カテゴリー「趣味」の7件の記事

2009年6月14日 (日)

三沢光晴さんを悼む

埼スタからの帰り道、祝勝会ということで「くら寿司」に行き、家に帰ってきたら疲れてテレビを見ながら寝てしまった。
寝ぼけながら見ていたニュースのトップ項目が聞こえ、思わず耳を疑って完全に目が覚めた。

私はタイガーマスクだったころの三沢を知らない。
大学に入って、プロレス好きな周りの人の影響もあり、独り暮らしを始めてから日テレで日曜深夜にやっていた全日本プロレスの中継を見るようになった。
当時は高校の後輩の川田とタッグを組んでいて、鶴田やスタン・ハンセン、テリー・ゴディやスティーブ・ウィリアムズたちに挑んでいた。
三沢はやがて川田とのタッグを解消して小橋と組み、川田は田上と組んで最強タッグを争うようになった。
その川田は、今何を思う…
私が就職してからはテレビ中継を見ることは減ったものの、同期入社のプロレス好きに後楽園ホールやノアの興行でディファ有明、これは新日本プロレスだったと思うが東京ドームにも連れて行ってもらった。
その後は私はだんだんプロレスから離れてはいったものの…

私は熱烈なプロレスファンというわけではなかったが、いつでも見られると思っていた人が急にこの世からいなくなってしまうのは、本当に辛い。
昨夜はベッドに横になってからも、入場テーマの「スパルタンX」とそれに合わせた「ミサワ」コールが頭の中をずっとめぐっていた。

謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。

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2009年3月22日 (日)

ホンダエアポート

21日土曜日の話の続き。
「面白いものが見られる場所」とは、ホンダエアポート
埼玉県桶川市と川島町の境界付近、荒川の土手にある飛行場だ。
私は7年か8年くらい前に1度行ったことがあり、それ以来また行こう行こうと思いながら叶わなかったところだ。
浦和から1時間ちょっとで行ける。
ここでは甲高いエンジンの音が絶え間なく聞こえるが、これは飛行機のエンジン音ではなく、近くにあるモトクロスコースを走るバイクのエンジン音である。

北方向を見たところ。

ホンダエアポート

遠くには飛行船が係留されているのが見える。
あとで近寄ってみると、このような機体だった。

ホンダエアポート

着くなり、空からパラシュートがいくつも舞ってきていた。
スカイダイビングをやっているのだ。
ホンダエアポートのそばには、東京スカイダイビングクラブの事務所があった。

ホンダエアポート ホンダエアポート ホンダエアポート

「降下3分前です」「降下1分前です」「降下開始です」というアナウンスが流れると、その場にいる人はみんな頭上を見上げる。
着地点が飛行場の敷地内に設定されているようで、スカイダイバーはみんなその1点を目がけて降下してくる。
もっとも、地上から見ているとパラシュートを開くまではその姿を確認できない。
この日は天気はいいものの風が比較的強く、ゆらゆら空中散歩というわけにもいかないようだった。
しばらく見ていると、時々風にあおられてきりもみ状態で落ちてくる人もいる。
見ているこっちがヒヤヒヤしてしまうが、やっているほうは慣れているのだろうか、着地はうまいこと決めているのだった。
着地後に歩いてくる人を見ると、30代や40代程度の男性に加え、20代の女性などもいた。

さて、飛行場というからには飛行機も離発着する。
数人乗りの小さい飛行機ばかりだが、滑走路が近いので離発着の様子が目の前だ。
Wikipediaによると、ここの滑走路の長さは600mとのことだが、そんなに短い距離でも離発着できるんだなあと意外だった。
エンジン音が変わるのもよく聞こえるので、着陸直前、地上1mくらいになるとエンジン出力を弱めて、重力に逆らわずに着地するんだなということもよくわかった。
全体的に機体が軽いからか、フラフラと離陸し、ヨロヨロと着陸する印象。
タッチアンドゴーの練習を繰り返している飛行機があったが、なんとなく離発着がたどたどしく、見ている人が「大丈夫かな、あの飛行機…」と言っているのが聞こえた。

14時台は離発着ともに1機ずつだったものの、15時台になると数え切れないくらいの離発着があり、見ていて飽きなかった。
デジカメと携帯で撮影を試みるが、動いているものを撮るのは難しい。
(このブログに載せている画像は、全て携帯で撮影したもの)

