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http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=365011&l=1385631
山登りは、登って終わりではない。
下山も重要な要素だ。
登るときは目線が地面(足の置き場)と近いから、体力(脚力)があればかなりの部分で事足りる。
仮に滑っても地面に手をつけるし、身構えることができる。
ダメージは大きくないことが一般的だ。
しかし下るときは目線が地面と遠いから、足の置き場を誤りやすい。
それなりの技術が必要になるし、滑ったら尻餅をつくぐらいならまだしも、尾てい骨を打ったりするとダメージが大きいし、背中側への対処はしづらいものだ。
さらに、歩く勢いがつき過ぎないようにするため、後ろに残した足で踏ん張るから、結局は脚力を使うことには変わりがない。
階段の昇り降りでつまづいたり転んだりしている人をイメージしてほしい、下りのほうがダメージが大きいことが想像できるだろうか。
今回、私は下山時のことも考慮して、山頂への登りでは意図的に太ももの筋肉をなるべく使わないようにしてきた。
1,100m以上の標高差を下るということは、太ももにかなりの負担をかけることは事前に承知していた。
山頂(トマの耳)から下山を開始した。
登るときと違い、今度は肩の小屋も眼下にはっきり見える。

この画像の中でひときわ高い山は、はるか遠くの八ヶ岳らしい。

下山は、登りで通ってきた天神平からの天神尾根ではなく、東に伸びる西黒尾根から巌剛新道を下ることにしていた。
同じ道を往復するよりは違う道を通ったほうがもちろん面白いので、私はいつも極力そのようにしている。
トマの耳から肩の小屋に降り、西黒尾根への道へ入る。
私の周囲にいた下山者は、全員天神尾根へ進んでいった。
分岐からしばらくの間は、それらの人たちの姿が見えた。

と、こんな看板が。

谷川岳にはロープウェイを使って気軽に入れるから、あえてこういう看板が立てられているのだろう。
自分は上級者じゃないよなあ、じゃあ中級者?西黒尾根と巌剛新道は2回通ったことがあるから大丈夫だよなあと思いながら、先へ進む。
(とはいっても前に通ったのは18歳と20歳の時だから、もう17年以上前のことなのだが)
西黒尾根は、下るには実に大変な登山道だった。
あとで知ったが、西黒尾根は日本三大急登に挙げられることもあるのだった。
つまり、下るときは日本三大急降下なわけである。
行き交う人も天神尾根に比べたらまばらもいいところ。
登ってくる人は時刻も遅かったからだがわずか1人、降りていく人は前方と後方にそれぞれ遠く見えるだけだった。
聞こえてくるのは風の音とそれに揺れる草木の音、あとは天神平から聞こえてくるロープウェイのモーター音だけ。
静かにマイペースで歩けて、それはそれで大変いいことだ。
大勢の人と同じ道を歩くだけが能じゃない。
出だしはこのような道。
傾斜もそれほどなく、歩きやすい。
ただ、道の先が見えないということは、その先の傾斜がかなりきついということを暗示していたわけだが。

湯檜曽川を挟んで、白毛門("しらがもん"という山名)が紅葉で美しく染まっていた。

この画像の中央で、いったん右に行きかけて左に曲がっているように見えるのが、これから進むべき西黒尾根だ。

ところで、登山道にはこのように岩にペンキが塗られているところがある。

これは、いわば「道しるべ」である。
今回のように晴れていれば、目視で道がはっきりわかることも多いが、ガスっていたりすると特に岩場では迷いやすいものだ。
そんなとき、このペンキは実に頼りになる。
晴れていても、ルートファインディングに迷うときには大変助かる。
山頂から100mほど下った「ザンゲ岩」を通過する。

進むにつれ、だんだんと傾斜が急になってくる。
岩が露出し、普通には歩けないところも出てくる。
難所が現れると、どこにどうやって足を置いて降りていこうかと数秒考える。
そして数歩先までの足の置き場が決まったら、おもむろに歩き出し、それをトレースする。
そして難所を過ぎたら普通に歩き、また難所が出てくると考える、の繰り返し。

山頂側を振り返ってみた。
こういうところを下ってきているわけである。

下の画像のようなところを通過する場合、どこを歩くのがベストだろうか?

