の年賀状に

「レッズは"なんとか"3位になれてよかったねー」

(註:FIFAクラブワールドカップで3位となったことを指して)
などと、レッズサポの私にケンカを売ってるんじゃないかというようなことを書いてきた。
しかも後日、本人に真意を問い質したら、どんなこと書いたか忘れたとぬかしやがった。
それ以来、会うのは初めてだ。

「ヤギ」「イカ」とは、書き出したらキリがないが学生のころからそれほど相性がよくなかった。
さらにこの両名は、私を含めた誰かの悪口を書くためだけに存在していたかような"裏の掲示板"を、他の2名と作っていた。
私はとあることからその掲示板の存在を知ったが、彼らは私に見られてるとも知らずに私の陰口を書き連ねていた。
そこでは私は「小動物」とか呼ばれていた。
他にも「イカ」がバツ1の子持ち女性に玉砕した(しかも2人に)顛末やらを書き続ける彼らの姿を、腹を抱えながら見ていた。
今回も彼らがどんな顔をして私に接するか、ニヤニヤしながら見てやろうと思っていた。
(我ながら性格悪いなあ…)
もっとも、その掲示板の最後の書き込みは2年ほど前で、私に関することが最後に書かれたのはもっと前だ。
その2人とも、最低でも6年は会っていない。

今回の飲みは、ヤギが地方から東京勤務になったということがきっかけだった。
久々に飲みたいとヤギが言い出したそうで、スギから私に話が来た。
ヤギが私を誘うのは意外だったが、スギが同期で在京の人の名前を列挙したら私とも飲みたいと言ったらしい。
スギ曰く、「ヤギも大人になったのでは?」とのこと。

全員、予定の時刻に待ち合わせ場所に揃った。
4人とも38歳か39歳だが、薄毛や白髪にでもならない限り、見た目が大きく変わる年齢ではない。
新丸ビルの飲食店街は、やはり混んでいた。
世の中不景気だと言いながらも、やっぱり飲む人は飲んでるのだ。
飲み会では案外と話が弾み、お互いの近況、しばらく会っていない人の話などで盛り上がった。
事前には行かないだろうと思っていた、2次会にまで行った。
私はビールの中ジョッキを10杯ほど飲んだだろうか。
ヤギもイカも、普通に私に接してきた。

帰りしな、東京駅でヤギと私の2人になった。
「いやあ、俺も昔はさんざん叩かれたよねえ、小動物とかなんとか言われてさ」と言うと、ヤギは「なんのこと?」としらばっくれていた。
そこで、例の掲示板を携帯で見せた。
動かぬ証拠を見せながら「どう?今の気持ちは?」と聞くと、「いや別に、なんともないよ」と言いながらも、ヤギの目は泳いでいた。
言いたいことを言った私は、「昔のことだから別にいいけどさ、これからもよろしくね」と握手をして別れた。

あーすっきりした。
けど、わざわざ言わなくてもよかったかな…と、少しモヤモヤも残る。

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2009年1月27日 (火)

会社のうさん臭い後輩と

北浦和在住のうさん臭い後輩(通称:ジャイアン)が2月1日付で本社にご栄転なさるので、北浦和で飲んだ。
急な会議が入ったとかで、曲がりなりにも先輩の私を連絡なく小一時間待たせるような困ったちゃんだが…
代わりにさんざんほめ殺しして、面白かった。
他にも飲んだ焼鳥屋さんのこだわりなんかも聞けて…みんな生きるのに必死なんだよな。
ともかく、飲みそのものは楽しい夜でした。

会社のうさん臭い後輩と

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2009年1月15日 (木)

喫煙者には冬の時代

私はタバコを吸う。
喫煙歴は、かれこれ十数年だ。
山に登ったときや、何か一区切りついたときの一服は、たまらなくうまい。
学生の一時期には、めったに売っていないものや沖縄限定の「うるま」「バイオレット」「ハイトーン」を含め、ソフト/ボックス問わず、JT(日本たばこ)の全銘柄を制覇したこともある。
メインとしてはセブンスターを吸い続けてきたが、ここ数年はマイルドセブンライトだ。

ところで私の職場では、事務所の室内はもともと喫煙不可だった。
ただし給湯室、ロッカールームなどは喫煙してもよいことになっていた。
それが、今年の仕事始めからは屋外以外では全面禁煙となった。
そのお達しは、昨年末の仕事納めの日にあったらしい。

私は仕事納めの日は服喪休暇で出社していなかったので、そういうことになっているとは知らなかった。
で、仕事始めで出社してさっそく給湯室で火をつけると、「2009年1月1日より事務所内終日禁煙」との旨の張り紙を目にし、それで初めて知った次第。
それ以来、タバコを吸うときは決まりごとどおり外に出て吸っている。

私の席から外に出るのにはそれほど遠くはないものの、この時期の屋外はとても寒い。
外に出るのはおっくう。
給湯室で吸えたころに比べ、明らかに本数が減った。

健康増進法など、世の中の流れはわかるし、従うしかないと思う。
しかし、喫煙所がある意味オアシス、社交場であるという側面も否めない。
そこでのたわいもない話から、いろんな人を巻き込んで新しい話が始まることもある。
誤解を恐れずに言えば、酒を飲むことが人間関係を円滑にすることと似ている。
酒だって飲みすぎれば害になる。
タバコが健康に悪いということなら、いっそ販売禁止にでもすればいいと思うが、税収がバカにならんのだろうなあ。
さらにタバコを栽培している農家にとっては死活問題だということもあったりして、販売禁止にできないのだろう。

もっとも、私もいつまでタバコを吸うか。
私を知る周りの人は最近は言わなくなったが、心の奥では「吸わないでほしい」とやっぱり言っていると思う。
以前はそれが原因で両親と口論にもなった。
私は私、ではあるが、周囲の人にもタバコをやめた人が多い。
すぐにやめる気は今のところない、かといって一生吸い続けるとも思えない。

最近は、タバコを吸えるところは明らかに減った。
都内の駅周辺などの多くの場所は路上喫煙が禁止されているし、浦和駅周辺などもそうだ。
広島駅周辺も確かそうだった。
埼玉スタジアムをはじめ、どこのスタジアムでもスタンド(客席)での喫煙は禁止されているし、決められたルールは守らないと余計に肩身が狭くなるもとになる。
そういうところでなくても、たとえば路上での吸殻のポイ捨ては論外だ。
ショッピングモールなどで、ガラス張りの部屋に隔離されて吸うのは少々悲しいものがあるが…
ちなみに我が家では、基本的にキッチンの換気扇の下で吸っており、客人が来てもそこでお願いしている。

JR東日本の駅では、4月から首都圏約200駅のホームを全面禁煙にするそうだ。
産経新聞のサイトによると、

「受動喫煙を恐れる利用者の要望はその後(註:駅構内や車内での分煙を推進したり、新幹線などを全面禁煙化した後)も強まり、ホームの完全分煙化を求める意見は、昨年度(2007年度)だけで約800件も寄せられていた」

そうだ。

もちろんルールは守るべきだし、他人に迷惑をかけてもいけないが、なにごとも「過ぎたるは及ばざるが如し」…
愛煙派と嫌煙派の言い分は真っ向から対立するのが常だから、ここではこれ以上書きません。

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2009年1月 8日 (木)

今年初めての会社泊まり

明日、早朝3時から12時までの勤務なので、今日は会社に泊まりだ。
予想通り、5日の仕事始め以降、起きている姿のわが子を一度も見ていない。
明日は家族みんなで夕食を取れることが楽しみだ。

ところで、明日は未明から雪が降るという予報が出ている。
今日は天気よかったのに…
通勤時間帯に影響が出るかもしれないが、幸か不幸か私は泊まりなのでその影響を受けない。
しかし置き傘がないので、会社から帰るお昼には小降りになってくれているといいが。
雪が降るのがもう1日遅くて土曜日なら、家の近くで姫と雪遊びが存分にできるのになあ、と思う。
なかなかうまくいかないものだ。

私が初めて早朝勤務をした去年1月にも、雪が舞っていたことを思い出す。
そしてその日の夜に、我が家の若が生まれたのだった。
あれからもう1年、振り返ってみると早いもんだわなあ。

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2009年1月 5日 (月)

昨日見た夢

今日の仕事始めは、まあなんということもなかった。
仕事始めのその日から普通に仕事だ。
偉い人たちは、毎年のように仕事始めの日には月末の締めをほったらかして安全祈願に行ってしまったが。
ただ、普段顔を合わせている人たちと「今年もよろしくお願いします」と挨拶するのが、なんとなくすがすがしくて気持ちいい。

そんな私は、昨晩というか今朝起きる直前に見た夢を、けっこう鮮明に覚えている。
たいしたものではないが、どんな内容かというと。

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会社の上司2人と、なぜか有明(江東区)のお客さん回りに行っている。
お客さん回りのはずなのに、なぜか遊園地っぽいところにいて(おそらくお台場なのだろう)、ある店?に行列を作っている。
そこでは一人ひとり、幻覚を見ることができるという粉末をかがされるのだ。
店に入ると台に顔を乗せられ、目の前にある噴霧器のようなものから、その粉末がプッと出る。
で、かがされたら5つある個室の1つに入れられ座らされる。
しかし私は何も感じず、「幻覚を見るとか聞いたけど、全然普通だなあ」とか言ってその店を出る。

次に3人で行ったのは、階段を上ったところにある巨大な中華料理屋。
ジェットコースターみたいな滑り台で先に進むと広い空間が現れ、眼下のあちこちで大きな鍋でラーメンのようなものを茹でている湯気が立っている。
広い空間の壁には横穴がいくつも開いており、そこには東南アジアにありそうな食堂風の部屋がいくつもある。
その中の一つに入って、ラーメンが出てくるのを待った。
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と、そこでママさんに「パパ、起きる時間!」と叩き起こされたのだった。
目覚める直前まで見ていた夢だから、余計に記憶に残っていたのだろうと思う。

「会社行くの嫌だなあ…」と思いながら寝たから、登場人物も会社の人が出てきたのだろうか。
こういう夢にはどんな潜在意識が潜んでいるのだろう、恐い気もするが知りたいものだ。

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2009年1月 1日 (木)

明けまして

明けましておめでとうございます。
ご覧の皆さん、本年もよろしくお願いします。

今朝も遅くまで寝て、起きてからは3階の両親のところにある仏壇に手を合わせた。
我が家に戻ってからは、部屋の掃除などをしながら、スカパーの「アニマックス」というチャンネルでやっていた「ガンダム」をチラチラ見た。
1月1日0時から21時半まで、全43話をぶっ通しで放送すると聞き、そのためにわざわざアニマックスを契約したのだ。
21時間半分の録画をするための外付けハードディスクも買った。
私はガンダム世代と呼べる年齢であり(ただし知ってるのは最初のガンダムだけ)、このたびの放送は楽しみだった。
忘れていたシーンも見ることができ、なかなか感無量だった。

夜には去年と同様、レッズサポ仲間が我が家にやってきて、新年早々の宴となった。
ビールだけでなく、いろいろな酒を飲んだ。

結婚間近だと思っていたサポ仲間同士がいるのだが、女性のほうが相手にいろいろ不満を持っているようで…
しかも、もったいないくらいの相手なのに、なぜそんなことに!?というようなことに不満があるらしい。
聞いてて、少々望みが高すぎるようにも思えた。
男女関係は難しい…

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2008年12月31日 (水)

2008年もあと数十分

昨日今日は、普段しないところの掃除をやった。
ドイツのケルヒャーというメーカーの高圧洗浄機の威力をまざまざと実感した。
それ以外は、我が家の姫や若と遊んでいた。
特に姫は、ついさっき23時前までハイテンションで騒いでいた。
紅白歌合戦を見ながら、姫は「しゅーちしん、しゅーちしん、"ぼく"たちーはー」と歌っていた。
全く教えていないのに、テレビを見て覚えたようだ。
しかし"俺"じゃなくて"ぼく"なのは、普段の親の教育がなってるから!?
氷川きよしの大トリは堂々としたものだった。
6月に西武ドームに行って以来、西武の細川選手のテーマソングでもあるズンドコ節の着うたが欲しいのだが…
今はママさんも含め、みんな寝ている。

私は今まで、年が変わる瞬間を様々な場所で過ごした。
大学生のときは4回とも冬山や犬吠埼の砂浜のテントの中だったし、他には富良野や奄美大島の飲み屋だったり、明治神宮に初詣に行く人の群れの中だったり、独身のころは実家で過ごしたりした。
でもやはり一番いいのは、自分の家で過ごすことだろうと思う。
子どもたちは、いつまで付き合ってくれるかな?

皆さん、今年もお世話になりました。
来年はいい年になりますよう。

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2008年12月30日 (火)

栃木から帰って

このたび亡くなった祖母は、正確には私の大叔母、つまり母親の母親の妹にあたる。
私の母親が、結婚したが子が生まれなかった大叔母の養子になり、続柄上は私の祖母となった。
施主(喪主)は、私の母親が務めた。
祖母は行年95歳、栃木に住む親族は先に次々と亡くなり、このたびの葬儀に参列した親族は我が家からの6人だけ。
近所の人が10人ほど参列してくれたがそれ以外に参列者はなく、質素なものだった。

亡くなった当日にお通夜、翌日に告別式だった。
本来こうあるべき日程なのだろうが、現代ではなかなか難しい。
色々と偶然が重なり、今回はそのようになった。
12月29日は友引で、葬儀ができないということもあり、ずれていたら年明けまで持ち越していた可能性もあった。
それにしても、亡くなって30時間後にはお骨になっているという現実…あっけないものだ。
葬儀屋さんはテキパキとこなしてくれていたが、遺族の感情にあまり左右されない、ああいう存在も必要なのだろう。

27日は、姫だけはかわいそうだがママさんの両親「じーたん」と「よっこさん」のもとに置いていき、ママさんと若と3人で栃木に向かった。
現地で私の両親と弟と合流し、3日間行動をともにした。
29日は、祖母が入っていた老人ホームや病院の精算や私物の引き取りなどをし、昼過ぎに浦和に帰ってきた。
いろいろありすぎた3日間で、家に着くころにはもうヘロヘロだった。
しかし、まだまだ落ち着けないのだった。
栃木に連れていかなかった、我が家の姫が帰ってくる。

姫はママさんの両親に浦和まで送ってきてもらった。
家に着いてママさんを見るなり「パパに会いたかったのー」と言い、続けて私に「濃厚ブチューしよう」と珍しく姫から言い出し、チュッチュした。
その後も姫は大興奮、パパ遊ぼう遊ぼうと言われ、幼児向け雑誌の付録を切り抜いて作らされたりした。
とにかく騒がしかったが、姫のいない3日間が逆に静かすぎて、「うるさいけど、まあしょうがないか」と思うのであった。

寝かしつけるとき、ママさんが「こんなにかわいいと、パパは骨抜きになっちゃうよ」と言った。
姫が「"ほねぬき"ってなに?」と聞くので、私が「イカみたいになっちゃうことだよ」と答えた。
姫は「いやだそんなの、今のままのパパがいい、今のままがいいのー!」と絶叫していた。
また、「じーたんのところにー、泊まりにーキター!」と、誰が教えたわけでもないのにあのモノマネをしながらひとしきり騒ぎ、「早く寝なさい!」とママさんに怒られながら寝たのだった。