ホンダエアポート ホンダエアポート ホンダエアポート

この飛行機は、遊覧飛行でお客さんを乗せるために待機しているところ。

ホンダエアポート

飛行機のつくりなどを間近で見ることができるのもおもしろい。
飛行船、そして着陸間際の別の飛行機も入れて撮ってみた。

ホンダエアポート

ホンダエアポートは入場無料なので、芝生の広場には多くの家族連れや散歩をしている人がいた。
私一人で来ても楽しかったが、家族で来たらもっと楽しいだろうなあと思った。
とともに、空に対する憧れも頭をもたげてきた。

私は今までに陸(登山やバイクなど)、海(スキューバダイビング)をやり、次は空の趣味をやりたいなと前々から思っていた。
しかし周りにやっている人がいなかったりして、どこからアクセスしたらいいかもわからず、なかなか踏み出すことができなかった。
スカイダイビングなどは危険はつきものではあろうが、それ以上に安全対策をしているからスポーツとして成り立っているのだろうと思う。
パラグライダーなどでもいいけど、今までやったことないことにチャレンジしてみたい。
やってみたいな空の趣味…
でも、やったとしてもバイクと同様"自分ひとりの趣味"になってしまうからなあ、それが気分的にネックではある。

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2009年1月28日 (水)

マニアック奥さん

今日、我が家の姫のお友達とそのママたちが数人遊びに来たそうだ。
そのうちの一人のママが、私の持っている酷道の本を見て大感激していたんだとか。

話しの流れで、我が家が2008年8月に福島県西郷村の甲子温泉・大黒屋に泊まった話になったと。
(そのときのブログ 前編後編)
そこで、ママさんの言葉を借りれば"変な国道"を見たと話したそうだ。
このブログでもしばらくトップページの画像として設定していた、国内で唯一登山道に国道の看板(通称:おにぎり)があるという国道289号、「登山道国道」だ。
そんな普通に考えたらありえないような国道を別名「酷道」と呼び、かなりの数が存在するという話。
そしてそういう道が好きな我が家のパパ(私のこと)が、そんな酷道を集めた本を持っていて、それがかなり面白いと話したそうだ。

そうしたら、あるママが以前からテレビなどで「変な道」と言われ紹介されるような道に興味があり、一度は行ってみたいなー…と漠然と思っていたらしい。
なので、本を見せる前からかなり興奮気味だったそうだ。
見せたらかなり喜んで、「私この世界にはまりそう…」と呟いていたそうだ。
我が家のママさんを通して「こういう本はどうやったら入手できるんですか?」と聞かれたから、おそらく本気なのだろう。
参考までに、私はアマゾンで買いました。

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↑この本の表紙が、登山道に標識がある国道289号。
酷道の代名詞的存在であるといえる。
ただし、2008年9月の甲子道路の完成にともない、今はこのおにぎりは撤去されたという話だ。
その1ヶ月前の昨年8月に甲子温泉に行ったのは、撤去される可能性を踏まえ、その前にぜひこの目で見ておきたかったからのだ。
なお、酷道についてはこのブログでも以前こんな記事を書きました。

酷道好きは男性でもそんなにいないだろうに、女性で興味を持つ人がいるというのはかなり意外だった。
奥さん、マニアックでっせ…

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2008年8月22日 (金)

私と酷道

話はオリンピック、CMと飛んでしまったが、元に戻します。
私が甲子温泉、大黒屋を知った理由。
それはここに来る時にも通った国道289号線にあった。
その前に「酷道」の話をしなくてはならない。

私は様々なことが趣味というか、いろんなことに興味があるが、そのなかの一つに酷道と呼ばれる道路がある。
ふつう国道というと、それなりに整備された道を想像するものだが、酷道は国道でありながらまともに走れない酷な道を指す。
車では行き違いが困難な道だったり、そもそも車1台分の幅もなく、バイクや自転車ですら通れない国道もある。
私はそういう道が大好きなのだ。

私は四国に2回行ったことがあるが、酷道として名高い国道439号(通称:ヨサク国道)をそれぞれ車とバイクで走った。
さすがヨサク国道、車(四輪車)同士はおろかバイク対車でも行き違いできないところがあったのには感激したものだ。
北海道ツーリングの帰りに青森に寄った時には、階段国道としてこれまた有名な国道339号にも行った。
ここは「北のはずれ」と歌にも歌われた龍飛岬の近くにある。
他にも車で大阪に行った帰りに、名阪国道として知られる国道25号の旧道(通称:非名阪)にあえて突っ込んでみたが、時期が1月で雪も積もっており、チェーンを積んでいなかったので狭まる道幅に不安になって、泣く泣く引き返したということもあった。
ほかにも青崩峠と地蔵峠という2つの不通区間を持つ国道152号を、ホーネットで南から北へ走ってみたりもした。
不通区間は行けるところまで行って戻り、あとは林道を迂回したが、どちらにしろ道幅が狭い狭い。
というわけで、狭い道や変わった道を通ると、変なアドレナリンが放出されるのだ。
(人はそれを変態と言うかもしれない)
なお、県道ならぬ「険道」、府道ならぬ「腐道」などもある。