靴底のフリクション(摩擦)が全面的に信用おけるものならツルツルの岩をそのまま通ってもいいのだろうが、それはリスキーだろう。
そもそもここは傾斜がかなり急だったので、私は画面左側のところどころ土で黒くなっているところ(草が生えている間際)を下った。
このように、都度都度「どこに足を置くか?どこを通るか?」ということを考え、短時間で答えを出すことが求められる。
そのときそのときの状況があるから、この場所に限らず正解はあってないようなものだと思うが、危険は最小限に抑えないといけないことは同じだ。
このへんの頭を使うところが、たまらなく楽しい。
再び山頂側を振り返ってみた。

場合によっては進行方向に背を向けて岩に向き合い、よじ登るのと同じ姿勢になることもある。
そして三点支持(両手両足の計4点のうち動かすのは1ヶ所だけで、残り3点で体を支持することを繰り返す)で慎重に降りていく。
具体的には、登るのと逆の動作で下を見ながら足がかりを探してそこに置き、次にそれまでよりも下のホールドを掴み、また足の置き場を探し、低いところを手で掴み。。。の繰り返し。
目から足までの距離は、登りに比べたら下りのほうが遠いことはさっき述べた。
さらに後ろ向きの状態では遠近感がつかみにくく、なかなか足元が見えにくい。
試しに、椅子に座った状態で自分の体越しに椅子の足を見てみたら、その見づらさが少しおわかりいただけるのではないかと思う。
これは、尾根が一番痩せている(=狭まっている)ところ。

この最も低くなっているところに立つと、左右が鋭く切れ落ちた谷になっているを同時に見ることができる。
どちらかに足を滑らせたら、大変な目に遭うことは想像に難くない。
やはり通過には細心の注意を払うべきところである。
こういうところのことを、よく「馬の背」なんて言う。
進行方向左手に、マチガ沢に残る万年雪が見えてきた。
(画像中央下の白っぽいもの)

厳しい下りはまだまだ続く。
この画像の一番落ち込んでいるところが「ラクダのコル」、その先の小高い山が「ラクダのコブ」だ。

今回の谷川岳では、カップルや家族連れ、また中高年などの様々な年代の人たちを見た。
西黒尾根の下りで、前方にいた4人組が休んでいるところを追い抜いた。
男1人、女3人の4人パーティーだった。
うらやましいですなあ。。。
通り過ぎるときに聞こえた話では、女性のうち1人は富士山に登ってから山にはまったらしい。
話は多少脱線するが。
私が学生のときにいた部は、登山だけをやっていたわけではなく、キャンプ全般を目的にしていた。
だから全員が全員山登りばかりしていたわけではなく、ほとんど山に行かない子もいたし、私自身も山以外のあちこちでキャンプした。
当時、女性のほうが多いパーティーを「ハーレムパー」と言っていた。
男性ばかりだと「野郎パー」。
私は学生のときに部の活動として51回キャンプに行ったが、野郎パー率が60%を超えており(つまり3回に2回は男しかいない)、ましてやハーレムパーだったことは覚えている限り2回しかなかったのだった。
閑話休題。
そのあと、今度は5人パーティーを追い抜いた。
こちらは男3女2だった。
追いつく前、彼らを眼下に見ながら岩場を降りていたとき、体をターンさせたら右ひざを思い切り岩にぶつけた。
「・・・っ」という、声にならない声が出た。
しばらくすると痛みは歩くには支障のない程度におさまったが、後で見たら今回は流血していた。
軽い擦り傷になっていた。
とりあえずは、膝の皿を割らずによかったと思った。
13:40、ラクダのコル(ガレ沢の頭)に着いた。