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2008年12月29日 (月)

栃木の夜と朝 その2

昨日の画像は栃木市街を南から北に見たものだが、今日は逆に北から南を見たところ。

栃木の夜と朝 その2 栃木の夜と朝 その2

朝日が昇る方向と重なってしまい、逆光で画像は撮れなかったものの、東には靄に浮かぶ筑波山がくっきり見えた。

会社は今日が仕事納めだったが、服喪休暇を取った。

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2008年12月28日 (日)

栃木の夜と朝

今日は告別式、栃木市には会社を休んで明日まで滞在する。

栃木の夜と朝 栃木の夜と朝

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2008年12月27日 (土)

栃木へ

私の祖母にあたる人が亡くなり、急遽栃木県栃木市に行くことになった。
本当に急な話だが、今日がお通夜、明日が告別式。
乳飲み子の若は連れていくが、姫はママさんの実家で長ければ3日ほど預かってもらう。
今年初めに若が生まれたとき、一人で預けられた経験があるからか、姫は楽しそうに迎えに来たママさんの両親に連れられていった。
よろしくお願いします。

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2008年12月22日 (月)

疲れる懇談会

私は、会社では管理職の一歩か二歩手前といえるポジションにいる。
私と同じポジションにいる4人を集めての懇談会というものがあった。
所属するブランチのトップと、差しでの話し合いだった。

7割がたはトップが一人で話しており、時々こちらの意見も求められた。
トップの話すことは、おおむね理解できるものだった。
「君たちは管理職と部下とのパイプ役になるとともに、管理職の参謀にならないといけない」
それはそのとおりだと思う。
そういうニュアンスのことを私はその前に言っていたのだが、「君たちの中で誰もそれに触れてなかった」と言われたときには、この人は話を聞いてるのかな?と思った。
その他は、会社側の人としては至極もっともなことを言っていた。

で、「君たちは管理職になりたいか?」と聞かれた。
まず私が指され、
「競争という面では好き好んで負けたくはないし、管理職になりたいとも思う。
が、管理職になったとたんに深夜早朝、休日もつぶしての仕事を強いられている上の人を見ている。
いざとなれば会社にいいように使われ、管理職の最下層は"みなし管理職"だ。
だからどちらかといえば管理職にはなりたくない」
と答えた。
私は行き過ぎた滅私奉公はしたくない、プライベートにやりたいことが多すぎて、今以上に自分の(=会社以外の)時間を削られることが嫌なのだ。
おまけに私のいる会社に対しては、入社前からのいろいろながっかりすることがあり、自信を持って売れる商品ではないこともあり、この会社での仕事に対する情熱などというものは既にかなり失われている。
なぜ働き続けているかといえば、ひとえに家族のため、自分のためだ。

他の3人は、例えば「楽しそうなセクションの管理職ならやってみたい」などということを言っていた。
彼らはまだ前向きなのだ。
それはそれでいいんじゃないか。
やる気を前面に押し出すわけでもなく、かといって完全に割り切りましたというわけではない、そういう中途半端な姿勢でいることが一番まずいと思うが、私はどちらかといえば今そういう中途半端さのただ中にいるのかもしれない。
自分の中のいろんなものが邪魔をするのだ。

なお、トップは私の意見に対して
「管理職になれば、深夜早朝でも休日でも"自分がやらないといけない"と自ら思う人が大多数だ」
と言っていた。
それが会社人間、滅私奉公って言うんじゃないのかな…
趣味などない人、会社にしか居場所がない人はそれでもいいんだろうけど。

懇談会は2時間半ほどやり、その後近くの駅前に行って飲み会となった。
手始めに「なぜこの会社に入社したのか?」という話から始まり、どこの大学を出たのかなどという、そういう話が好きな人には盛り上がる(私にとってはどうでもいい)話に進んだ。
私の出身大学名を言ったところ、そのイメージどおりのステロタイプなことしか言われなかった。

トップは店に着くなり管理部門の数名を飲み屋に呼び出し、総勢10名ほどになった。
そのうちトップはベロンベロンに酔っ払いだし、全体の話も今日の趣旨とは関係なくなってきた。

おそらく私は懇談会から終始一貫して無愛想な表情だったと思う。
偉い人に愛想よく「そうですねー」などとヘラヘラと相槌を打てない性格なもので。
トイレに立ったとき、同じポジションの1人が
「○○さん(私のこと)さー、もうちょっと話したほうがいいよ、話さないとその分飲む時間が増えて酔いが回っちゃうからさ」
と言った。
私は
「大丈夫ですよ、私はそんなに飲んでも酔わないし、進んで話したいこともないし」
と答えた。
あと、別の人にだったと思うが、こうも言われた。
「もっとアピールしたほうがいいよ」と。
いまさらアピールすることもないし、その必要もない。
「早く帰りたいなあ、いつ終わるんかなあ」と、私は隣の席にいたやつに呟いていた。

後から呼ばれた人の中に、今度の1月で管理職に昇格する人がいた。
今まで会社の方針をいろいろ批判してきた人だったので、「今度は管理される側から管理する側になっちゃいましたね」と声をかけたら、「今までみたいにいろいろ言えるか不安だよ…」と言っていた。
また、この人曰く、前にもこのような懇親会があったとき、2次会でトップがいなくなってからはそれまでにないくらいいろいろな批判めいた話が出たらしい。
それをトップの前で話していても、トップは「そうかそうか」と答えるだけだった。
あなたがいると自由に意見も出ないんですよと言われてるも同然なのに、平気でいられる神経。
偉くなるには「鈍感力」が必要なんだなと思った次第。

その飲み会は、当然会社の経費から支払われていた。
世間は不景気だというが、忘年会シーズンということもあるだろうが、その飲み屋は予約で全て埋まっていた。
飲める立場、環境にいる人は、景気がどうであろうが飲めるのだ。
しかも自腹とは限らず、ほとんどの場合は削減しろと部下には言う会社の経費だ。
普段私のいる現場は、祝日がらみで遅くまで忙しく、飲みどころではなかったのだが。
そういう土台の上であぐらをかく貴族がいることに対する憤り。

彼らの権力の源は人事権と査定権で、それがなければただのおっさんなんだけどな。
人間性で唸らせる人はほとんどいやしない。

帰りの電車で大宮まで寝過ごし、折り返して浦和に帰ったころには心底疲れていた。

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2008年12月12日 (金)

終わりの始まり?

いやあ、午後になってから急に大変なことになってきましたね…
CMで呑気に「アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪を引く」なんてやってる飲料メーカーがあるけど、まるで他人事のようで見るたびに腹が立つCMだ。
(私は元々この会社に対する印象がよくないので)

もういろんな意味で、今までの常識は通用しなくなってきてるのかもしれない。
想定されるこれからのシナリオはいろいろあるのだろうけど、全体的には先行きが暗くなっていることは間違いないのだろう。
後世から見れば、今は「終わりの始まり」のさらに序章なのかもしれない。
あるいは、結局どうにかなっちゃうのかもしれない。
つくづく未来のことはわからないなあと思う。

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2008年12月11日 (木)

過ぎたるは…

今回は3つの話を書きたいと思う。
「過ぎたるは及ばざるが如し」という言葉がある。
やりすぎはやってないのと同じでよくない、ほどほどが大事という意味だ。

今年1月31日に、私は幼児向け番組「おかあさんといっしょ」でこういうやりとりがあったのを見た。
そのときブログに書いたのを再掲すると、

ゆうぞうおにいさん:笑いすぎるとお腹は空くし、あごは疲れるし、いいことないねー
しょうこおねえさん:過ぎたるは及ばざるが如しねー

子どもに意味がわかるのか?と思ったが、案外じわじわと浸透するんだなあこれが。
話は脱線するが、我が家は今週末長野県に行く予定なのだけど、ママさんが姫に「あと3回寝たら旅に行くんだよ」と言ったら、姫は「"旅は道連れ、世は情け"だねー」と返したそうだ。
なぜそんな言葉を知っているかといえば、ちょうどその日の子供向け番組「日本語であそぼ」で同じ言い回しが出てきていたそうだ。
姫はそれをしっかり聞いてたと。

今のうちは意味はわからなくても、「あっ、この言葉聞いたことある!」が、知識として少しずつ自分の血となり肉となっていくのだろう。
それでいいのだ。
ただし、ママさんが「旅行に行くんだよ」と言ってたら、こういうやりとりにはたぶんなってなかったと思う。
この言い回しは"旅"だからこそだし、まだ"旅と旅行はほぼ同義"ということまではわかってないだろうから。
「"りょこう"ってなーにー?」という答えが返ってきたに違いない。

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ところで本題はここからなのだが、先日のこと、来春から入社するかもしれないという高校3年生が職場見学に訪れていた。
私は関わってはいなかったが、職場の人がいろいろ説明していた。
見た感じ、おとなしそうな感じのする男の子だった。

先日、お断りの連絡が来たらしい。
理由が「きょうだい構成などを聞かれた」などということなんだそうだ。
面接で聞かれたわけではないらしい。
アテンドした職場の人も、「そんな話したっけなあ…」という具合。
私は知らなかったが、未成年者に家族構成を聞いたりすることはダメなんだそうだ。

確かに、採用してからならともかく、採用前にどこに住んでいるかとか家族構成とかは不要な情報ではある。
面接時に探りを入れるように聞くのは、差別につながりかねないということもわからないでもない。
採用するのはあくまで個人個人の能力や適性なのだから。
しかし、移動中などの雑談で例えば「きょうだいいるの?」と聞くのは、普通の会話だと思うのだけど…
それすら否定されてしまうというのは、行き過ぎのような気がしてならない。

このご時世、個人情報保護がよく言われる。
自分の個人情報がさらされるのはもちろん嫌だし、物騒な世の中であるから玄関や窓にカギをかけるのと同様、用心するにこしたことはない。
グーグルのストリートビューについても、私も以前書いたがそこまで必要あるのかな、と思う。

とは思うのだが、行き過ぎた解釈には「言葉狩り」に通じるものを感じる。
難しい時代だ。

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ところで話は変わり、浦和レッズの昨日の契約更改において、坪井と闘莉王が保留したという。
ダウン提示に「これでは契約できない」とは、レッズプレス(RP、携帯の有料サイト)を見ても確かに坪井はそう言っていたらしい。
RPには、GK山岸の泣ける話も載っていたのだが、有料サイトなのでここでは載せないでおきます。

去年までは毎年タイトルを獲り、その賞金もあったから年棒も右肩上がりだっただろう。
しかしそれは「タイトル料」のようなものを含んでいたわけだ。
今年は7位、賞金も最低限しかなければ来季のACLもないから試合数も減り、入場者数も今年よりは減ることになる。
いくらがんばったと主張しても、成績が伴わなければ残念ながらがんばってないのと同じことなのだ。
今年の成績では、よくて微増か現状維持、普通でダウン提示が当然だと思う。
選手にはそれを自覚してほしいなと。

契約が原因で、まさか思わぬところに飛び火しないだろうな。
まさに負のスパイラル、弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂…
やっぱり勝負事は勝たないとダメなんだ。

交渉ごとで最初は突っ張るのはよくあることとはいえ、これも過ぎたるは及ばざるが如しでは。

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2008年12月 1日 (月)

文明堂浦和工場でぎっくり腰

11月29日土曜日のことだが、「カステラ一番電話は二番、三時のおやつは文明堂~♪」のCMでおなじみ、さいたま市桜区(旧浦和市)にある文明堂浦和工場に行ってみた。
セールのチラシが入っていたのだ。

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Wikipediaの「文明堂」の項目を見ると、文明堂にもいろいろあるそうで。
全然知らなかった。
浦和工場は「株式会社文明堂日本橋店」の工場なんだそうですよ。
入り口の横に売店がある。
工場見学は、残念ながらやっていないそうだ。

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2,000円以上(だったかな?)買うと、ガラポンを1回まわすことができた。
我が家の姫がやってみたら、景品でカステラ巻きをもらってた。
さらには試食品もいただいていたみたいだ。
(私は直前に朝食を食べて満腹だったので、ここでは何も食べていない)

姫が「抱っこー」と言うので、してあげようと思ってかがんだ瞬間、腰にピキッという痛みが走って、しばらくその体勢から動けなくなった。
先週リビングのソファーでうたた寝してから腰になんとなく違和感があったのだが、それが影響しているのだろうか。
本格的ぎっくり腰にはならずにすんだものの、今でも歩くときやイスから立つとき、階段の上り下りなんかがちょっときつい。
このままじゃボウリングにも行けやしない。

腰痛に加え、パナソニックには2日連続でコテンパンにやられるし、会社でもいつにも増していいことないし、今の精神状態は最悪に近い。

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2008年11月25日 (火)

こみ上げる悔しさ、寝てばかりの3連休

今ごろになって、23日に清水に負けた悔しさがじわじわと湧いてきた。
試合当日は家でテレビ中継が終わった直後に、我が家に来ていた親戚に挨拶にいったりしたので(試合が終わるまでは親戚よりも中継を優先していた…)、悔しさをかみしめる暇がなかったのだ。
エスパルスは2001年開場の埼スタで初勝利だったそうだ。
このチームには最近ホームで勝った気がしなかったのだけど、実はレッズは埼スタでは5勝1分けだったんだとか。
去年のスコアレスドローのイメージが悪すぎたんだな。
そんな相性のいいはずのチームに負けてしまうというのは、こんなふうには書きたくないがまさに"落ち目な状態なチーム"の象徴的なできごとのようで、残念でならない。
知り合い(友達ではない)の清水サポのニヤけた顔が目に浮かぶ…悔しい。
(いや実際、その清水サポのブログではやたらと余裕綽々なことが書いてあった)
かくなる上は、来年も「アウトソーシングスタジアム日本平」(しかし、なんのヒネりもない名前ですな)に遠征するかあ。
その前にレッズには、達也も言っていたようにプロとしてあと2勝して今シーズンを終えてもらいたい。
12/6の最終戦の後、どんな形で1年を振り返ることになるのか。

ところでこの3連休、私は寝てばかりだった。
21日25時台就寝→22日11時台起床=睡眠10時間
22日19時台就寝→23日7時台起床=睡眠12時間
23日20時台就寝→24日9時台起床=睡眠13時間
いったい何がどうしたんだろう?
普段から週末は長く寝かせてもらっているが、3日間ともこんなに寝てしまうとは。
22日は焼肉を食べにいって、生中4杯飲んで帰ってきたらそのまま寝、23日はレッズナビ(テレ玉の浦和レッズ検証番組)を見ながらいつの間にか寝ていた。
普段の寝不足を一気に解消したようなものだが、さすがに寝すぎ。
我が家の子どもたちと同じような就寝/起床時刻なのであった。
さらに23日にリビングのソファーで寝たからか、昨日起きたら腰が痛い…
日常生活にはさほど支障はないが、ボウリングすることを考えるとこのままではちょっとまずい、という程度の腰痛が残っている。
まあ、清水戦以外は珍しく何の予定もなかった連休だったし、子どもたちとは遊べたからいいんだけど。

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2008年11月22日 (土)

