カテゴリー「浦和レッズ」の256件の記事

2009年12月15日 (火)

こんにちは柏木

私が大学生で部に所属していたとき、その部を途中で辞めていった人がいた。
比較的円満な辞め方だったので、以後もお付き合いをしていこうということで、辞めたその日に徹マン(徹夜マージャン)をしに行った。
そのとき名付けられたのが「さよなら&こんにちはマージャン大会」だった。
ちなみにその人とは途切れながらも付き合いは続き、今年に入ってからも一緒に飲んだりしている。

それはさておき、サンフレッチェ広島の柏木選手がレッズに移籍することが正式に発表された。
噂には出ていたが、正直驚いた。
今の状態のレッズに来てくれるとは…ありがたいことだ。

一昨年の9月に広島に1週間ほど滞在し、広島ビッグアーチに向かった日のこと。
レッズのユニを着て市内で食事していたら、店の人に「レッズは強いですねー」と話しかけられた。
「いやいや、サンフレッチェも佐藤寿人とか柏木とか、いい選手がいっぱいいるじゃないですか」と答えた。
当時から欲しい人材だったが、その柏木がまさかレッズの一員になってくれるとは思わなかった。

聞くところによると、決断するまでには広島の監督やチームメイトの後押しがあったという。
サンフレッチェ広島というチームは以前からレッズに次いで好きなチームであったが、今回は移籍することに悩む選手を快く送り出してくれた。
サンフレッチェにとっても必要不可欠な選手だったろうに、さらにJ2に降格するわけでもないのに、選手個人の考え、意思を尊重してくれた。
私の中で、さらに好感度がアップした。

柏木選手の来季の活躍に期待したいものです。
ケガだけには注意して。

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2009年12月14日 (月)

さよなら闘莉王

闘莉王がレッズから去ることが正式に発表された。

こうなってしまったから書くと、私は闘莉王の言動は見ていてあまり好きではなかった。
マスゴミを使って自分の意見を押し通そうとすることが何度もあった。
最終戦のセレモニーの時には5万人近くいる観客の前で社長のスピーチにソッポを向いていた。
いくら軋轢があったとはいえ、最後の最後まで大人気ない態度にはやはり失望した。

かつてはワシントンなども監督に反旗を翻したことがあったが、冷静になれば公式の場でもきちんと謝る人だった。
(結果的には溝は埋まらずに去っていってしまったが)
しかし闘莉王が謝ったなどという話は聞いたことがなかった。

そうは言いながらも、闘莉王のお陰でなんとか勝てた試合がいくつもあったことも事実。
選手としては、替えのきかない存在だったことは言うまでもない。
来季のセンターバックや得点源をどうするか、構想があった上でのクラブの判断だったのだろうか。
単に使いづらい選手だから切りましたというのは、プロのサッカークラブがやることではないはずで。
最近、このような喧嘩別れするような形で移籍していく選手の多いことが大変気になっている。

折しも、UAEではクラブワールドカップが行われている。
我々があの舞台にいたのは、たった2年前だ。
それを考えると、とても悲しくなる。

新天地での活躍を祈りたい。

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2009年12月 9日 (水)

サポーター仲間の訃報

年末を控え、知り合いの方から喪中につき新年のご挨拶を控えますという、年賀状の欠礼ハガキが届けられる頃となった。
多くは知人のお父様やお母様が亡くなったという内容だ。

しかしその中には意外なものもあった。
差出人は奥様だった。
5月に亡くなられていたのだという。

ご本人は、以前我が家からそう遠くないところにあるスーパーに勤務されており、買い物のときにお会いしたことも何度かあった。
シーズンチケットも持っていて、ご家族を連れてくるときはメインスタンドで参戦されていたが、ホームではほぼ毎試合お会いしていた。
物腰の柔らかい方で、レッズサポとしての限られた付き合いながら、感情的になっているところを見たことがなかった。
チケットの件を含め、我が家もいろいろとお世話になった。