山頂からここまでの所要時間は1時間10分、標準コースタイムは1時間となっている。
コースタイムどおりいくわけないだろう。。。とヘトヘトになりながら思った。
ここで西黒尾根から巌剛新道が分岐する。

私が休憩していると、さっきの5人組が追いついてきた。
彼らはそのまま西黒尾根を下るようだ。
「これってなんて読むの?"げんごうしんどう"?道がはっきりしなくてなんだか廃道みたいな感じだねー」と、5人のうちの1人が言っていた。
私はずっと"がんごうしんどう"だと思っていたのだけど。。。どっちが正しいのだろう?
5人パーも4人パーも、そのまま西黒尾根を下っていった。
私は廃道みたいと言われた巌剛新道を下っていく。
最初こそラクダのコブを巻いていくので緩やかだが、やがて再び急降下になる。
このような鎖場が現れた。

さらには、今回初めて「ハシゴ場」があらわれた。
上から下を見下ろしたところ。

ハシゴに向き合う体勢で、三点支持で降りていく。
ちゃんと下を見て、足の置き場に注意すれば、さほど困難なものではない。
さらに先の数百メートル下を見ても、私の場合高所恐怖症ではないので何も感じない。
というわけでハシゴを降りきって上を見たところ。

同じ場所というか立ち位置から、振り返って今度は下を見ると。

ハシゴの次は鎖場なのであった。
いやはや、休まる間もない。
やはり岩場に向き合う体勢で下るが、ハシゴとは違って岩場では足の置き場を考えなければならない。
こういうところの鎖は、あくまで補助的に使うもの。
ホールドの代わりに片手は鎖をつかむという使い方だけでも、ないよりはまし。
鎖を両手で掴んで体重を全部かけると、えらいことになりかねないのだ。
やっとこさ鎖場を降り切り、振り返って上を見たところ。
このようなところを降りてきたわけです。

ハーハーいいながら降りていたが、それでも面白がって画像を撮るくらいの余裕はあるのであった。
まだまだ続く鎖場。

鎖場やハシゴ場が終わったら、このような道が続く。

このあたりになると顕著な岩場は減ってくるものの、滑りやすい石が露出した歩きにくい道が続く。
露出している石は、どれもこれも何かに磨かれたようにツルツルで、うかつに足を置くことができないのだ。
さらに前日の雨で濡れ、樹林帯の北側斜面だから全く乾いていないのだ。
いっそのこと、ドロドロでもいいから土だけの道のほうがよかった。
靴底のフリクションをきかせながら歩く。
バランスを崩したら滑って転倒してしまう、体重移動のしかたも大切だ。
ラクダのコルから50分歩いた樹林帯の中で休憩。
書くのが遅れたが、私は登山の時にはこういう便利グッズを使っている。

タオルマフラーは、汗ふき用に長さがちょうどよいのだ。
さっきまでは左側の遠くに見えたマチガ沢が、少しずつ近づいてくる。
「第一見晴」という展望台からは、大滝と呼ばれる滝がよく見えた。
(携帯のズーム最大限で撮影したので、見づらいと思いますが)

マチガ沢の上流に向けてカメラを向けてみた。
灰色、赤、黄色、緑と帯状になった紅葉が見事だった。

これから下る方向も遠望してみた。
こちらも紅葉がきれい。

この画像の中心あたりに、蛇行した白い道が見える。
これが国道291号(舗装路)だろう。
国道まで出れば登山道は終わりだが、果たしてどこでこの国道にぶち当たるのか。
この蛇行してるところまで樹林帯を歩くのか?
それともその手前で国道に出るのか?
どこまで歩いたら、あと何分歩いたら着くのかということは、結構疲れが溜まっていただけに精神衛生上も実に重要なことだった。
なお、実際にはこの画像を撮ってからその蛇行したところまで35分かかった。
やがて傾斜も緩くなり、相変わらず石は露出しているものの、それまでよりは歩きやすい道になった。
上から見た紅葉の中を、今まさに進んでいるというわけだ。