表の顔と裏の顔

昼に見ていたテレビで、焼肉チェーン大手の「○角」のことを取り上げていた。
お客さんからのクレームは財産だとして大事にするという社風なのだそうだが…
40代前半の社長や、31歳の営業部長がふんぞり返りながら会議で怒鳴り散らす姿を見て、なんだか気分が悪くなった。
クレームゼロを目指すというのは理想としてはもっともだが(実際は無理だろうけど)、お前らそんなだからダメなんだよと部下に言いながらふんぞり返ってたら、説得力ないだろうに。
エリアマネージャーがいないときを見計らって社長が幹部社員を連れて店を点検しにいくというのも、社員を信用していないというか。
店員が客に見せる表の顔に比べて、社員だけの場での裏の顔を見たようで。
というわけで、夜は焼肉を食べに行ったが○角ではなく安○亭に行きましたとさ。

表の顔と裏の顔

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2008年11月21日 (金)

7分の5

最近、会社にいることが特に憂鬱でたまらない。
まあ仕事だから、行くには行ってるが。
いろいろあってねえ。

ところで、私の勤めている会社では、なるべく早く帰りましょうという運動をやっているらしい。
その趣旨はごもっともで、異論の余地はない。
ただ、会社側からすれば労働基準監督署に立ち入られたら困るし、このご時世で残業代をごまかすこともしづらいから、人件費を圧縮したいというネガティブな動機だろうと思う。
つい数年前までは、組合に申し入れて年間10日前後の休日を返上させてたような会社だし。
最近では、パソコンのオン/オフの時刻まで管理するようになっている。
ただし打ち出されるのはExcelだから、修正しようとすればいくらでもできるというおマヌケぶり。

で、偉い人や各職場の担当者レベルの代表者などが、その運動をどう推し進めるかという会議を夕方からやっていた。
そんなことでも会議をやるのか、会議好きな会社だな、と思わずにいられなかった。
それこそメールで通達を流して、みんなで声をかけあうように徹底すればいいものを。
そんな会議に、約2時間もかかったとか。
偉い方々はお時間のあることで…会議に出ただけで仕事した気になっちゃう人も、いるにはいるからね。
しかも、会議の後には最初から飲み会がセッティングされていて、私のセクションから出席した人はその飲みが待ち遠しくてしかたないようだった。
どこの(誰の)お金で飲むのか知らないけどさ、まさか会社の経費じゃないだろうね。
そんなことをしてるから、出席してない大多数の一般社員は冷めるんだよ、ということをわかってるんだろうか。

ともあれ、なるべく早く帰りましょうというのは、確かにいい傾向。
付き合い残業などするべきではないし。
一方、寝坊したのか知らないが朝は遅刻してきて、あげく昼休みに休憩所で昼寝して13時になっても起きてこない、誰かに起こされるまで数十分でも寝てる人もいる。
しょっちゅうそういうことがあるので、今日などはつい「だらしねえなあ…」とつぶやいてしまった。
そういう人が、仕事は適当にやると公言してみたり、会社の文句ばかり言ったり、早く帰りますなどと言っているのを見ると、なんかそれ違うんじゃないの?と思うのだ。

私自身も、決して仕事に対してやる気があるわけではない。
生活のため"だけ"に会社に行っているようなもの。
一週間のうち7分の5は、かなりの部分を捨てていると言っても過言ではない。
それでも給料をもらっている以上、最低限やらなければならないことはある。
みんな同じように働いているのだ。
一度でも遅刻してはならない、寝過ごしちゃいけないなどという堅苦しいことは言わないが、30代40代のいい歳した大人が何度も繰り返すことじゃないだろう。

私の考えは間違ってる?

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2008年11月 6日 (木)

バナナダイエット

つい先日まで爆発的なブームとなっていたらしい、バナナダイエット。
なんでも太めの女性タレントがテレビ番組で試してみたら、効果てきめんだったとか。
私はその番組は見ていないが(時期は確か9月中旬の東北ツーリング中だったと思う)、ダイエットの効果よりもその番組を見ている人が私の周りに多かったことにむしろ驚いた。
ただし私の知る限り全員女性、よくは知らないがきっと女心を衝いた番組なんだろう。
楽してやせたいのは、男だって同じことだけど。

一時はバナナが売り切れで大変なことになっていたらしいが、ここ最近は落ち着いたそうだ。
ブームはあっという間に去ったということだ。
バナナダイエットの提唱者の人も「バナナにこだわる必要はない、規則的な食習慣が大切」と言っていたようで。
何よりも、昔より流行り廃りのサイクルが短くなっているのだろう。
次は何のダイエットが出てくるのかしらん?

やはりその番組を見ていた我が家のママさんが「パパもやってみたら?」ということで、ご他聞に漏れず私もやっている。
私は朝7時前には家を出るので、朝食は会社で摂っている。
若いころは朝食抜きだったが、今は腹が減りすぎると(たぶん)胃酸にやられて胃が痛くなるのだ。
以前はおにぎりやサンドイッチなどを出勤途中で買って、始業前にメールを見たりしながら食べていた。
今はバナナが家にあれば家から持参し、なかったら途中で買って、おにぎりなどの代わりに食べている。
バナナは腹持ちがよくて、1本食べただけで昼食まで充分だ。
さらにコストパフォーマンスもよい。

というわけで、世間ではブームが去っても私は続けている。
たぶん本気で飽きるまでは続けるだろう。
バナナダイエットの効果かはわからないが、先月の健康診断では近年最軽量の体重を記録しているし。

と、ここまで書いたところで南浦和から小一時間かけてチンタラ歩いてきて家に着きそうだ。
早く帰れたときのウォーキングも人知れずやっているのであった。

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2008年11月 5日 (水)

いろいろと

今朝は明け方3時からの勤務だったので、昼の12時過ぎに退社した。

※11月の人事異動で今の職場は今日限りの上司にあいさつ。
今回一緒に仕事をしたのは1年7ヶ月だったが、私が今の職場に異動になった約5年半前にも同じセクションだった人だ。
また一緒にやることもあるでしょう。
いろいろお世話になりました。

※新広島市民球場の名称が、ネーミングライツで「MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島」に決まったとのこと。
うーん、微妙…
普段はなんと呼ばれるようになるのだろう。マツスタ?ズースタ?
それにしても、広島という街は今やマツダに頼っている部分が大きいんだな、ということを改めて実感する。
カープもサンフレッチェもマツダがらみだし。

※オバマ候補当選。
ボキャブラ時代の芸人がまた脚光を浴びている、のかな?
似てるっていうのも天賦の才能!?
それと小浜市も盛り上がっているとか。
町おこしはまあいいけど、外側だけというかイメージしか見てないな。
そんなことより、オバマ大統領になったら日本にどういう影響があるのか。
それと、実態はさておき「自由の国」を標榜するアメリカだけに、一つ不安なことが。

※JR上野駅前の「聚楽」。
廃業したときにはニュースにもなった。
それからしばらく経つが、あっという間に廃墟のようになっていた。

いろいろと いろいろと

真上には西郷さんの銅像もあるし、建て替えは厳しいのだろうが。
(リニューアルして再開するんだったっけ?)
上野は浅草と同じく、私がかつて毎日のように通っていたところだ。
ともに過去の街になりつつあるという印象があったが、外国人も含め案外人出は多かった。
昼間から路上で酒を飲んでるような人が多いことも、浅草と似ている。

※上野発14:21の宇都宮線小金井行き列車。
最後尾車両の一角に「荷物室」があった。

いろいろと

ロープで仕切ってあるだけだが。
雑誌などの輸送はいまだに列車でやっているようだ。
私が子どものころ、上野からの常磐線には、行商?のおばちゃんたちが優先して乗っていた区画があったことをなんとなく思い出した。
さらに昔は「荷物列車」「急行荷物列車」という列車が時刻表に載っていたなあとも。

※小室哲哉容疑者は、逮捕前はマスゴミに「小室哲哉"プロデューサー"」と呼ばれていた。
なぜ無理やり肩書きをつける?普通に"氏"でいいんじゃ?
「稲垣"メンバー"」を思い出した。

※ACL決勝第1戦、G大阪vsアデレードをテレビで見た。
この戦いを我々がやれなかったことは、見ていて本当に残念だった。
しかしガンバが強いのかアデレードが弱いのか、3-0というスコアはさすがに予想外。
アデレードはアウェー万博でせめて1点取っておきたかっただろう、そうでないとさすがにきつい。
去年ガンバサポがセパハンを応援する段幕を出したようにアデレードを応援する気もないが、チームとしてうまく機能しているガンバが羨ましくもある。
なかなか複雑な心境だ。

※「相棒」を、初めてリアルタイムで見た。
面白いねえ。

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2008年10月22日 (水)

空しい

今日は定時に会社を出て埼玉スタジアムに向かうつもりだった。
昨日や今朝のうちから「定時で上がりますので」と根回し?もしておいた。
しかし、今日はトラブルが多すぎた。

事務所にある不要になったシステムを撤去するため、情報システム担当の人に来てもらって電源コード、LANケーブルなどを取り外してもらった。
そこで、切ってはいけなかった光ファイバーをカッターで切ってしまったのだ。
そのため、別のセクションの離れた拠点のネットワークがつながらなくなってしまった。
それが発覚したのが16時半過ぎ、どうしても今日中に直さないとならなくなった。
そんな夕方から業者さんもそうそうつかまるわけもなく。
昼間の撤去作業に立ち会っていた私は、他のところに迷惑をかけているがゆえ、帰るに帰れず。

定時を過ぎても事務所内にいる私に「あれ?行かないの?」と声をかけてくれる人もいたが、かくかくしかじかと説明するのもしんどかった。
脱力感が全身を覆っていた。
周りの人には「予定狂っちゃったね」程度のことだろうが、こっちは今日のために全てを合わせてきたんだ。
イライラしてゴミ箱を蹴飛ばさないように、カルシウムのタブレットをいつもの倍飲みましたよ。
めったに見ない浦議の実況と、J's GOALのスコアボードを虚しく眺めていた。

それでも今はまだましだ。
そのうち管理職になったり部下がもっと増えたりすれば、「今日は定時で」なんてこともできなくなる。
そういう、自分がやりたいことができなくなる状況に耐えられるか?
たぶん相当なストレスになるだろう。
私は別に偉くなりたくもないし、責任を果たした上で自分のやりたいことをやれればそれでいいので。

自分がいかにがんばっても、周りのいろいろな要因で一瞬にしてダメになってしまう。
なんだかがんばるのがバカバカしくなるな。
自分ひとりで完結する仕事なんてないことはわかっているけども…

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2008年10月15日 (水)

健康診断

今日は会社の健康診断だった。
体重が、ここ最近では最も減っていた。
とはいえ、空腹状態でいつもより数kg程度減っただけだが。。。
去年より減っていることには違いなかった。
もっとも、血液検査などの他の検査でどう出るかが気になるところだ。
以前、健康診断の前日に焼肉を食べに行ってビールを飲んだりしてたら、思いっきり異常な数値が出たことがあった。
再検査は別の病院に行かなくてはならなかったり、いろいろと面倒だった。
それ以来、年に一度だけは夜に節制して摂生することにしている。

健康診断にあわせ、昨夜は20時台に夕食をとった。
北浦和の「宮本むなし」でネギトロ丼を食べたのだが、わさび醤油を丼にかけたら、何だか味が違う。
アジフライ定食を食べたときのような味がした。
わさびを溶くとき、醤油とソースを間違えていたのだった。
食べるまで気がつかなかった。
いやはや、疲れてますな。
ママさんは醤油とめんつゆをよく間違えますが…疲れてるんだねきっと。

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2008年9月26日 (金)

夜勤明け

金曜日は、久々に3時から12時までの変則勤務だった。
もうすっかり仕事をするという日常に戻ってしまっている。

今回の深夜勤務は、今までよりやけに眠く、しんどかった。
やはり夏休み明けだからだろうか。
帰りの電車でも、前回やったような「かぶりつき」をする余裕はなかった。
家に帰ってからまずは寝かせてもらい、起きてから姫や若とお風呂に入ったが、変則的な生活が体にじわじわとこたえてくるのを実感する。

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2008年9月 8日 (月)

新しい靴

今日から新しい靴で出勤した。
私の足のサイズは26.5だが、試し履きをしてみたら足の甲がきつくて合わない。
4回も試し履きをした結果、27インチの靴でようやく落ち着いた。
今までにも同じ理由で27インチを履いたことはあるのだが、今回の靴はデザイン的に最も先が尖ったスタイル。

2008090819440000

この画像の、指で指しているところが足の指の先端なのである。
ちょっと大きすぎた?
普通に歩いててもつまづきかけるし、階段の登りではまるでコントのようにつまづいた。
おまけにひも靴は、特に履き始めはひもがほどけやすい。
何事も慣れなんだろうけどね。

ちなみにこの画像、帰りの電車の車内で撮りました。
空いていたとはいえ、そういうことがさほど恥ずかしくなくなってきた。
「老いたな、赤骨も」(ギレン・ザビ談)

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2008年9月 6日 (土)

浦和パルコデビュー

通勤で履いている靴がダメになったので、家族で買いに行った。
場所は、昨年10月のオープン以来初めて行くことになった浦和パルコ
その横はほぼ毎日通ってるんだけどねえ。。。

まずは、10階まで一気に上がり、そこから少しずつ下ってみてどこに何があるかを見ることにする。
10階から8階は、さいたま市の施設ということになっているそうだ。
8階は図書館で、ここは子どもたちがもう少し大きくなれば行く機会はかなり増えると思うが(今はまだ無理)、9階と10階は市民活動をする人たちのスペースとなっていた。
10階の会議室?では、社交ダンスを踊る人たちがいた。
私はこの2フロアはたぶん行くことはあまりないだろうな。。。と思ったが、9階には屋上庭園の芝生があった。
遠くにはうっすらと埼玉スタジアムの白い屋根が見える。

2008090615370000

姫は走り回って大喜び。
当然ながら車などが来る心配もなく、見ているほうも安心だ。

2008090615540000

この高さから見る浦和駅西口方面は初めてだから、かなり新鮮だ。

2008090616090000

7階、6階と下ってきて、5階はレストランが多く入っているフロアだ。
浦和駅東口の改札からも見える「叙々苑」の入り口にあるメニューを見ると、やはりお値段が。。。
同じく5階にある紀伊国屋書店、レッズのコーナーがあるにはあったが実に小さかった。
これじゃあ浦和ではやっていけないよ。。。と思ってみたりする。
姫は「アイス食べたーい、アイス、アイスぅ」と駄々をこねるので、結局3階にあるカフェに行った。
あら、おいしそうなアイスだこと。
(パフェっていうのかな?)