しかし、数年前に癌におかされ、ご本人も病名を承知した上で闘病生活に入られた。
いつだったか、ホームゲーム開催日に発行される「マッチデープログラム」に投稿されていた。
試合日には病院の窓から埼玉スタジアムのほうを見ている、早く完治して再び埼スタに行きたい、そのために頑張ると書かれてあった。
私も時々気になって、メールしなきゃな、消息を知っていそうな人に聞かなきゃなと思ってはいたものの、ついつい怠っていたのだ。

まだ43歳だった。
私と5歳ほどしか離れていない。
まだ小学生くらいのお子さんが2人いるのに…一家の大黒柱を失って、どんなに辛いことだろうと思う。

早すぎるご逝去に、ただただショックとしか言いようがなかった。
知らなかったとはいえ、お通夜にも告別式にも行けなかったことが悔やまれてならない。
謹んでご冥福をお祈りしたいと思う。

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2009年12月 5日 (土)

J1第34節 浦和0-1鹿島

11時45分の並びから埼スタに行くと、やがてポツポツと雨が降ってきた。
試合開始直前になって本降りになった。

34試合通しての順位は、積み重ねなのだから今さらしょうがない。
しかし、この1試合にはどうしても負けてはならなかったのだ。
目の前で他チーム、しかもよりによって鹿島の優勝を決められたくないのであれば。

試合が始まってからも雨は弱まることがなく、いかにも浦和vs鹿島の試合にふさわしい天候だった。
1点リードされてからもまだ20分以上時間があった。
勝てないのなら、せめて引き分けて2003年の再来を期したのだが。

しかし、結局はあれが今のレッズの力なのだろう。
試合終了のホイッスルを聞くと、あとはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
本当に、言葉が出なかった。

鹿島の選手とサポーターの歓喜の姿を、別の世界で起こっていることのように見続けている途中、どうしても我慢ができなくなって喫煙所に逃げ込んだ。
一番見たくないことが目の前で展開されていることに気づいて、我に返ったのだった。
あの現場での心理状態で、素直に鹿島の3連覇を称えるなどということは、レッズサポとしてできるわけがなかった。

全てが終わる前にぞろぞろと帰る人の多い中、私はその後のセレモニー、スタッフや選手の場内一周やオーロラビジョンでの1年間の映像をパンツまでずぶ濡れになりながら最後まで見て、スタジアムを出た。

ここ3年間のリーグ最終戦では、
2007年:アウェーでリーグ優勝を逃す
2008年:ホームで1-6の大敗
2009年:ホームで対戦相手のリーグ優勝を見る
こんな後味の悪い終わり方が3年も続いてしまった。
情けない…悔しい…

去年、2代続けて監督が途中解任となっただけに、今回も1年で終わっては継続性がなくなってしまう。
ただ、私としてはフィンケ続投にはそれぐらいしか理由が思いつかない。

この1年のレッズのキーワードは、
「土台作り」
「コンビネーションサッカー・パスサッカー」
というところなのだろうが、果たしてどれだけ進化できたのだろうか。
若手にいくらかの経験値を積ませられたぐらいで、内容は進化したとは思えない。
去年はあれだけ頼りにならないとされていたエジミウソンがリーグ2位の得点を稼いだが、レッズには他に点取り屋がいない。
それが問題だと、テレ玉で実況をしていた上野晃さんが言っていたそうだ。

今季最終戦においても、イージーなパスミス、クリアかと思ったら相手へのプレゼントパス、バックパス、ゴール前での横パス、相変わらずの決定力不足…
セカンドボールを何度も拾って攻撃を仕掛ける場面もあったが、今年何度も課題とされたことが、最後の最後までよくはなっていたように見えなかった。
特に、ペナルティエリアの手前正面でシュートを打ってもいいところでサイドにボールを送り、精度の低いクロスを上げてはクリアされるという場面はもう見飽きた。
結局は他の誰かまかせなのだ。
シュート数で鹿島を上回ったとは到底思えなかった。
失点シーンだって、強くもないプレスで簡単にクロスを上げられ、アリバイ走りのようなマークで相手の2人に同時に走りこまれて決められた。