私が酷道に興味を持ったきっかけはというと。
国道122号という道路がある。
都内の一部では明治通り、北本通りと呼ばれ、北上してさいたま市内では東北自動車道と併走して埼玉スタジアムの真横を走り、銅山で有名な栃木県足尾を経て東照宮のある日光市まで至る道路だ。
(正式な起点は日光市側)
埼玉県民にはなじみが深く「ワンツーツー」と呼ばれる、都内や埼玉県南部では車線数も多い主要な道路だ。
子どものころ、祖母の家に行った帰りに、この国道122号の東京都北区赤羽から埼玉県川口市にかけてを通る路線バスに乗ることが多かった。
片側2車線の新荒川大橋は、子供ごころには大きな橋だった。
あるとき家族で足尾に旅行に行ったとき、その国道122号が片側1車線もない、すれ違いが楽ではない道路になっているのを見た。
「同じ道が、東京ではあんなに広い道路なのにこっちにくると狭いんだなあ」と思ったのを今でも覚えている。

私が以前山登りをよくやっていたとき、国土地理院の25000分の1地形図は必須だった。
国土地理院の地形図では、幅員(道幅)1.5m未満の道路、つまり登山道は点線で表される。
それ以上の幅員があって車両が通れる道路、つまり林道などは実線や二重実線などで表示される。
地図上の道が登山道と林道のどちらなのか?というのは、登山をする上で重要な要素だった。

学生のころは運転免許も持っておらず、酷道などという言葉も存在も知らなかった。
私は群馬・新潟県境の谷川岳に夏冬合わせて5回ほど登っているが、JR上越線の土合駅から歩いていく道が国道291号という国道だ。
この道を土合駅からキャンプ場があるマチガ沢まで歩いた。
地図を見ると、マチガ沢からしばらく進んだ一の倉沢(日本三大岩壁の一つ)で車道が途切れ、その先が点線になっている。
しかもその点線に、国道291号であることを示す(291)という表示がひっそり書いてあるのだ。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=365445&l=1385739
(国土地理院の地図閲覧サービスより)
「登山道が国道。。。そんなところがあるんだねえ」と、びっくりした。
同時に「行ってみたい」とも思った。
その願いはいまだ叶ってはいないが。

その後自分で車やバイクを運転するようになり、山深い狭い道に興味を持つようになった。
「国道」や「酷道」で検索して出てくるサイトを読み漁った。
酷道の中にも、単に狭い道路のほかに「階段国道」「点線国道」などもあると知った。
「点線国道」というのは、上述の通り国土地理院の地形図では幅員1.5m未満の道が点線で示されることによる。
そして今回、あまたの点線国道の中でもある点で唯一の存在である、国道289号を訪問することができたのだ。

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2008年7月 9日 (水)

かぶりついてみた

仕事は昼に終わり(というか何とか終わらせ)、帰りの電車に乗った。
京浜東北線で、南浦和までかぶりついてみた。

「かぶりつき」とは、電車の運転席の真後ろで前方の景色を見ることだ。
こういうことをやったのは、中学生のとき以来だろうか?

見てて思ったのは、線路は直線ばかりでなく、案外思わぬところにカーブがあるんだなと。
当たり前といえば当たり前なのだが、ロングシートに横向きに座っているとなかなか実感が湧かないものだ。
さらに、詳しい人は知ってるのだろうが、京浜東北線には信号機がなかった。
運転席にディスプレイがあったから、そこに必要な情報が出てるのだろうきっと。
一番驚いたというか気づかなかったのは、西日暮里駅が日暮里駅や田端駅に比べて高い位置にあるということ。
日暮里駅から登り、西日暮里駅から下って田端駅に着くのだ。
こんなに高低差があったんだ…と。

たまにはかぶりついてみるのも面白いな。
でも撮る気はなかったので画像はなし。

と、例によって南浦和から歩きながら書いているわけだが、寝不足でなんだかフラフラする。
頭も少し痛い…家に着いたら寝よう。

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2008年1月22日 (火)