2008090617060000

私はコーヒーを飲んでただけだが、おいしそうにアイスやケーキを食べるママさんや姫の顔を見ているだけでこちらも嬉しくなりました。

4階に戻ってお目当ての靴をようやく買ったころには、大人も子どもも少々疲れていた。
そのまま地下4階の駐車場に行って、家に帰ったが、一ヶ所だけ行きそびれたところがあった。
1階の「REDS GATE」。
まあいいか、また今度行こう。
歩いてでも行けるところだし。

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2008年9月 5日 (金)

昭和のまち、浅草逍遥(後編)

浅草寺の南側や東側は大勢の観光客で賑わっていたが、西側はうってかわって閑散としていた。
ツタに覆われた浅草観音温泉。

P1020340

看板が古すぎる。。。
ネットでこの温泉の別の画像を見てみたら、「男は黙ってサッポロビール」の看板もあるそうだ。
近づいて見ておけばよかった。

大衆演劇の劇場「浅草木馬館」があった。
北区十条にある「篠原演芸場」では、出待ちをするオバサマ方で賑わっているのを時々見たが、こちらはタイミングが合わなかったのか、人があまりいなかった。

花やしきの前も通ってみた。
花やしき通りにいろいろ店ができていて、20年前とは感じが変わっている。

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しかし、中は昔と変わっていないようだった。
お客がいる雰囲気はあまり感じられない。
目の前を無人のジェットコースターが車輪を軋ませながら走っていった。

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昔の入り口はここだったのに。。。今はこの左手にあるお土産ショップから入るらしい。

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花やしきの目の前は、浅草六区と呼ばれる地域だ。
昔は六区こそが最大の繁華街そのものだったそうだが、今は人通りもさほどではない。
道路が広い上に、車が通らない道だけに余計寂しく感じる。
今の六区はいかがわしいといえばいかがわしいが、こういう猥雑さは大人になったからこそ余裕を持って楽しめる。
20年前の当時は、浅草ROXという商業施設の中の本屋ぐらいにしか行かなかった。

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うーん、昭和だ。。。もしくは田舎の温泉街?
でもこういう存在はやはり貴重だ。時間がなかったのでどこにも入らなかったが。

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「明るく楽しい東宝映画」。。。看板が煤けてます。
こういう看板が現役というか、いまだに出されているのが浅草なのだ。

浅草演芸ホールには、中年以上の男女が列をなして吸い込まれていた。

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私も落ち着いて見られるようになったら、ぜひ見てみたいものだ。

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この「セキネ」というレストランに、私が小中学生のころの友達のお父さんが勤めていて、浅草にドラえもんか何かの映画を見に来たあとに夕食をご馳走になったことを思い出した。
まだお店があって、よかった。

さらに西へ進む。
浅草ビューホテル。

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浅草にこんな立派なホテルが必要なのだろうか。。。と言っては失礼だが。
しかし、確かビューホテルは一度倒産した覚えがある。
やはり浅草には似つかわしくなかった、ということなのだろうか。
とはいえ、三社祭や隅田川花火大会の時には抜群のロケーションらしい。

東京メトロ日比谷線の入谷駅を経て、京浜東北線の鶯谷駅まで歩いていくことにした。
途中の「金竜公園」という、なんの変哲もない公園。
「金竜」とは、浅草寺の山号が「金竜山」というのにちなむ。

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小さい子どもを連れて遊ぶ母親たち、自転車を乗り回す小学生たちとともに、公園内の片隅で酒盛りをするおじさんたち。
そういう異色の存在が当たり前のように混在している風景は、見慣れない人から見れば異様かもしれない。

そこからは言問通りを歩く。
「仲入谷」という地名。

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ここといい、日比谷線の駅名「仲御徒町」といい、下町では"中"ではなく"仲"なのだ。
(と断言しちゃっていいものかどうか、わかりませんが)
"中"よりも"仲"が幅を利かしているのは、むしろ沖縄のようでもある。

入谷駅周辺で国道4号(昭和通り)をまたぐ。
ここから上野までは1km、日本橋までは4kmという看板が出ていた。

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歩道橋を渡りきると、そこにはあの「入谷鬼子母神」があった。
こんなところにあるとは。。。ついぞ知りませんでした。

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そして鶯谷駅に到着。
入谷から鶯谷は、案外近いのだ。
両方とも上野の隣駅だし。

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ところで、私が昔通っていた場所と、月に1回ぐらい食べに行ってたおそば屋さんは、もはや跡形もなかった。
そりゃそうだろうね。。。もう20年経ってるんだもんね。

久々の浅草は、懐かしいことと今となっては新鮮なことがないまぜになって、全く飽きることがなかった。
これからは年に1回ぐらいは行ってみたいな、と思った。
今回の数時間ではとてもじゃないが回りきれていない、演芸ホールなどにも行ってみたいし。
しかし惜しむらくは、浅草のこの味は子どもにはわからないだろう、ということだ。

京浜東北線に乗り、家には18時半ごろ着いた。
普段そんな時間に帰ることはまずありえないから、今日は我が家の姫や若とゆっくり遊ぶぞと思ってリビングに顔を出したら、2人とも寝ていた。
ほんの5分前くらいまでは起きていたんだという。
この日は、それだけがとてつもなく残念だった。

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2008年9月 4日 (木)

昭和のまち、浅草逍遥(前編)

所用があり、浅草へ行った。
浅草は、私にとっては20年ほど前の一時期、毎日のように通っていた場所であった。
会社に入ってから三社祭を見に行ったことがあるものの、それからでも10年以上も間の空いた再訪となる。

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浦和から上野に出て、東京メトロ銀座線で浅草に向かった。
この上野~浅草間2.2kmは、1927(昭和2)年に開業した日本最初の地下鉄として有名であるが、私は初めての乗車だった。
若いころはそのくらいの距離なら電車に乗るなど考えもせず(お金もなかったし)、平気で歩いていたものだ。
かつての浅草は東京一の繁華街だったという、当時はかなり混雑していたに違いないが、私が乗った電車はガラガラだった。
稲荷町、田原町と、レトロな雰囲気が漂う駅が続く。
浅草の1つ手前の田原町で大勢の人が降りていったが、何かあるのだろうか。

上野からたった5分程度の乗車で浅草に到着。
地下商店街にも古きよき時代の香りが漂う。
9時台だったからか大半の店のシャッターが閉まったままで、人通りもほとんどなかった。

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地上に上がる階段の途中には、こんなに大きい自然石?が柱の下部を押しのけて鎮座していた。
きっと何か畏れ多い石なんでしょう。

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浅草の百貨店といえば「松屋」だが、今やユニクロとベスト電器が入っているのだ。
これも時代の流れとはいえ、寂しいものだ。。。

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台東区内をめぐるバス「めぐりん」。
画像では見えづらいかもしれないが、ヘッドマークに「祝 銅メダル 浜口京子選手」と書いてある。
そういえば、浜口親子は浅草なんだな。

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所用の場で、偶然私の会社のほかのセクションにいる昔からの知り合いと会った。
私は入社して数年間、組合の青年部の役員をやっていて、そのときの同僚だった。
昔はスキーだなんだとよく遊びに行ったものだ。
知り合いは私と同い年だが、子どもも我が家と同じ3歳と0歳だという。
ちなみにその知り合いの奥さんも組合活動をやっていたから、私はその夫婦を両方とも知っている。
かつ、その奥さんは私の弟の高校の同級生だったという関係。。。世の中は狭い。

ビルの窓から浅草寺を撮ってみた。

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用件をすませ、浅草をそぞろ歩いた。
まず目についたのがこれ。
浅草といえば雷門だが、このお店は雷門から少し離れた場所にあるのだ。

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東武線浅草駅北口。
観光客は、この改札はまず使わない。
もっとちゃんとした正面改札が南側にあるのだ。

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毎日のように通っていたころ、浅草駅で降りてここから歩き出していた。
同じ電車にちょっとかわいい高校生の女の子が毎日乗っていて、浅草に着いても寝ていた私を一度だけ起こしてもらったことがあった。
ただそれだけしかなかったのだが、浅草といえば今でも思い出す。
あの子は今何してるのかなあ。。。

伝法院通り。

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浅草寺の表参道、仲見世。

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その当時、私は浅草駅北口から伝法院通り、仲見世、浅草寺の境内、花やしきの前を歩いて通った。
朝8時台ということもあり、普段は観光客で賑わう仲見世や浅草寺も静かなものだった。
鳩にエサをあげている老人と、開店準備をする仲見世の店員さんがいるぐらい。
そんな中を歩くのは、とてもすがすがしい気分だった。

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その当時のことを思い出しながら境内に進むと、五重塔の下に人だかりができている。
何だろう。

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次郎長三国志という映画の記者会見を、浅草寺の境内でやっていたのだ。
中井貴一、鈴木京香、岸部一徳、監督のマキノ雅彦(津川雅彦)などの姿が見える。
なぜ浅草寺でやっていたのかはよくわからない。
(週刊文春に、この映画に関するマキノ雅彦の対談も載っていた)

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境内の休憩所には、昼間(16時過ぎ)から酒を飲んで楽しそうに話をしているおじさんがあちこちにいた。
どこかでたむろする人たちは、深夜のコンビニだけにいるわけではないのだ。
そういう飲んでるおじさん、自転車を押しているおじさん、地べたに座ってるおじさんの群れは、浅草のあちこちで見かけた。
東京北部出身の私にとっては見慣れたものだ。

後半へ続く。。。

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2008年8月29日 (金)

相変わらず

咳が止まらない。
風邪の症状はいっさいないので、喉に負担がかかったままの状態なのだろう。
のど飴を積極的になめてはいるが、カレーとか刺激物もバンバン食べてるしなあ。

そして声も元に戻らない。
ほぼ相手に伝わる声にはなったが、発声するときにしんどい。
今までもレッズ戦の直後にはこんなふうに声が枯れることはあったが、それでも翌日や翌々日には治っていた。
しかし1週間も続くと、さすがに自分でも気になる。
今ならたぶん「ダンシング・オールナイト」が上手に歌えるだろう。
これからはこれが地声になってしまうのだろうか?

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2008年8月26日 (火)

嗚呼しんどいしんどい

今日になっても相変わらず声が出ない。
話し声だけでなく電話でしゃべったのを含めても「声どうしたの?」とはほとんど聞かれなかったが、しゃべるのが辛い。
ああもどかしい…
とは言いつつも、家に帰ってから350mlのビールを3本飲んた。

風邪薬のせいか、猛烈に眠いのを必死にこらえて一日が過ぎていった。

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2008年8月25日 (月)

嗚呼しんどい

声が相変わらず出なくてしんどい。
先日ママさんが風邪をひいて、やはり声が出ない症状になったが、それに似ている。
加えて埼スタで声を出したのが効いたようだ。
喉も痛いし、いつもよりは控えめにしたつもりなんだけど。
今日は会社にも行くには行ったが、声がかすれて普通の声が出ない。
(内緒話くらいの声帯を使わない声はかろうじて出る)
今日はほぼしゃべらずにできる仕事をして、電話は1回も使えなかった。
皆さんにはご迷惑をおかけしている…
さらに咳が止まらず、咳のしすぎでだんだん全身がだるくなってきた。
早く治さないと…

国道289号の話とか、那須の話とかを書きたいのだが、気力が出ない。
体調が戻ったら書くとするか。

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2008年8月 6日 (水)

広島原爆の日

8月6日は、広島に原爆が投下された日だ。
広島市はもはやそのころの面影は全くないくらい復興しているが、8月9日の長崎と同じく忘れてはならない日だ。
今の平和記念公園の一帯は、原爆で街並みが跡形もなくなったところである。
昔からあんなに広い場所があったわけではない。

本籍地が広島市にある者として、遠く離れたところに住んではいるが8月6日は特別な日だ。
私の伯父は学徒動員で当時広島市にいて、原爆投下時刻は比治山(広島市街の東側にある山)の東側にいたので辛くも被爆を逃れたとよく聞いたものだ。
私の先祖の菩提寺は爆心地に近かったので、木造の建物は全て消滅してしまった。

去年9月に原爆ドームの前でふざけながらデジカメで撮っていたレッズサポを思い出す。
平和なのかもしれないが…見ていて情けなかった。
なぜ原爆ドームはああいう姿になったのか、その結果どれだけの人が苦しんだかを感じないのだろうか、と。

普段、戦争の弊害などを考える機会は少ないが、日本にもこういうことがあったこと、戦争がどういうことを引き起こすかを今一度思い起こしたい。

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2008年8月 5日 (火)

夕涼み会と神輿

お祭りの話の続き。

子どもたちの曳太鼓が終わって一度家に帰り、夕方になってから今度は幼稚園に歩いていった。
幼稚園の「夕涼み会」があったのだ。
今度は若のことは私が抱っこして、家族4人で出かけた。

園児たちにはあらかじめ色のついた紙に印刷した手製のチケットが用意されていて、それでかき氷とスーパーボールすくい、それとボールを3回蹴って数メートル離れた箱に入った本数に応じておもちゃがもらえるという「ハットトリック」なるものをやった。
さすが"サッカーのまち"浦和だ。
姫は何を恥ずかしがったのか、なかなか蹴らなかったが、ようやくボールを蹴ってみたら3本ともゴール成功して、水鉄砲をもらっていた。

そしてダンシングタイム、じゃなくて踊りの時間。
園庭の真ん中に幼稚園の先生が叩く太鼓を配し、その周りを園児が踊るというものだった。
曲は「アンパンマン音頭」と「ドラえもん音頭」なのだが、後者がどうにも勝手が違う。
ドラえもん音頭といえば、

ハアーアアーアアー
ドラリドーラリの ドラえもん音頭ー
みんなみーんなでおーどろうよー
あたまもおーなかもまーろやかにー(以下忘れた)

という曲だったと思うのだが。
私が子どものころの盆踊りではもっぱらこれだったし、確かドラえもんのテレビ番組のエンディングでも流れてた気がする。
しかしこの幼稚園で流れていたのは、聞いたことのないドラえもん音頭だった。
声優さんが変わったからドラえもん音頭も変わっちゃったのかな。。。
昭和は遠くなりにけり、だ。
そんな私の複雑な気持ちをよそに、園児たちはあらかじめ幼稚園で練習していたのだろう、太鼓の周りをクルクル回って上手に踊っていた。

2008072616510000

私が子どものころは、まだアンパンマンはメジャーではなかったので音頭なぞなかったが、代わりにDr.スランプアラレちゃんの音頭があった。

めちゃんこめちゃんこめっちゃんこー
アーラレ音頭で んちゃちゃっちゃ

という、ある意味身も蓋もない歌詞だったけど。
今の子どもたちはアラレちゃんなぞ知らないだろうなあ。。。モビルスーツ「リブギゴ」なんかも。
プラモデルも買ったんだけどなあ。
私は逆に「ドラゴンボール」を全く知らないのだ。

それはさておき、幼稚園の夕涼み会は1時間弱で案外あっさり終わった。
家に帰ろうとすると、遠くから掛け声が聞こえる。
大人の神輿が町内を練り歩いているのだった。
姫のお友達のパパの一人が担いでいたこともあり、みんなでそのあとをしばらくついていった。

もう残り少ない距離だったが、神輿は集会所の前に着いてもなかなか終わらなかった。
中に入るわけでもなく、道を先に進むわけでもない。
20人から30人ほどの大人が汗だくになりながら、神輿を担いで同じところを文字通り足踏みしている。
しかも道路が少し前方に向かって下っているので、知らず知らずのうちに少しずつ前に動いてしまうため、担いでいない数人で後ろに押し戻すことを繰り返していた。
私も若を抱っこしたまま笛に合わせて足踏みをしてみたが、重さ7kg程度の荷重が(肩ではないが)あるだけでも続けたらそうとうきつい。
神輿を担いでいる人たちは、なおさら辛いだろう。
終わりにするかどこかへ動くか、とにかくどちらかにしてくれという気分だったに違いない。