去年と同様、ホーム最終戦の後なので浦和駅東口のパルコに行って忘年会となった。
体調不良で埼スタには行かなかった、我が家のママさんと子どもたちも連れて行った。
今年の忘年会は、正直言ってあまり楽しくなかった。
ともすればこの日の屈辱を思い出し、思わずこみ上げてくるものがあった。
みんな陽気に飲んでたけど、たぶん同じような思いを隠していたのだろう、と思う。

23時過ぎに家に帰って子どもたちを寝かしつけ、「こんな1日は早く終わったほうがいいんだ」と言いながら、そのまま自分も寝た。

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2009年12月 4日 (金)

今季最終戦を前に

明日は今年のレッズの最終戦だ。
相手はあの鹿。

今年も不本意なシーズンになったが、最後の最後に意地を見せてほしい。
彼我の実力差は確かにあるかもしれないが、こっちはホームだ。
目の前で鹿の優勝だけは見たくない。
2003年最終節の再来を、今度は勝って実現してほしい。

明日は雨になるらしい。
思えば、6年前のその日も雨だった…

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2009年11月29日 (日)

J1第33節 京都1-0浦和

この試合は、スカパーでの中継をリアルタイムで録画するのを忘れ、深夜に再放送していたのを後半だけ見た。
結果をスポーツニュースで知った上で見たわけだが、それなりに攻め込んでいながらもあの一発で沈むとは、なんとももったいなかった。
いや、もったいないというよりは、決定力の欠如といういつまで経ってもなくならない課題が出た故に負けたということなのだろう。
ほんと、どうにかならんかね…

この日のJリーグは、柏のJ2降格、ゴン中山の磐田ホームでのラストゲームなどの話題があったが、私にとってはなんと言っても川崎が勝ったことだった。
12月5日の今季最終戦へのモチベーションが、いやが上にも高まることとなった。

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2009年11月21日 (土)

J1第32節 浦和3-2磐田

我が家の若が、ここ数日下痢気味になってしまっているそうだ。
最近気になるインフルエンザではないものの、いろいろと忙しい中で体調不良は心配なことだ。
というわけで、今日の磐田戦はママさんと若は家でテレビ観戦とした。
姫にどうしたいか聞いてみたら、パパといっしょがいいということだったので、連れていくことにした。
姫と2人きりで参戦するのは、これで2回目だ。
キックオフ1時間前に埼スタに着いた。

いやはや、劇的な試合だった。
相手ゴール前で左から右に揺さぶって、前半を1点リードで折り返したまではよかった。
普段からそういう動きができればよいのだ。
が、そのままでは終わるまいとは思っていた。

その通り、後半には磐田の前田に立て続けに決められて逆転を許してしまう。
試合中に姫をトイレに連れていって、スタンドに戻ってきたらスコアが1-1から1-2になっていて、ええーっと思った。

いつもならズルズルと失点し続けかねないところだが、この試合では選手の必死さ、ゴールへと向かう貪欲さが見てとれた。
前線の選手も守備に駆け回る。
セカンドボールをよく拾うし、シュートも打つ。
バーに嫌われても、相手選手に当たって跳ね返っても、波状攻撃で磐田ゴールを脅かす。

試合終了間際、達也がペナルティエリアで倒れこみ、足がつったのか伸ばしてもらいつつ担架に乗せられる姿を見て、大丈夫かと思いつつその気迫は嬉しいものがあった。
そして、このまま引き分けで終わるのはあまりにももったいないなと。
これだけ頑張っている選手の後押しをしようと、さらに力が入った。

後半ロスタイムのラストプレーで、ついに勝ち点3をもぎ取った。
後半37分に2-2に追いついたときにはまだまだ振り出しに戻っただけと思っていたのでやらなかったが、このときばかりは周りの人と誰彼構わずハイタッチし、ついつい涙腺が緩んできた。