浦和区民が一人増えました

今日でママさんと若は退院だ。
昨日のうちに、今日は家のことをやってから出社する旨、上司に届け出ていた。

朝起きて洗濯をしかけ(全自動なので洗剤を入れてボタンを押すだけ)、9時過ぎに産婦人科へ。
ママさんと若が5泊し、なんだかんだで多くなっていた荷物を車に積み込む。
お世話になりましたとお礼を言い、お祝い品等をいただいて、産婦人科を後にした。
お祝い品は、生まれたばかりの若を抱っこした画像、泣き声の入ったMD、生まれた日の埼玉新聞など、後々思い出に残るような品だ。
若にとっては、生まれてはじめての外の空気だ。
あとで見たら、さいたまのアメダスでは9時で1.5℃だった。

その足で、一旦我が家に帰る。
3階の私の両親のところに行き、仏壇に長男を連れて行って誕生を報告し、両親と若との3人で記念撮影なぞをする。
そして若を両親に預け、その間にママさんと私は洗濯物を干したり、洗い物をしたり、出生届を書いたりした。
一通り用事が済んで、私の両親のところに若を迎えに行く。
産婦人科を出るときから、ずっと穏やかに眠っていた。

我が家を出て、コンビニで出生届のコピーを取り、続いて浦和区役所へ。
出生届を提出し、児童手当や乳幼児医療の手続き等もあわせて行い、さっそく若の名前の入った住民票を取ってみる。
記念にするためでもあるが、届け出た漢字が間違えていないかのチェック、さらには会社に扶養家族を申請するなどの手続きの証明としても必要なのだ。

さいたま市では、出生届などを出すと記念樹としてゴールドクレストかモクセイのどちらかをくれる。
3年前の姫のときにはモクセイをもらったので、我が家の庭(ネコの額の数百倍から数千倍の広さ)に植えた。
今日もモクセイをもらったが、「え?こんなに小さかったっけ?」と思うぐらい、小さい苗木だった。
「姫の木」は庭にしっかりと根付いて、姫の背丈と同じか、それよりも大きくなっている。
3年も経つと、人も木も大きくなるんだなあと実感した次第。
「若の木」は、みんなが戻ってきてから植樹祭をやって、そのときに植えよう。
ママさんそれまで枯らせないでね。

そして、川口にあるママさんの実家へ。
私以外の3人は、ここで1ヶ月弱過ごすことになる。
ママさんの父「じーたん」のところに行ってみると、じーたんと姫(誕生日同じ者どうし)が並んでご飯を食べていた。
姫はママを見るなり「ママー!」と飛びついてきたが、私にはそうでもなかったので少々がっかり。
そして姫に若を見せる。
「ええー、これが赤ちゃん。。。」という表情で、なかなか興味津々なようだった。
ビデオに撮っておけばよかったー(と、いつも後悔することが多い)。
約1週間ぶりに見る姫は、髪が伸びたからか??今までとちょっと違う印象を受けた。
こんな声してたかなー?とも思った。
そして相変わらずペラペラペラペラよくしゃべってた。

お昼どきだったので、私も昼食にあずかることとなった。
私は出社前提だったのでスーツを着ており、じゅうたんの上にとりあえず正座してみたら、ひざ下になにやらグチャっとしたものが。
なんということでしょう、姫がこぼしたコロッケの一部が、私のスーツのズボンに見事に付着しているではありませんか。
あぐら組んで座らなくてよかったー。お尻についてたら気づかないもんね。

ご飯を食べた後は、姫と少し遊んだ。
「パパーおすもうしよう」と言われ、いきなり「はっけよーい、のこった」と言われて飛びつかれた。
私も姫の腰の部分のズボンを持って、時には姫から倒し、時には私から倒れこむ。
相変わらず、負けたほうはブチュー攻撃をされる、ということをやってた。
若はベビーベッドに寝かされており、姫はかまってみたくてしょうがないようだった。
自分のおもちゃを、柵のすき間から若にあげたりしていた。
若が授乳のためベビーベッドにいないときに、姫がそこで寝てみたいと言うので、寝かせて撮ってあげたりもした。
姫も3年前にはそこで寝てたもんねえ。。。