しかし、なぜ早く終わらせないで同じ場所で延々担いでいるのだろうか。
どうやら直会(なおらい)という、神事の後にお祀りしたお酒や食べ物をいただく行事(実際のところは打ち上げの宴席)の準備が間に合っていないのも一つの理由だったようだ。
あとは仕切ってる人たちが半分面白がってやらせてたか!?根性見せろよって。
邪推ですかね。

ようやく神輿が終わり、担いでいた人たちは直会の場に入っていった。
そこにいた私たちも誘われかけたが、こういう場は自分で汗を流した人が入るべきものであり、我々のようにただ横で見ていた人は入る資格がないと思ったので、家に帰った。

ママさんに「来年神輿担ぐのやってみたら?」と言われたが、さてどうしようか。
団地育ちの私には、自分の地元にお神輿なんてなかった。
歩いて行けるところに大きな神社があったが、私の町内ではなかった。
神輿を担ぐのは、確かにやってみたい気はする。
ただし膝にきそうで恐いのだが、前向きに考えてみますかね…
でもやっぱりゴール直前で足踏みするのはちょっとなあ。

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2008年8月 2日 (土)

1年ぶりの戸田橋花火大会

1年ぶりに、戸田橋花火大会を見に行った。
昨年同様、川口市に住んでいるママさんの父、じーたんのいとこの方にお世話になった。

18時過ぎ、荒川の土手に上がると、夕方の風が気持ちよかった。

2008080218450000

やや暗くなって、19時10分ごろから花火が上がり始めた。
20時からは、去年同様豊島園の花火も小さくだが見えた。
風で煙が流れ、花火がとても美しく見えた。

いとこの方とそのお友達2人(皆さん同級生で50歳前後)と車座になって、いろんな話をした。
去年も書いたが、そのうち一人はSB席のシーチケを持っているレッズサポで、現状の問題点、昨年最終戦でのV逸の話など、花火以外の話も多くした。
そればかりではなく、お仲間は先週隅田川の花火に行ったり、来週は地元川口のたたら祭りの花火に行く予定だったり(ただしレッズサポの方は私と同様埼スタでの柏戦に行くそうだ)、そうとう花火がお好きな人たちのようだ。
やはり去年同様、ホームページから式次第を印字して持ってきていたが、細かい時刻が載っていない上に暗くなってからは見えづらく、ほとんど見なかった。。

戸田橋あたりまで行くと大変な混雑らしいが、川口あたりではほどよく空いていて、心地よくあっという間に2時間は過ぎていった。

去年「あの電車、花火の火が移って燃えちゃうよ」と心配していた私の姪っ子に、去年そう言ってたの覚えてる?と聞いたら、覚えているとの回答。
さすが小学3年生、あなどりがたし。
我が家の若は、最初のうちは熱心に花火を見ていたようだ。
生後半年なだけに、さすがに途中から寝ていたようだ。
姫は、中規模な花火が密接して多く上がってたときに「ママ大変!花火さんがケンカしてるー!」と言っていたそうだ。
やっぱり姫はかわいいねえ。
子どもの感性には、大人が忘れているものが多々あるなと思う一瞬である。
私は飲んだくれていたので、全て後から聞いた話なんだけれども。

去年はうまくいかなかった花火の撮影にも再び挑戦してみた。
運がよかったのだろうが、今年はかなりきれいに撮れたと自画自賛。
お友達の皆さんにも「携帯でここまで撮れるとはすごいねー」と誉められたし。

2008080219330000 2008080220170000

拡大して見ると、手ブレはないもののシャッタースピードが甘い。
ここらが携帯カメラの限界か。

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2008年7月30日 (水)

ああ自己嫌悪

昨日の帰宅時、京浜東北線が止まっているというので、山手線で田端まで先回りしようと思った。
しかし山手線でうかつにも座ってしまい、しかもそのまま寝てしまった。
その電車の終点で駅員に起こされたので、寝ぼけた頭で「ああ、また大宮まで寝過ごした。。。」と思ったら、そこは品川駅だった。
京浜東北線は動いてはいたものの、北行の電車はすでに上野行きすらも終わっており、南行の蒲田行きの電車しかなかった。
この時点で家に帰れないことが確定。

今考えれば品川にとどまるというのが最善の策だったのだろうが、なぜか蒲田行きに乗り、ファミレスが駅近辺にあるだろうと思って大井町で降りた。
この賭けには見事に失敗、大井町駅周辺で開いているのは飲み屋とコンビニだけだった。
大井町駅には今まで何回か降りたことがあるが、新しいビルなどが建ってまるで別の駅のようだった。
歩き疲れて通りがかったところで見つけた松屋(牛めし屋)で、ゆっくり食べながらなるべく時間をつぶした。

大井町駅前に戻ってきたら、雨が降ってきた。
歩いている最中には降られなかったものの、降りしきる雨を眺めていたらなんだかとてもみじめだった。
駅には交番があり、その目の前のバス停のベンチで横になって少し寝た。
4時半ごろの始発電車で浦和まで帰った。
浦和駅からタクシーに乗ろうと思ったら早朝だからか1台も停まって停まっておらず、仕方なく歩いた。
ほうほうのていで家に着き、ベッドに倒れこんで小一時間寝て、着替えてからいつものように出社した。

大宮まで寝過ごして(または赤羽止まりで)タクシーで帰宅というのは最近でも何回かあるが、家に帰れなくなったというのはいつ以来だろう。
なんとも自己嫌悪だ。。。そしていつまでたっても眠い。

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2008年7月24日 (木)

昨夜の地震

昨夜はビールを350ml×3本飲んで、ナニコレ珍百景を見て、それからシャワーを浴びていた。
我が家には「お風呂テレビ」なるものがあり、それでフジテレビの「すぽると」を見ていた。
頭を洗っていると、なんだか脳みそがゆらゆらした。
ビール1リットルちょっとでクラクラきてるのかな、そんなに飲んだかな?
私もいよいよ焼きが回ってきたかしらん?と思ったら、テレビでアナウンサーが「ただいま関東地方で揺れを感じています、ご注意ください」という意味のことを言っていた。
なるほど、湯船に張ってあったお湯もたぷたぷと波打ってるし、掛けてあるタオルも前後に揺れていた。
酔っぱらっているわけではないことに安堵したが、先に寝ていた私以外の家族のことが気にならないわけではなかった。
しかし泡だらけで飛んでいくわけにもいかず。

シャワーで頭を流そうと思って栓をひねったら、お湯が出なかった。
地震時には水道局のおおもとが止められるような仕組みになっているのだろうか?
それとも我が家だけ?

ずいぶん長いこと横揺れしてから地震は止み、シャワーからお湯が出たのはさらにその後だった。

地震や災害時には、私はやはりNHKを見る。
テレビの放送はどこの局も概ね地震速報の番組に切り替わっていたが、フジテレビはすぽるとの後の生放送の番組をそのまま続けていて、そしてテレビ東京はやっぱり我が道を行っていた。
もはや狙ってるとしか思えない。

浦和では震度2とのことだが、もっと揺れた気がした。
あれで震度2だったら、直下型地震ならどれだけ揺れるのか考えると恐いものがある。
震源地付近では最大震度6強だったそうだが、今回は人命に被害がなかったのは幸いなことだ。
それにしても、今年は中国、岩手宮城を含め大地震が多い。
震源地付近では緊急地震速報が間に合わなかったというニュース記事をいくつか見たが、それはしょうがないでしょう。。。
さも「間に合わなかったからお金のムダ」とか「どうなってるんでしょう」という論調を見ると、その上から目線にげんなりする。
そもそも人間は自然に敵いっこないんだし、P波とS波を利用している技術なんだから限界はあるだろう。
言うだけなら簡単。

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2008年7月23日 (水)

夏休みの予定、唐突な移籍

私の会社では、今年度下半期(10月から来年3月まで)の予算を組む仕事が夏にある。
恐らく8月になるであろうという予想なのだが、1ヶ月を切った今に至るまで具体的なスケジュールが出てこない。
休まずに働くのが好きというか、他に趣味もなくすることのない人たちが多いのだ。
そういう人たちにとってはいつでもいいんだろうが、こっちはいつ休めるんだかわからず、予定が全然立たない。

いつまで待ってもメドが全く立たないので、もう見切り発車することにした。
家族で2泊3日で旅行に行こうと思っても、かなり出遅れてしまったので宿はもはや軒並み満員になっている。
しかも小さい子どもがいるから和室が望ましいという事情もあって、余計に狭き門になってしまうわけで。
調べては断られの繰り返しで、なんとか別々の宿ではあるが押さえることができたのだが。。。
その旅行にはお盆あたりの土日月と休んで行くつもりだが、もし予算のスケジュールで月曜日出てくれと突然言われたら、本当に怒りが収まらないかもしれないな。


ところで、ガンバ大阪のバレーがUAEのアル・アハリに移籍するという。
オイルマネーはすごいねえ。。。
中東のクラブといえば、これまた唐突に移籍していったパッソスさんを思い出す。
シーズン途中に突然出て行かれるガンバにしたらたまらんのかもしれないが、パッソスさんのときと同様、多額の違約金が入ってくるらしい。
Jリーグも2010年から秋開幕になるかも?という話が出てきているが、そうなったらより自然な形での移籍が進むのだろう。
(しかし山形とかは雪が積もって大変じゃないのかな?犬飼さん)

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2008年7月14日 (月)

カタバミの話

土曜日と日曜日は、庭の芝生の手入れに精を出した。
クローバーのように見える雑草は、調べてみるとカタバミのようだ。
葉っぱも茎も赤紫色してるから、その中でもアカカタバミという種類なのだろう。
芝をかき分けて地面を這っている茎を探し出し、引っ張ってプチプチ取るのが快感である。
しかし茎が這っていたあたりには芝は根付いておらず、土がむき出しになってしまう。
そこは芝生としては弱くなっているのだ。

それに、茎を引っ張り出しても根っこから取れることはめったにない。
ということは地中に根が残り、放っておくとまた生えてくるというわけだ。
時々黄色い花を咲かせるのを見て、「雑草とはいえ、花ぐらいは咲かせてやるか」と温情をかけたのは大間違いだったようだ。
実に何かが触れると種が四方に飛ぶんだそうだ。
芝にダメージを与えずに除草できる薬もあるそうだが、なるべく農薬は使いたくない。
花言葉は「輝く心」というらしいがねえ。。。

文字通り、この問題は相当根が深い。

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2008年7月10日 (木)

ようやく決着、か?

実に5年弱にわたって懸案事項となってきた、システムを導入するしないの話がほぼ決着した。
一番上の人から、この件に関しては今後更なる投資は無駄と判断された。
億単位のお金をかけても100%使えるようになるわけではない、ということが決め手になったのだろうか。
ただ、今までふんだんにお金をかけてきたので、せめて何か利用できることはないかと未練がましく言われてはいるが。

今までこのシステムのおかげで、どれだけの無駄な努力(とあえて言う)と精神的苦痛を強いられてきたことか。
今日こそは引導を渡そうと思っていただけに、まだ完勝とはいえないのでモヤモヤが多少残ってはいるが。
一言でいえば、コンピュータは万能だと思うのは大間違いだ、ということ。
歳をとった人にはそれがわからないのだろうか。
上の人にとって特に納得がいかなかったのは、使えないものをさも使えると報告を受けていた、つまり「裸の王様」状態だったことのようだ。
まあ、それはそうですわね。
嫌な報告を上にあげたくないという中間の人のせいで、グレーなままで推移してきたツケを、ようやく払うことができた。

これで今夜はいつもより旨い酒が飲めるかな?

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2008年7月 9日 (水)

平日夜に

南浦和からの帰り道、ママさんや姫、若がいる公園の横をこっそり通ってみた。
誰も私に気づかず、姫は大声で「なわとびー!」と絶叫していた。
後で聞いたら縄跳びがなかったんだよと言っていたが、相変わらず声の大きい…
家に帰ると、案の定2時間以上は寝た。
起きてから、私の顔を見た姫は「…パパ…?」と、狐につままれたような顔をしていた。

両親のところに私の伯母さんが来ていたので、挨拶に行った。
私の父親のきょうだいはみんな実年齢よりも若く見えるのだが、その伯母さんも20歳から30歳は若く見えるのだ。
伯母さんも、やはり私の息子のことを「若君」と呼んでいるそうだ。
私の家系の中で、今のところ唯一の男の子だからだろうか。

我が家のフロアに戻ってから夕食を摂ったが、姫は眠いからか不機嫌になり、寝かしつけたらすぐ寝てしまったようだ。
公園で数時間も遊んでいたようだし、普段の生活パターンがそうなのだから仕方ないが、少ししか接することができずちょっと残念。
その代わり、若は絶好調。
目を合わせると、かわいい笑顔を振りまいていた。
ちなみに前述の伯母さんによると、若は私の小さいときにそっくりなんだとか。

深夜の「ナニコレ珍百景」に、広島県呉市の山の上の岩肌に「火の用心」と書かれている珍百景が出ていた。
地元の方にとっては、確かに誇りだと思う。
グッピーさん、ご存じですか?
広島市のほうですが「じゃぺん郷」は?

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2008年7月 8日 (火)

再び2ヶ月ぶりの

深夜勤務のため、今日は会社に泊まる。
前回の深夜勤務から2ヶ月の間に、仕事上で状況の変わったことがあった。
よって、やることも少しではあるが増えた。
社会通念上当たり前のことをきちんとやっているか、確認するという作業だ。
ほんの一握りの不届き者のおかげで、やることがどんどん増える。

深夜勤務も2ヶ月に1度ならまだましなほうで、隣のセクションの人々は週に1回だから(しかも我々サイドの仕事もやってもらいつつだから申し訳ない)、こんな中でもどう楽しめるかを考えたい。
会社に泊まるのは、私としてはやっぱりできるだけ避けたいのだ。
明日の午後には解放される予定だから、なかなかない平日夜の家族団らんを楽しみにしている。
あさってには飲みの予定もあるし、そういうことも息抜きになるからね。

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2008年7月 4日 (金)

街中警備

来週から始まる「北海道洞爺湖サミット」の影響で、現地北海道だけでなく都内も警備がすさまじい。
駅の改札という改札に、制服の警官が立っている。
北浦和駅東口のHOPビルの横にも2人制服警官がいたのにはちょっと驚いた。
何かで読んだが、特定のテロリストを見つけるためではなく「見せる警備」なんだそうだが、テロが起きる可能性はゼロではないからなあ。
もはや他人事ではないとは言えると思う。

私は平日は車に乗らないが、検問も相当やっているらしい。
こちらは「見る警備」なんだろう。
あちこちから動員しているのでしょう。
これでサミットで大した成果がなければ、いったい何だったんだろう、ということにもなりかねませんな。

こういう警備をしてる警官は、当然丸腰ではない。
それにひきかえ、同程度の脅威ではないにしても危険にさらされる可能性がある(とされた)仕事を、当日の朝に告げられてやらされた私を含めた職場の人たちは、いったい何だったんだろう…

さて、今日で今週の仕事も終わり。
明日は埼スタで思いっきりガス抜きしたいなあ。
相手がFC東京瓦斯なだけにね。
(このチームの親会社は、今でも正式な社名は東京瓦斯と書くそうだ)
さすがに気持ちや戦術、動きを入れ替えて臨んでくれることを期待したいが。
天気はもつかしらん?