ホーム埼スタで磐田相手の3-2というスコア、しかも後半ロスタイムで試合を決めたというのは、以前にもあった。
それは雨の中の試合で、ピッチが煙って見えるほどの悪い環境だった。
確かやはりラストプレーで、長谷部がドリブルで中央を突破して決勝点を挙げたのだった。
もう5年前のことになるというが、磐田戦といえば私には一番印象に残るシーンだったのである。
その再来となった。
余談だが、その5年前は会社の友人を2人招待しており、去年8月23日の磐田戦も客人を招いて参戦してもらった。
(さらに余談だが、その翌日から私のボウリング人生が始まった)

今日の試合はいろいろな事情で若手が出られず、中堅からベテランが頑張った試合だった。
確かに、土台づくりとか、コンビネーションサッカーとかいう観点からいえば、まだまだ疑問点はある。
しかしチームによって戦術の合う合わないはあるだろうし、まず大切なのは、選手の「勝ちたい」という気持ち。
それが見えた上での劇的勝利だったから、素直に気持ちよく帰れた。
こういう試合があるから、サポーターはやめられない。

姫も「勝ちたいよねー、勝ってよかったね!」と喜んでいた。
連れていってよかった。

サッカーボールを持っていっていたので、試合が終わってからスタジアムの公園の芝生で姫と遊んだ。
姫はキックの精度が前に比べて格段によくなり、充分にパスがつながって遊ぶことができるようになった。
それと嬉しかったのが、私が言いなさいと言わずとも姫が誰にでも「こんにちは」「ありがとう」と言えるようになったこと。
家の中に張ってある「ごわいさつをしよう!」という我が家の標語を意識してくれているようだ。

帰り道で焼鳥を計23本買って帰り、ママさんと若ともども祝勝会をしたのだった。
つくねはほとんどを若が食べ、口の中でモグモグしているのに次の串に手を伸ばすほどだった。

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2009年11月 8日 (日)

J1第31節 FC東京0-1浦和

NHK BS1で放送していたものを録画して、子どもたちが寝静まってから夜に見た。
相手はつい先日カップウィナーとなったFC東京。
いやはや、よく勝てたものだ…

前半はまさに眠くなる内容で、多少疲れていたので実際に見ながらうとうとしてしまった。
ただし、後半の出だし10分間だけは、レッズの選手の動きが見違えるようだった。
原口→高橋峻希とつなぎ、中央へ折り返した。
そこにはレッズの選手が3人4人といて、それはまさに最近では見られないような攻撃の形だった。
そのワンチャンスをものにして、レッズ先制。

しかし、その直後に原口が2枚目のイエローカードをもらって退場となってしまった。
あの主審もなあ…
そのあとは、とにかくガチガチに守ることだけに専念し、ほとんど画面左のホーム側でのみボールが回っていた。
必死に守っていた。
この際、内容はともかく勝ちにいくこと。
人数が減ってなおさらその意識が強まったのか、久々に勝利への気持ちが垣間見えた。
気持ちだけは見えた、では内容は?といえば、確かにそのとおりなのだが…
しかし、最近の試合では気持ちすら見えなかったことが多かったので、その点では及第点に戻ったというところか。

後半30分過ぎの「We are REDS!」と「PRIDE OF URAWA」は、あの場では最高の選手への後押しになったと思う。
あのコールとチャントを選択したコールリーダーを、この点では称えたいと思う。
(私としては、誰かの一存で封印せずに普段からやればいいと思うけど)
そして味スタに参戦されたレッズサポの皆さん、勝ち点3をありがとうございました。

(追記)
J'sGOALに載っていた、FC東京の城福監督のコメントの一部。

「本当に多くの駆けつけてくれたファンの方たちにはホームにも関わらず浦和レッズのファンに歌を歌い続けられ、非常に悔しい思いをさせました。
あれだけ歌い続けられるのは屈辱以外の何物でもない。我々が今できることは年間順位で浦和レッズよりも上に行くことしかない、それしかないと思っています」