時刻は14時近くになり、私もそろそろ会社に行かなくてはならなかった。
姫に「じゃあパパは仕事しに行くよ」と言うと、「パパといっしょにおしごといくー」と言われた。
なんとも泣かせる話だが、このままじゃいつまで経っても出られない。
むりやり出たとしても、姫は悲しむだろう。
そこで、ママさんの母「よっこさん」が、「○○ちゃん(姫のこと)、"パピコ"食べる?よっこさんといっしょに取りに行こう」と助け舟を出してくれた。
そうしたら姫は「パピコ!食べるー!」と言いながら、私のもとをあっさり離れてダッシュで後を追いかけていった。
ああ、パピコに負けるパパ。。。
まあそれでよいのだ。
苦笑しながら、ママさんの実家を後にした。

会社にこれから向かう旨電話をしたら、時間も時間だから今日は来なくてもいいよと言っていただいたが、せっかく行く気になってるので(?)「いえ、行きますよ」と言って首都高速に乗った。
道路は非常に空いていて、1時間はかかると思っていたところ、30分足らずで着いてしまった。
会社では、稟議文書にエラい人の決裁が降りないからどうのこうのということで、多少もめていた。
何を今さら。。。「できることは協力します」って、みんなの前でカッコよく言ってたじゃないですかね。
エラい人が決めたことに基づいて稟議文書を作って回したら、当のエラい人が思いつきで違うことを言い出し、その忠犬が稟議を途中で止めてるっていう状況。
上の人が現場を引っかき回してどうするんだっていう。
今日は午前中から昼にホンワカした空気に包まれてたので、余計にそう感じた。

会社帰りには、先月開通したばかりの山手トンネルを走ってみることにした。
私は道(特に酷道・険道)が好きで、新しくできた道もなるべく早く通ってみたくなる。
圏央道の八王子JCT~あきるのICが開通したときも、たまたまだが開通翌日に通ってみた。
今回は、わざわざ首都高速4号幡ヶ谷ICまで回り込む。
テレビ朝日の横を初めて通った。
で、そこのあたりから六本木通りに入るのだが、入る道が新しいのかカーナビ君が完全に迷っていた。
4年半前から地図更新してないもんね。。。

私は東京出身ではあるが北部だったので、南西部のほうはさっぱり縁がない。
東北沢駅のすぐ横で踏切につかまったので「この駅って京王井の頭線だったっけな?」と思ってたら、こんな電車が走ってきた。

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つまり小田急線だったわけです。
必要ないから乗らないしねー。
あと、井の頭通りの狭さが不憫でならなかった。
あんな狭い道でもバス路線。。。
例えて言うなら、浦和駅周辺から本太坂下(駒場スタジアムのすぐそば)までの国道463号みたいな感じ。

1時間近くかけて幡ヶ谷ICへ、そして待望の山手トンネルへ。
トンネル自体は山手通りの真下を走るので、ナビ上でも山手通りを忠実になぞる。
10分もかからずに走りきってしまい、まっすぐ帰るのに比べて約15km、1時間近く余計にかけて家に到着した。

そんな中、ママさんは姫の「若に触らせて」攻撃に参っているらしい。。。
私一人で遊んでるようで、なんだか申し訳ない。

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2007年8月 6日 (月)

草月展

土曜日に、北浦和の埼玉県立近代美術館に行ってきました。
ママさんが習いに行っているいけばな草月流の、埼玉県支部展という催し物でした。
ママさんは出展しているわけではないのですが、他の人の作品を見てインスピレーションを受けたいということだと思います。
お互いの趣味を高めることには大賛成なので、我が家の姫と3人で連れ立って行ってみました。

私にとっては、4年位前に日本橋高島屋あたりでやってた草月展にママさん(当時は結婚前)と行って以来です。
高島屋では数百点は出展されてたかと思いますが(ママさんの師匠も出していた)、今回のは一つの部屋に数十点が飾られていました。
「いけばな」でありながら、花だけではなく、例えば炭のようになった木だけで表現している作品もあったりする。
草月流って自由な表現が許されるいけばななんですね。

地下の巨大な展示会場には、竹で作った大型の作品がいくつも展示してありました。
ママさんが「この作品はいいなー、すごいなー」と言っていたひときわ豪快な作品があり、製作者の名前を見ると家元の勅使河原茜さんの名前がありました。
さすが家元の作品です。私のような門外漢にも「これはすごい」と思わされました。
竹の織り成すダイナミックな動きは、いつまで見ていても飽きないぐらいでした。
姫は「すべだいり(滑り台のこと)、すべだいり」と喜んでいました。
(有料展なので、いちおう画像は載せないでおきます)

埼玉県立近代美術館では「勅使河原宏展」が10月8日までやってるそうなので、それまでにもう1回見に来られるでしょう。
ママさんには名前がもらえるまでがんばってもらいたい!
そのためにはパパもできるお手伝いはするからね~

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