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2008年7月 2日 (水)

昔の友達とのメール

「ひょんなことから」という言い回しがある。
最近でもキムタク主演のドラマが「平凡な教師だった主人公が、ひょんなことから総理大臣になり・・・」と紹介されていたりする。
このドラマ、ひょんなことから1回だけ見ました。
感想は、ここに書くようなことは特にございませんでした。

それはさておき、ここ数日間、大学時代の友達とメールのやり取りをしている。
きっかけは、やはりひょんなことだった。
私の1年後輩(A君とする)が「自宅にメールアドレスを開設しましたのでよろしくお願いします」と、同じく私の1年後輩(B君)と私に突然メールしてきたのだ。
昔はともかく、A君とはここ数年は年賀状程度のやりとり、B君にいたっては10年近くごぶさただった。
B君は「今ごろ個人PCのメルアド開設かよ」とA君にツッコミを入れていたが、私はB君と同じ会社に勤務する、3年先輩のCさんは元気ですかと聞いてみた。
そこからCさんもメールのやりとりに加わった。
Cさんはブラジルの現地法人にもう数年も行きっぱなしらしい。
しかしメールというものは便利なもので、やってる時間さえあればリアルタイムでやりとりができるのだ。
(ただし、ブラジル・リオデジャネイロは日本との時差がちょうど12時間ある)

4人とも大学時代は同じ部(山登りとかする部)にいたOBどうしなので、ひとしきり昔話に花が咲いた。
来年で40歳になるのに司法試験を受け続けては落ち、法科大学院に通い、今まで一度も働いたことのない(アルバイトすらも!)先輩がいるのだが、その人は今何をしているの?とか。
先週の土曜日、北海道の小樽にいる別の先輩が久々に東京に来るということで、私は行かなかったが何人か集まったようだ。

その場で、ある事件についての情報がもたらされたと聞かされた。
部のOB会の会費が、何者かに使い込まれている可能性があるという。
部の創設に関わった、私より10年以上先輩(奇遇なことに浦和区在住のレッズサポ)なども巻き込んで、かなり大ごとになっているらしい。
誰が疑わしいかは、だいたい絞り込めているそうだが。。。

今の部は私がいたころと意識もしたいことも違うから、学生がどんな活動をしても構わないし、さほど興味もない。
でも、人として間違えたことはするなよ、とだけは言いたい。
今後も情報があれば教えてくれるそうだが、果たしてどういう結末になるのか。

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2008年6月26日 (木)

対面

「対面」という言葉、普段なんて発音しますか?

今日、6月5日にもやった、ビジネスパートナー(?)を集めての会議があった。
私のところの責任者は、出席者全員に向かって話すときに「対面」という言葉を「たいめん」ではなく「といめん」「といめん」と何度も言っていた。
意味は通じるけど、いちおうクールビズの時期なのにネクタイを締めて臨むような会議なのに。
麻雀卓を囲んでるわけじゃないんだから。。。
別にどうでもいい話なんだろうけど、妙に耳に残った次第。

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2008年6月25日 (水)

会社が売る品質

会社は、いろんな面での品質を売り物にしてその対価を得ている。
セールスとは、本来「うちの会社の商品はこんなにすごいんですよ、だから買って」と胸を張って言えることが理想だろう。
ハッタリがきく人も、中にはいる。
でも私はそういうタイプの人間ではない。
自分の会社で売ってる品質に自信が持てなくなったら、どうしたらいいのだろう。

ごくごく基本的な決まりを守れない。
ある人がミスを犯したとする、それを事例として他の人にも注意しろよと話をしても、ルールを作って必ず守るんだよと言っても、彼らはろくろく聞いていないのか。
同じようなミスをまた繰り返す輩が多すぎる。
彼らは、何を聞かされても自分がミスするまで他人事なんだろうな、きっと。
しかしそのたびに振り回される人たちがいるわけで。
お客さんから「おたくの会社はどうなってるの?何度も何度も同じことを繰り返して」と叱責されたら、返す言葉もないだろう。

下請に頼りすぎな私の会社の体質にも問題がある。
問題があっても即座に関係を切れない。
切ったら、簡単に言うと人手が足らなくなり、自分たちが困ってしまうからだ。
我々が下請会社の社員個人個人に指導をするにも限界があるし、下請会社の責任者にも緊迫感がない。
個人個人のモラルのなさというか意識の低さ、当事者意識の欠如、ひいては業界全体のレベルの低さを痛感せざるをえない。
(自分だってレベルの高い人間じゃないけどさ)

過失は誰にでもありうることだが、同じような過失を他の人にはしないでほしいから指導をするわけで。
別の人間とはいえ、同じようなことを繰り返すのは、所詮「対岸の火事」、他人事としてしか聞いていない証拠。
「他山の石」にしようとは到底思ってないだろう。
ましてや未必の故意は許せるものではない。

以前会社のある人と話したのだが、「上から"教育しろ、しつけが大切だ"と言われるけど、それぞれ育ってきた環境が違うからなあ。。。徹底するのは難しいね」という結論になった。
幼稚園児や小学生に教えるのならともかく、人格ができあがった大の大人に一から言い聞かせることのほうが難しい。

最近はつつがなく1日が終わることも多いが、トラブルが何もない日より、何かある日のほうが多い時期もあった。
「今日は何かあるんじゃないか」とビクビクするのは、精神衛生上非常によくないのは言うまでもないこと。

私も今後社内の人事異動でいろんなセクションに行く可能性がある。
しかし、これからもそういうトラブルのたびに頭を下げ、できもしないことをできると言いきれる自信はない。
自分一人でどうにかなるもんなら楽だ、でも仕事は何人もの人が絡まって成り立つのだから。

ブログのこういう記事って、後で読み返したくないんだよなあ。
でもこうして吐き出さないとやっておれんので。

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2008年6月20日 (金)

週末の金曜日に

今日も週末の金曜日に飲むことができました。
どこに行ったかというと、4週間前と同じ軌跡。
最近の例により、日本酒は控えたのでそんなに酔ってないし。
こうしてある程度は飲みたいときに飲めるということは、やっぱり幸せなことなんだなと。
(別のセクションに移ったら今まで通りこうはいくか?というところが目下最大の恐怖だが)
何より、こうして飲みに送り出してくれるママさんには感謝しなくてはならんね。

さあ週末だー!天気は悪いらしいが遊び倒すぞ!

余談だが、飲み屋で「スタッフゥー」と呼んでみたら「ご注文承ります」と言って店員さんがやってきた。

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2008年6月17日 (火)

尖閣諸島をめぐって

台湾で、反日の機運が高まっているという。
きっかけは尖閣諸島で日本の海上保安庁の巡視船と台湾の遊漁船が接触し、遊漁船が沈没したこと。

台湾の行政院長(首相)は、問題解決の最終手段として「開戦の可能性を排除しない」と言ったという
さらには抗議のために台湾から尖閣諸島に向かった船とともに、台湾の巡視船数隻も日本の領海を侵犯したという。
この船団は、日台間の電話交渉で台湾に引き返したそうだが。
日本と台湾には国交がないが、駐日大使にあたる人を日本から引き上げることまで検討しているとのこと。
大使の引き上げは、確かに歴史上でも国交があれば国交断絶、さらに宣戦布告の前の段階で取られる手段だ。
つまり、相当にケンカ腰な手段。
台湾は最近政権が変わって、日本に対する方針も変わったのだろうか。
私は台湾は親日的な国だと思っていたので、中国や韓国に向けてとは違う目で見ていたのだが。
民間レベルではどうなのか、わかりませんが。

テレビやラジオを注目しているが、このニュースを取り上げていたニュース番組は私が見聞きした限りでは一つもなかった。
私はたまたまネットで見て知ったが、大多数の人は全く知らないだろう。
確かに岩手・宮城内陸地震も時間を割くべきニュースではあるが、主権を侵害され、かつ開戦云々まで言われているのだ、これも小さなニュースではないはずだ。
実際戦争になる可能性は高くはないのだろうが、ただの平和ボケか?それとも何か遠慮しているのか?
日本側は冷静に対応すればいいが、国民がほとんど知らない、テレビやラジオが知らせないでは話にならない。
普段マスゴミがよく口にする「知る権利」は、国民にはないのか。
こんなことでいいのか?

さらに、なぜ日本側は海上保安庁が対応しているのだろうか。
領土、領海を守るなら、海上自衛隊が尖閣諸島近辺に常駐すべきだと思うのだが。
一部の運動家のような輩が向こう見ずで領海侵犯してくるだけならいざ知らず、台湾の公権力の一部である巡視船にまで平気で入られて、遺憾の意ぐらいしか表明できない弱腰。
中国、韓国、台湾に対して刺激を与えまいと思って遠慮しているのなら、自衛隊なんていらない。
他国の侵略に対して防衛するのは当然のことだと思うが?
臨戦態勢を取れとは言わないが、展開しているだけでも他国に対しての抑止力になると思うのだが。
北方領土でロシアに好き放題やられ(漁船が銃撃されて船員が亡くなるということもあったでしょう)、今度は南でもこれですか。

こういうニュースを見るたびに、日本という国がつくづく情けなくなる。
どう思います?

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2008年6月16日 (月)

副都心線の恩恵、ペーパーテストの事前問題

月曜日は、毎週のことだがどうにも調子が乗らない。
昨日までの土日が楽しかっただけになおさらだ。

ところで、東京の池袋から渋谷までを結ぶ、東京メトロ副都心線が14日に開業した。
浦和に住み、通勤でも山手線でいうと東側、つまり田端から品川のほうに関係のある私は、副都心線の恩恵にはまったく与ることがない。
開業してから初めての平日の今日、乗務員の不慣れが原因で、ダイヤが大幅に乱れたそうだ。
実は遅れが出たのは開業してから3日連続だとか。
小竹向原から和光市までは有楽町線と線路を共用しているため、有楽町線にも影響が出ていた。
便利になるのはいいが、共用部分がある複雑なダイヤだと他路線にも影響が拡がってしまう。
例えば湘南新宿ラインは、東海道線、横須賀線、埼京線、宇都宮線、高崎線のどれかが遅れると必ず影響を受ける。
上野駅から東京駅の間で建設が始まった「東北縦貫線」も、できれば確かに便利にはなるだろうが、東海道線の遅れが宇都宮線に波及するなど、今までになかった影響が生まれそうだ。

話変わって、6月13日のブログで、ペーパーテストの事前問題を週明けに提出しなくてはならないことを書いた。
土日は遊んでいたので、そんなことはすっかり忘れていた。
思い出したのは日曜日の寝る間際、深夜1時ごろ。
「あーっ、忘れてた」と思っても後の祭りで、今朝出社して「明日必ず持ってきますから」と上の人にお詫びをした。
こういう、自分次第で下げなくてもいいことで頭を下げるのは、自分としてはできれば避けたかった。
どっちにしても出さないわけにはいかないんだから。

私のいるセクションで、ペーパーテストを必死になって勉強している人がいるということも6/13に書いた。
その人が私に「○○さん、事前問題出した?」と聞いてきた。
「出してません」と答えると、「私が出したのを見る?」と言ってきた。
事前問題の解答は丸写しすれば早いでしょ、ということだ。
どういうお気遣いかわからないが、ありがたくいただいておいた。

そういえば、去年もこんなことがあったなあ。。。

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2008年6月15日 (日)

大崎公園

この土日に、家族でお付き合いしてもらっている友達が泊まりに来た。
西武ドームで落ち合い、広島の快勝を目にしてから浦和まで我が家の車に乗ってきてもらったのだ。
所沢から浦和までの道は、思ったよりも空いていた。
所沢市内では、もちろん宮本町のナニコレ珍百景スポット「食べられた住所」を通って、実物を見てもらった。
家では南アフリカW杯の3次予選、日本vsタイ戦を横目で見て、1986年の日本シリーズのDVDを見て、その他もろもろの話をしていたら、明け方4時まで話し込んでしまった。

実は我が家に大人が泊まりにくるのは、今の家に引っ越して3年半にして初めてのことだった。
(子どもは、私の不在時に姫と若の従姉妹が泊まりにきたことあり)
不慣れなことで満足のいくおもてなしができたか不安だが、大丈夫だっただろうか?

翌朝は私は11時に起きた。
客人は9時ぐらいには起きたそうだ。
ベーコンと目玉焼き、パンでブランチを食べ、お昼過ぎから外出。
さいたま市内の大崎公園へと向かった。
ここは姫が先日幼稚園の遠足で来たそうだが、私は中に入るのは初めてだった。
大崎公園の園内には、子ども動物園がある。
レッサーパンダ、リス、ヤギなどがいるこじんまりとしたものだが、子どもが保護者といっしょに動物と触れ合うことができる。
姫は客人といっしょに動物たちに触って嬉しそうだった。

土曜日、最初に客人と顔を合わせたときこそ姫は恥ずかしそうにしていたが、すぐに打ち解けてなついていた。
普段の休日なら「パパー」と来るのだが、この土日は私のところにはほとんど来なかった。
私が「○○ちゃん、お手々つなごうか?」と言うと、「ヤダ!」と言われて客人のほうに行ってしまうのだった。
パパはショボンだよ。

子ども動物園を出てから、大崎公園に来る前に買っておいたショボン玉セット、じゃなくてシャボン玉セットで遊んだ。
園内にはいい天気だからだろう、他にも家族連れが大勢いた。
シャボン玉を追いかける姫の姿を見て、隣にいた家族がほほえましそうにこちらを見ていた。
近くにあった木に姫を抱えて登らせると、高くて恐いのか、姫は幹にしがみついたまま大泣きした。
それでも慣れてきたら、幾分低い場所には一人で笑顔で昇り降りできるようになった。

園芸植物園にも行ってみた。
園内は様々な小さい庭園が集まったような造りになっていて、それぞれの脇に番号と値段(例えば170万円など)が書いてある。
見本庭園というらしい。
こういう庭を造るとこれだけの費用がかかるんですよ、ということをそれぞれ表示しているのだろう。
やはり6月だ、あじさいがきれい。

2008061515130000

大きい温室もあるので中に入ってみた。
熱帯の雰囲気だ。
階段を登って、温室内を見渡せるような展望台?もある。

2008061515340000

これはバナナ。

2008061515350000

この画像には写っていないが、下に長いしっぽのようなものが続いている。

これはカカオ。

2008061515360000_2

カカオがこんなふうに幹に直接なるとは知らなかった。

家の近くにこういういい場所があってよかったなあと思いつつ、大崎公園には16時ごろまでいて、ファミレスでお茶をした。
子ども用の食事を注文するとおもちゃを一つくれるので、姫はブロックのおもちゃをもらった。
それをいろいろ組み替えて、例えば「これはヘリコプター」「これはヘビ」などと、元の出来上がりとは違うものを見せてくれる。
姫の発想の多彩さには、親ながら舌を巻く。
カチカチの先入観にとらわれた大人とは違う発想を、子どもは見せてくれる。

客人を浦和駅東口までお送りしたとき、姫は別れ際に「さようなら」とちゃんと言えた。
教えたわけでもないのに自分からそう言っていたので、パパとしては誇らしかった。
その前に教えた「ごちそうさまでした」というお礼も併せて言っていた。