歌い続けることは、相手に対しての効果はあるんだな…確かに、こっちが叩きのめされてたら、声も出にくくなるもんな。
サポーターの声が力になる(相手にとっては嫌なもの)というのは本当のことのようだ。
残り3試合もがんばろう。

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2009年11月 3日 (火)

スタジアムツアーに行く

11月3日は、6年前にレッズが初のタイトルを獲得した日。
今年もこの日にナビスコカップの決勝をやっていたが、そういう舞台にレッズがいられないというのはやはり寂しいものがある。

今月はいろいろと大変そうなので、休日はずっと家にいるつもりでいた。
しかし寒いけど天気はいいし、ずっと家にいるのももったいないと思い、少し出かけることにした。
10月31日に書いた、埼玉スタジアムのスタジアムツアーに行ってきた。
そのときの画像は、諸般の事情により後日アップします。
今まで北側ゴール裏でしか見たことがなく、せいぜいそこに到着するまでにバックスタンドからピッチを見ながら南から北に向けて歩いたことがあるくらいで、他の場所のことはほとんどわからない。
何度も行っているスタジアムの、初めての場所に入るのはなかなか新鮮だった。
11月14日の「スタジアム無料開放」も行ってみたいと思う。

ツアーが終わってレストプラザに戻ると、ちょうどFC東京がナビスコカップ優勝を決めたところだった。
ママさんと「どうせなら川崎が優勝すればよかったのに」と話していると、ツアーのガイドの女性が「レッズサポの方は皆さんそうおっしゃいます」と言っていた。

その後、スタジアムの公園にあるミニゴールのところで、家から持ってきたボールを使って姫やママさんとPK対決をした。
その間に、フラフラしていた若が公園内で歩き回っていたりした。
3人で探して、無事に見つけた。

家に帰ってからは、姫と遊び倒した。
「明日はパパはお仕事、姫は幼稚園だからね」と言ったのが効いたのか、寝てしまうと私とまた離れ離れになってしまうと思ったのだろう。
時々眠そうな仕草をしながらも、「眠い?寝ようか?」と聞くと「まだ眠くない」と言うのだった。
習っているバレエをベースにしたような踊りを見せてくれたり、手をつないで綱引きのように引っ張り合いをしたり、しまじろうの教材をやってみせてくれたりした。
結局23時半過ぎに寝室に行き、寝るときには先に寝ていた若の寝顔を見ながら「○○ちゃんは本当にかわいいねー」と言いながら、いつの間にか寝入っていたのだった。

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2009年11月 2日 (月)

「サッカーに別れはない」

職場の朝礼で、異動をするにあたってのあいさつをした(させられた)。
いつもより40分も家を早く出たので、かなり眠い。
今日は第1営業日なので、月末の業績締めの引き継ぎをしながらやっている。
一人でやるのなら気が楽だが、教えながらとなるとなかなかしんどいものがある。
さらに、休み明けの4日には新勤務地での朝礼があって、そこでもあいさつをすることになっている。
普段より1時間早く、6時前には家を出なければならない。
夜遅いのはともかく、朝早いのは嫌いなんだけどなあ。

ところで、その朝礼でのあいさつの中で、このような趣旨のことを言った。
ほとんど思いつきだ。

「ご存じの方もいると思いますが、私は浦和レッズのサポーターです。
昔レッズにいた監督が、こんなことを言いました。
"サッカーに別れはない"と。
サッカー選手や関係者には移籍が多いから、離れ離れになることはあっても、またどこかで会える、いっしょに仕事ができるということです。
我々の仕事についても同じことが言えると思います。
またぜひいっしょに仕事をしましょう。」

元ネタは、2001年の後半にレッズの指揮を執ったピッタ監督が退任時に言った言葉だ。
ここにそのときの全文が載っている。
簡潔ながらも的を射たその言葉が、私の脳裏に今も焼きついている。
サッカーではなく仕事だが、まさに今の私にぴったりな言葉なんじゃないかと。

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