家に帰ってから少し庭いじりをしつつ、姫となわとびの引っ張り合いや電車ごっこをするなどして遊んだ。
姫も疲れたのだろう、お風呂のあとに寝かしつけたらほどなく寝てしまった。
ほんとにねえ、彼女にしたいぐらいかわいい娘ですわ。

客人には、姫とたくさん遊んでもらったり、若を抱っこしてもらったりと、むしろ我々両親が楽をさせてもらってしまいました。
子どもたちも嬉しそうでした。
この場を借りて改めて御礼申し上げます。

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2008年6月13日 (金)

帰りの電車にて

私の会社では、年に一回昇進のための(と称されている)ペーパーテストがある。
十数年前、会社が導入するときに「このテストは昇進とは関係ありませんよ、業務知識を習得させるためなんですよ」と言っていたのを労働組合幹部が真に受けて、あっさり受け入れた経緯を私は横で見ていたものだ。
昇進など面倒でしたくない私のような人はやらなきゃいいじゃんとも思うが、成績下位の何十%かの人は強制的に補習を受けさせられる。
かくいう私も、以前手を抜きすぎてわずか1点足らず、補習を受けさせられ、しなくていい苦労をさせられたことがある。

私のいるセクションにも、普段は会社に対して文句タラタラなのに、このペーパーテストを必死になって勉強している人がいる。
周りの人が日常業務をしている仕事中にも、自分の机で勉強している。
その熱意たるや、鬼気迫るものがある。
この土日も猛勉強するのだろう。
まあ、どれだけペーパーテストでいい点を取っても昇進できなかった人を何人か見てるのでねえ…建前はともかく、はっきり言ってムダな努力。
その人も毎年いい得点を取ってるらしいが、いっこうに昇進しないし。
それでまた会社を逆恨みするという悪循環。
貢献度はともかく、なにより普段の態度、会社や周りの人の文句を言わないことが大事なんじゃないのかな。
そういうところが見られてるんじゃないかな。
会社への文句は私もいつも言ってますけどね。

私のように手抜きしたがる人への牽制なのか、本番前に同じような問題を解かせ、提出させるという事前問題がある。
これの提出日が来週早々だ。
こんなことで大切な夜や休日の時間を潰させないでほしいと本心から思うし、家に帰ったときぐらい会社のことは忘れたいのだが。
案外会社からの締めつけが厳しいので、子どもが寝てから集中的にやるしかないのかなと。
はあーあ。

先日、帰りの電車に乗っていると、隣に立っていた人が読んでいた本が目に入った。
それは私も持っている(ただしどこかに行ってしまった)ペーパーテストのテキストだった。
ごていねいに、表紙に書いてある会社名を一文字ずつサインペンで黒く消してあった。
私と同じ会社の人だということがはからずもわかったわけだが、電車の中でも勉強するかなあ。。。
心の中で「がんばれぇー」と、力なく応援してみた。

ともかくようやく今週も終わったー。
待ちに待ってた週末だ。
飲むぞ食うぞ見るぞ飲むぞ食うぞ寝るぞ遊ぶぞー。

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2008年6月12日 (木)

今朝の浦和駅旧2番線

私は毎朝、浦和駅3番線(宇都宮線・高崎線上野方面)から、旧2番線(京浜東北線大宮方面)を見ている。

2008060207150000

上の画像は、10日前の6月2日に撮ったもの。

2008061207100000

こちらは今朝撮った。
ついに屋根が撤去され、ホームが雨ざらしになった。
ホームの取り壊しも間もなくなのだろうか。
画像右側に見える緑色の低い壁は、ホームから通路に降りる階段だ。

つい先日まで当たり前だった光景が、少しずつ過去のものになっていく。

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2008年6月 9日 (月)

秋葉原通り魔事件について

昨日、秋葉原で通り魔事件があった。

全ての情報を見聞きしているわけではないが、犯人は中学まで優秀な成績で進学校に入ったものの、そこで挫折をしたとかいう話も聞く。
変にプライドが高いのも困りものだ。
挫折を知らないと、ちょっとしたことで打たれ弱い人間になってしまう。
中学までは秀才で、進学校に入って普通の人になったとしても、そんなことはありがちなことだ。

最近「世の中が嫌になった」「誰でもいいから殺したかった」「人を殺せば死刑になれる」という、安直な動機で無差別な殺傷をする人が増えてきている。
そういう輩は、死にたかったら自分ひとりで死んでくれ。
せめて巻き添えがほしいのなら、自分の親を巻き添えにしてくれ。
赤の他人を巻き込むな。
世の中を恨むなら、世間とのつながりを絶ちたかったら、山にでも籠って仙人みたいな生活をしてみたらどうだ。
どうせそんな度胸もないくせに。

死刑についても、世の中には賛成や反対の意見がさまざまあると思う。
絞首刑は一番楽な死にかた(?)だそうだから、死刑を望む輩は今さら恐くもないのかもしれない。
普通の死刑がもはや犯罪の抑止力にならないのなら、極端な話、数十年重労働を課してから死刑に処するなど、より刑罰を重くするというのも机上の空論としてではなく考えなくてはならないかもしれない。
現行犯なら誤審の心配もあるまい。
よく言われる話だが、被害者の人権よりも加害者の人権のほうが大切にされる現状は、被害者側からすればやるせないものがあるだろう。

自分に妻や子どもなどの家族ができて、より痛切にそう思う。
嫌な世の中になったものだ。

余談だが、東京藝術大学に通っていた犠牲者の方のことを、報道ステーションで「都立日比谷高校を卒業し…」と説明していた。
今通っている学校名が出てくることも必要かどうか。
加害者の背景を知るための情報(県立青森高校出身だとかいうこと)はともかく、被害者の出身高校名にどれだけの価値があるのか。
聞いていて、明らかに不要な情報だった。
ニュース番組を鵜呑みにして見るのではなく、情報を取捨選択する必要が我々にはあると痛感する。

最後に、被害者とご遺族の方には、心からお見舞いを申し上げたいと思います。

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2008年6月 5日 (木)

「腹をくくる」?

組織の上に立つ人には、何が求められるのだろう。
どうあるべきなのだろう。

今日、ビジネスパートナー(かっこよく言えば)の代表者を集めての会議があった。
一部の不心得者のために全体に迷惑がかかるようなトラブルがあり、それを受けての会議だったのだが。
その席上、私のセクションの責任者(私の上司の上司)が出席者を前にして言ったことがこれ。

「不可抗力なトラブルはやむをえないが、防げることは防ぎたい。
これから不祥事が起こるともっと大変なことになる。
私は腹をくくりたくありません」

???
言わんとすることはなんとなくわからなくもないが、何を言いたいのだろう、と思った。
腹をくくる、というのは"覚悟を決める"という意味ではなかったかな?と思いながら聞いていた。
"私は覚悟を決めたくありません"ということ??

調べてみると実はそれも間違いで、覚悟を決めるのは「腹を決める」「腹を据える」というらしい。
相手を侮るという意味の「高をくくる」と混同されて「腹をくくる」と誤用されることがあるんだとか。
それとも「首をくくる」と言い間違えたのだろうか。
(言い過ぎ?)

それにしても、言い換えれば「皆さんのせいで自分が上に怒られたり、最悪クビが飛ぶのは嫌だから、みんなよろしく頼むよ」と言ってるようなものなのか。
よくそんなことを当事者を前にして言えるなあ、と思った。
誰もあんたのために仕事してるわけじゃないっつうの。
少なくとも、ここで言うことか?
出席者は一様に複雑な顔をしていたし、なにより隣にいた"上"の人は「何言ってるんだ」という表情で首をひねっていた。

この責任者は、一事が万事こんな調子だ。
例えば、深夜や土休日に及ぶような仕事があっても「やっぱり俺も出なきゃだめなのかなあ、早く帰れるかなあ?」と担当者にブツブツ聞いている。
もちろん部下の多くも同じような仕事をするのだから、嫌なのはその責任者だけじゃない。
上の人が嫌だ嫌だ言っていたら、下の人間だってさらに嫌になるに決まっている。
トップがもっと毅然として、手本になるような行動をしないと部下はついてこないということを、この人はわかってない。
例えば、部下の時間外労働が多いという話をしているときに、やみくもに「去年の同月と比べて残業が増えた」ということばかり言う。
一言でも「いつも遅くまでお疲れさん」「ありがとう」とでも言えば、○○もおだてりゃ木に登るじゃないがみんな気持ちよく仕事できるものを。
エリートには人の心が理解できないんだろうな。
例えば、私の事務所の責任者として回答しなくてはならない案件を、部下に調べさせるのはともかくメールまでさせる。
受け取った相手は、カウンターパートではない人から回答が来て戸惑う。
さらには面倒になりそうなトラブル発生の連絡には「そういう話は俺じゃなくて○○君(部下)にして」と平気でのたまう。
周りのみんなはそれを聞いている。
そんな責任者なら、いないほうがずっとましだ。

今日の会議でも出席者に対面する形で一番前に座っていたが、手で顔を覆ったり、うつむいたり天を仰いだり、とにかくみっともなかった。
いかにもさえないサラリーマンの典型のような表情をして、ビジネスパートナー(大多数は経営者である)の人たちの目にどう映っただろう?
見ていて情けなくてしかたがなかった。
それでいて、その会議が終わったら辛い場面から解放されたからなのか、達成感に満ちた様子でペラペラしゃべっているのだから話にならない。

余談だが、私のすぐ上の上司にイスを勧めても座ってくれなかったので、私も会議中(1時間半ほど)立ちっぱなしだった。
このときとは座る座らないは関係ないことだったが、今回は文字通り座れなかった。
会議の冒頭で役職も含めて自己紹介してるのに、上の人を差し置いて下が座るわけにいかないでしょ。
楽できるところは楽しましょうよ。

それはいいとして、そんな責任者を戴いて私は平日を過ごしているわけで。
ストレスが溜まらないわけがない。
平日は毎日が精神的にきつい、休日が待ち遠しい。

今日はあまりにもガックリきたので、つい長々と書いてしまった。
しかし改めて問いたい。
人の上に立つ人は、どうあるべき?

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2008年6月 2日 (月)

クールビズ、変わりゆく浦和駅

昨日から6月となり、今日の出勤から9月いっぱいまでクールビズということになった。
しかし天気が曇りなので涼しいからか、あるいはまだ上着なしのノーネクタイで通勤するのは気が引けるのか、朝の電車では今までどおりの格好をした人がほとんどだったように思う。
今の私のポジションでは上着を着て外出することがほとんどないが、クールビズの最大のメリットは、ノーネクタイもさることながらやはり朝夕の通勤時。
薄手の上着でも、着なくていい(あるいは手に持たなくていい)のは大変助かる。
もっとも、普段は手ぶらなので定期券や家のカギ、ラジオやヘッドフォンなどの持ち物をどうするかに困ってしまうのが常であるが。

私の会社では、今年の4月から女性の制服がなくなった。
夏服は淡い色で、私は案外好きだったのだが…
私服のセンスが問われるので、女性には気の毒な気もしなくもないが、中にはピチピチのTシャツで体のラインをあらわにしている人もいる。
別の意味でお気の毒だ。

ところで、今朝の出勤途上に撮った浦和駅旧2番線の画像。

2008060207150000

すでに線路は撤去され、ホームも間もなく取り壊されるだろう。
こうして歴史は移ろっていくんだなあ。
徐々に今まで見たことのない浦和駅になっていく。
変わることが悪いわけじゃないが、去りゆくものへの一抹の寂しさがある。
私にとっては15年以上もの間、毎朝当たり前だった光景だからね。

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2008年5月30日 (金)

明日は雨かあ。。。

昨夜は3時間あまりしか寝てないにもかかわらず、なんとかいつも通りに起き、普通に会社に行った。
誰しも絶対遅刻することがないとは言えないだろうが、飲みすぎて寝坊して遅刻する、ということは私はしたくない。
今朝は二日酔いも全くなく、睡眠時間が足りない割には眠気もさほどなかった。
帰りの電車ではさすがにウトウトきたが。

いつだったかにブログに書いた、業務の改善の役に立たないシステムを導入しないための改善策(なんのこっちゃわからないでしょうが、それでいいのだ)を書き上げて関係部署に提出した。
いちおう5月いっぱいで目途をつけようということだったのだ。
それ以外は今日一日比較的淡々と過ぎていったのだが、明日の天気予報が気になる。
アメフトのパールボウル準決勝、鹿島ディアーズvsオンワードオークスの試合があるのだが、雨が降っては大人だけならともかく、子どもを連れていくのは厳しい。
結局、基本的には行かない、明日の朝起きて天気がよっぽどもちそうなら行く、ということにした。
断腸の思いだが、しょうがない。
かくなる上は、明日の試合にぜひ勝ってもらって6月17日(火)に東京ドームで行われるパールボウル決勝に進出してもらいたい、と思っている。
がんばれオンワードオークス。

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2008年5月26日 (月)

この週末のこと

名古屋vs浦和戦についてはいまだに情報をシャットアウトしているので、勝ったか負けたかわからない。
この試合については明日書こうと思うので、今日はこの週末について。

我が家の姫は、最近寝るのが早い。
夜19時から20時の間には寝てしまうそうだ。
その分、朝起きるのも早い。
平日はもちろん、土日も6時台から起きて「ママ、お部屋(リビングのこと)行こうよー」と言い出す。
親としては「休日に早起きは勘弁してくれー。。。」という心境。
少しずつ粘り、ママさんは私を寝室に置いて姫と若をリビングに連れて行く。
そんなわけで、私よりもママさんのほうが寝不足な状態となる。

昼過ぎまでは家でゆっくりした。
休日は特にどこにも出かけない日のほうが珍しい、たまには家でのんびりしたい。
若が、土曜日についに初めての寝返りをした。
その瞬間を、ママさん、姫、私の3人が揃って見ることができた。

2008052413100000

必死な顔をしている。
最近は「アー、アー」と言うようになってきたし、少しずつ成長しているなあ。
若の顔を覗きこむとニッコリ笑うのも、たまらなくかわいい。

15時から教習所があったので、それに合わせて家を出る。
さいたま市役所でやっていた「浦和うなぎまつり」にも惹かれたのだが(ママさんはお誘いを受けていたらしいが)、今回は断念。
午後から雨が降るという予報で、教習中にも少しポツポツと降ってきたが、なんとか濡れずにすんだ。
教習所を出てしばらくするとけっこうな降りになってきたので、最低限の買い物だけをして家に帰る。
夕食を18時ごろと早めに取ったが、姫は朝早くから起きているから眠い様子。
ママさんと私もつきあっていっしょに寝かしつけたが、私もそのまま朝まで寝てしまい、土曜日は終わってしまった。

日曜日は一度も家から出なかった。
午前中は土曜日夕方からの雨が降り続き、特段用事もないから家でテレビを見て過ごす。
昼過ぎからは雨がやんだので、土曜日にも少しやった庭いじりをする。

私の場合、庭いじりとは芝生に生えているクローバーなどの雑草を抜くことが主である。
せっかくの芝生なので芝だけにしたいのだが、特に水はけの悪いところを中心にクローバーに侵食されている。
クローバーにも普通の緑色のものと赤っぽいものがある。
その他にも、何の草だかわからない雑草が顔を出したりしている。
それを丹念に取っていくのだが、クローバーは地面を這っている茎を引っ張るとプチプチいいながら芋づる式に取れることがある。
これがまたおもしろいのだが、正直きりがない。。。
しかもクローバーが取れたあとは土がむき出しになっているから、そのあとどうなるかも心配。
雑草取りをするたびに、埼スタなどのピッチに雑草は生えないんだろうか、生えたらどうやって処理しているのかが気になる。

ところで、姫は最近私に「おんぶ」をせがむことが多い。
私が雑草を取るために屈んでいるときや、家の中の階段を上り下りするときなど、「だっこー」とも言うが最近は「おんぶー」が多いのだ。
もちろん、できる限りしておんぶしてあげる。
姫に「○○ちゃんは、大人になってもパパにだっこーとかおんぶーとかって言うの?」と聞いたら、元気よく「うん!」と返事をしていた。
嬉しいけど、それはそれで困るなあ。。。
ママさんによると、姫は眠くなるとおんぶをせがむことが増えるらしい。
見てると、若のオムツを替えているときに有無を言わさずママさんの背中に乗ってくることもあった。

日曜日も夕食は17時台と早めに済ませると、姫はそうとう眠かったのか、18時台には私の添い寝なしで寝てしまった。
19時30分から、たまたま番組表を見ていて気づいた「鉄道模型ちゃんねる」という番組をBSジャパンで見る。
レイアウト作成の参考になるようなことを放送するかと思ったが、今回の内容はDD51というディーゼル機関車の模型をいかに本物の車両らしく汚すか、ということがほとんどだった。
本物の車両を参考にするために、わざわざ苫小牧までその車両を撮りに行って、ススのつき具合とかを研究したという。
こういうことに心血を注ぐ人もいるんだなあ。。。ということがわかったが、そんなに細かいところにこだわらなくてもいいんじゃない!?と思ったのも事実。
まあ、いろんな趣味があるっていうことですな。

23時からの「サラリーマンNEO」に出てきた「寧応ライク保険」の"「飲み保険」店長おすすめ2000円コース"には、私は入らなくてはならないだろう。
なにしろ、

*泥酔してトイレで寝てしまった
*帰りの電車で降りる駅を乗り過ごしてしまった
*朝起きたら体中何故か傷だらけだった
*隣に知らない異性が寝ていた

のうち、上の3つはやらかしたことがあるからだ。
(最後のが経験ない、というのはちょっと残念!?)
この保険、月々2,000円でひとつの失敗につき一律5,000円を支給、もし仮にお酒の席で何も失敗しなくても、定年時には100万円が支給されるという。
私の場合、そもそも無礼講はないから、"今夜は無礼講MAX(マックス)"のほうはいらないかな。

寝る前にはF1モナコグランプリを見たが、かなり激しく雨が降っているようで、多くの車があちこちにぶつかっていた。
こんな状況でもレースをやるんだなあ、と思いつつ、最後まで見てたらキリがないので1時ごろに寝た。
あとで見たら、中嶋ジュニアはモナコで日本人初の入賞を果たしたとか。
堅実に走っていさえすれば結果はついてくるんだね。
これからも表彰台目指してがんばってほしい。

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2008年5月22日 (木)

疲れるねえ

こういうことはあんまり長々と書くのも嫌なので手短かに。

何回同じことを言えばわかるのか。
今日も言葉が見つからなかった。
あんたらは「やっちまったよ」でせいぜい反省文書いて終わりかもしれないが、どれだけ周りに迷惑かけるのかわからないのか。
お客さんや迷惑をかけた関係者に謝り、また右から左に流される対策の会議をやり、上からは教育がなってないと言われ。
一週間のうち、何もトラブルのない日のほうが少ないんじゃないかというくらいだ。
毎回毎回同じようなトラブルを目の当たりにする身にもなってくれ。
空しいよ。

とてもじゃないが胸を張って売れる品質じゃない。
もし担当が変わって営業の最前線に出されたとしても、私にはハッタリかましてまで売れる自信はない。
いつになったら、どれだけ言ったらどこに出しても恥ずかしくない品質になるのか。

ストレス発散というわけじゃないが、飲みに行きたいなあ…

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2008年5月19日 (月)

浦和駅2番線

おととい土曜日からの声枯れが、今日になっても残ってしまっている。
むしろ昨日よりも今日のほうがひどい。
仕事に行くと「声どうしたんですか?風邪?」と何人にも聞かれたが、恥ずかしくてしょうがない。
直接会った人には説明したが、電話では説明するのも面倒だし話すのもおっくうなので理由を言わず「いえいえ大丈夫です」と答えるしかなかった。
そもそも私は風邪で声が枯れたことは一度もないので。。。
今回も声枯れの原因は、もちろん埼スタである。

ところで、昨日から浦和駅2番線(京浜東北線大宮方面)が高架になった。
昨日の朝から昼過ぎにかけて、浦和駅をはさんで北浦和から南浦和の間を運休にして線路の付け替え工事をしていたのだ。

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南浦和のほうはともかく、普段はありえない北浦和折り返しという運用をぜひ見に行ってみたかったが、土曜の夜はガンバ戦の件をネットで見たりして朝5時まで起きていたので、日曜朝は10時過ぎまで寝ていた。
起きてすぐにオンワードオークスの試合を見に行ったので、結局北浦和には行かずじまいだった。

今日の会社からの帰宅時が浦和駅2番線高架化の初体験だ。
先週までは、2番線から3・4番線はこのように真横に見えた。

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しかし今日からは、3・4番線が下に見える。

2008051921300000

ホームのスピーカーに伸ばしたマイクを当てて(放送局のロケのように)構内放送を録音していた高校生もどきがいたが、ホームが変わったからといって放送まで変わるのだろうか??

浦和駅を使い始めて15年以上経つが、まるで別の駅のようだ。
全て完成したら、赤羽駅から埼京線をなくしたのと同じような眺めになるんだろうな。

(おまけ画像)
浦和駅東口今昔。

以前の浦和駅東口。これらの画像は以前どこかのサイトから引っ張ってきた。

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去年末の浦和駅東口。こちらの画像は私が撮った。
駅舎が建て変わるのはまだ先のことなのだろう。

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早く湘南新宿ラインが停まるようにならんかな。

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2008年5月14日 (水)

地震に備えて

中国の四川省で起きた大きな地震のため、万単位の人が亡くなり、いまだに瓦礫の下敷きになっている人も多数いるという。
人命がかかっているだけに早く救出されるとよいとは思うのだが…自然災害は恐ろしいものだ。
それにしても、上海などの沿岸部の発展ぶりに比べて、内陸部は取り残されていると聞く。
大きな格差があるという時点で、全ての労働者が平等であるべき共産主義は破綻している気がするが…

それはそうと、もし日本で同じ規模の地震が起きたらどうなるか。
決して対岸の火事ではないと思う。
建物の強度にもばらつきがあるだろうから倒壊もありえるし、火災も恐い。
会社から家まで30km以上あるから、歩いて帰ろうとはなかなか思えないが、歩こうにも橋が落ちたらおしまいだ。
私は「日本沈没」を小説でも漫画でも読んでるが、それを地で行く修羅場になることだろう。

前にニュースで見たが、勤務先から歩いて帰宅しようとする人が路上に集中することで、満員電車並みのすし詰め状態が何時間も続くという。
会社にいるときならやむを得ず留まればいいが、問題は通勤中に遭遇した場合だ。
こればっかりは運だなあ…

我が家では、万が一に備えて水と懐中電灯は備えているが、他に何が必要になるか。
真剣に考えないとならないだろう。
と思っていたら、ママさんも同じようなことを考えていたらしく、新聞の折り込みチラシに入っていた「通販生活」で扱っているこういうバッグを私に勧めてくれた。

2008051423030000_2

今は手ぶらで通勤しているのだが、こういうのだったら持ち歩いてもいいかも。
備えあれば憂いなし。

東海、東南海、南海と、大きな地震が起きる起きると言われながらなかなか起きないが、いつなんだろう…分散して発生して、エネルギーが溜まらないようになってくれればいいのに。
とりあえずは、同じ遭遇するなら家にいるときがいいなと思う。

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2008年5月 8日 (木)

2ヶ月ぶりの深夜勤務

明日(金曜の明け方)は、私にとって4回目の「深夜勤務」。
いつの間にか、2ヶ月に1回程度のペースで回ってくることになった。
その分、他のセクションに迷惑をかけているのだが。。。
ずっと会社にいるという気分的なものはともかく、時間的にはゆっくりできるので、今夜も例によって家には帰らず会社に泊まりだ。
そのつもりで朝の通勤時には買い物をしてきた。

そんな2ヶ月に1回程度の日に、飲みのお誘いがあった。
普段なら、変な面子でもない限り当日のお誘いだろうが飲むと聞いて断る私ではない、万難を排して(+ママさんの許可を得て)飲み屋に参上する。
今日も非常に心動かされたが、飲むと間違いなく起きられないだろうし、酒臭い状態で明け方3時から働くというわけにもいかない。
そういうところで失敗したくないしね。
明日の12時までは会社にいなくてはならないし、仕事中いかにも眠そうな顔をしてるのも自分的に嫌なのだ。

その分、明日は午後から自由になる(予定だ)。
眠気がまず来るだろうが、やりたいこともある。
夜は家族みんなでご飯が食べられる。
そういう楽しみがなければ、深夜勤務などやってられないだろうなあ。
(ところで、普段の平日は帰りが遅くて、家族で食卓を囲むなんていうことが全くできないというのは普通なこと?それともやっぱり異常?)

ともあれ、誘ってもらえるだけありがたいことだ。
たまたま誘われた日が悪かったということで無理やり納得しつつ、一人寂しく布団に入るのであった。

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2008年4月28日 (月)

社外秘な仕事

どこの会社にも、外部にあまり知られたくない社外秘な仕事があるだろう。
例えばメーカーでいえば、商品開発などは正式発表まで伏せておくはずだ。
そういう社外秘な仕事の中には、可能性の大小はともかく危険にさらされるものもある。

今朝会社に来てみると、いきなり今日それがあると言われた。
それも会社の中枢や私のところのごく上層部だけが知っていたらしく、現場レベルでは誰も知らなかったこと。
商品開発なら、ごくごく一部の人しか知らなくても、場合によっては「アリ」だろう。
しかし下手すれば命に関わるようなことを当日の朝まで黙っておいて、出社したら有無を言わせずやらせるってのは、組織としてどうなんだ。。。?
中間管理職に対してはもちろんのこと、それより下の立場の人に対しても「君たちは歯車なんだよ、何があっても回れといったら回れ」と明確に言っているようなものだ。
打ち合わせの席上「業務の都合上、当日まで伏せておいたことを了解してもらいたい」と言われたが、そんな説明で納得した人がどれだけいたことか。
だったら危険なところを自分たちでやれっての。

実際始まってみると、当たり前のように段取りの変更があった。
原因はいろいろあるが、現場を含めて事前に綿密に検討する時間がないのだから、ある意味当たり前。
しかも命に関わる?ことなのに、変更の連絡は人づてに伝言ゲーム。

それでもとりあえずは問題なく終わり、指揮を取った(つもりの)上の人は「余は満足じゃ」と言ったかどうか知らないが、満足げに帰っていった。

しかもナンバリングして、我々からは徹底的に回収してシュレッダーにまでかけた社外に関する資料を、会社中枢の人は携帯で撮って帰っていったという。
モラルもへったくれもない。秘密保持はどこに行った!?

あまり細かいことは書けないので、読んでる人にはなんのことかわかりにくいとは思うが。
私は何時間も屋外で突っ立ってたので、心身ともに疲れました。

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2008年4月25日 (金)

飲み過ぎると

たびたび飲んでいる、お友達の南北さん(と勝手に名づけました)と急遽飲みに行くことになった。
場所は東京駅周辺で、25日の金曜日、一番混む条件が重なる日。
予約が取れるような飲み屋さんはどこにもない。
19時ごろ東京駅に着き、なんとか空いてる店を見つけて入る。

南北さんも飲む人なので、こちらの飲むペースも速くなる。
あっという間に2時間が経ち、次の店へ。
どのくらい飲んだのだろうか、そのへんから記憶が怪しくなり、何をしゃべってたか断片的にしか思い出せない。
東京駅でどうやって別れたかも全然覚えていない。

次に記憶にあるのは、大宮駅東口でタクシーを待つ行列に並んでいるところ。
当然のごとく?寝過ごして終電もなくなってしまったわけで。
しかしやはり25日の金曜日だけあって、タクシー待ちも予想外に長蛇の列。
並んでるのも大変そうなので、いっそ家まで歩こうと行列から外れた。
大宮から浦和まで約6kmだが、大宮駅から家まで歩いて帰ったことは今までに何度もあるので。

次に覚えているのは、さいたま新都心駅そばのマクドナルドに入ったところ。
お腹が空いたのか、それとも歩き疲れたのか。
メガテリヤキのセットを頼み、歩きながら食べるのも何なので店の中で座り、ポテトを食べながらいつの間にか寝てしまったようだ。
ママさんからの電話で起き、さいたま新都心駅に1台だけ停まっていたタクシーに乗って家に帰った。
その時刻、3時過ぎ。
着信履歴を見ると、ママさんは2時台から何度か電話をかけてくれていたようだ。
まったくもって申し訳ない。。。

朝起きると、鼻とその上のおでこが痛い。
何かにぶつかったか、どこかで転んだのだろうか??
とにかくここ最近で最悪の酔いかた。

記憶のない間に、何をしてたか何をしゃべってたのかわからない自分が恐い。
飲み過ぎには、本当に気をつけなくてはならないなと痛感した。
もう若くないんだし。

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2008年4月18日 (金)

法を守るということ

コンプライアンスという言葉を耳にするようになって久しい。
法令遵守という意味だ。

あまり細かいことは書かないが、私の職場は多くの協力会社(いわゆる下請)を抱えている。
借地借家法が借主を守っているように、下請法も下請側を強烈に守っている。

下請のほうが立場が弱い?
いえいえ最近では逆転してますわ。少なくとも私のところでは。
誤解を恐れずに言えば、下請による元請いじめみたいなものはしょっちゅう。
こちらは半ばされるがまま、申し出を呑むしかない。
アポなしでいきなり来るのは当たり前。
契約書などの書類のやりとりも、こちらがやり方を説明しても、平気で間違えて送り返してくる。
何度でも。

一方、私の会社にとってのお客さんというのも当然あるわけで、そこからみれば私の会社は下請にあたるが、下請法の適用にはならない。
つまり、一方に叩かれはするが他方を叩く(といっては大げさだが)ことなどできない。
下請、お客さん、双方に対して弱い立場。
さらには、その他の法律の運用が厳格化されたおかげで、普段の仕事にも影響が出てきそうなことが最近起きてきた。
どうしろっていうんだ。。。

良くも悪くも、おおらかだった時代が懐かしい。
でも、もうそのころに戻ることはないんだろう。
定年まで勤めたとしたらあと23年、そういう周囲を取り巻く状況や私の会社自体のグダグダぶりも含め、自分はあと23年ももつのか?と最近特に思う。
私のすぐ上の上司(2歳年上)も、昨晩会社に泊まりながら同じことを考えていたそうだ。

念のため、私のところは違法なことはやってないですよ。

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