紅葉のトンネル。疲れも癒される。

登山道は途中で流水の中を歩くようになるが、その源はこの小さな湧き水。

手ですくって飲んでみた。軟らかめの水でおいしかった。
小さい沢の流れに、苔がまん丸にむして、かわいらしい滝になっているところもあった。

すでに太ももはパンパン、足も満足に上がらなくなっていた。
かといって体力に比べて集中力は落ちていなかったし、さらに傾斜が緩いから転んだりすることもなく、同じペースで淡々と下っていった。
そしてやっと、国道291号に出た。
さっき上から見た蛇行した白い道が、まさに国道と巌剛新道との分岐なのだった。
15:40、マチガ沢出合に到着。
地図の標準コースタイムと同じく、ラクダのコルから1時間50分かけて降りてきたが、もっと長い時間に感じられた。

マチガ沢の水の流れのそばにザックを下ろして座り込んだ。
もうヘロヘロだった。
西黒尾根と巌剛新道は、登りだったらまだ楽だっただろうに。。。下りは本当にきつかった。
ところで、私がなぜ西黒尾根ではなく巌剛新道を下ってきたかというと、一ノ倉沢を見に行きたかったからなのだ。
今まで一度も見たことがなかった。
すでに時刻は16時に近かったが、たまたま通りかかったパトロールの人に聞くと、マチガ沢から一ノ倉沢までは20~25分ぐらいだという。
「暗くなりだすとすぐ真っ暗になるから気をつけてね」と言われたが、どうせだったら行ってみよう。
国道291号は、紅葉シーズンは土合口駅付近から先は車両通行止めになっている。
車に気兼ねすることもなく、道の真ん中を歩いた。

学生から20代までにかけては、革でできた重登山靴(通称:気合靴、文字通り重い)を履いていた。
ついでにズボンもニッカボッカにロングソックスという、何十年か前のようなスタイルにこだわっていた。
青いキャラバンシューズも持ってはいたが、ほとんど使わなかった。
林道などを重登山靴で歩くと、靴自体の動きがほとんどないのと靴の中敷きにクッション的なものがないため、歩きづらくてしょうがなかった。
30代になって買ったトレッキングシューズ(GTホーキンス)は、舗装路でも楽だった。
しかし今回は太ももが限界近くまできていたので、ふくらはぎと足首を効かせて歩いた。
国道は傾斜がほとんどないのでさらに楽だった。
こういうところで"おにぎり"を見かけると撮ってしまうのは、酷道好きの悲しい性だ。

マチガ沢から歩くこと20分ほどで、左側にキャンプ場があった。

こんなところにキャンプ場があったとは、全然知らなかった。
谷川岳でキャンプ場といえばマチガ沢キャンプ場だけだと思っていたのだが。
そして前を見ると、今まで見たことのない絶景が広がっていた。

ついに一ノ倉沢が眼前に現れたのだ。
写真で見たことはあるが、自分の目で見ると広さが違う。
そして「こんなところを人が登るのか?」というくらいの絶壁。
とにかく、ものすごい迫力。。。
稜線が雲に覆われて見えないのも、一ノ倉沢らしくていい。

ああ、ここまで来てよかった。。。
沢の水をペットボトルに汲んだ。
上流部に営業小屋がないから、この水は安全だという判断をした。
もし小屋があると、トイレや排水の影響で大腸菌などが混じる恐れがあるのだ。
ところで国道291号は、ここ一ノ倉沢で舗装が途切れ、沢を越えるところで大きく右にカーブしたあとにダートになる。
幽ノ沢まで歩いてみたかったが、すでに薄暗くなっていたので今回は断念。

しばらくの間、一ノ倉沢を堪能する。
どれだけ見ていても飽きない。

セルフタイマーで撮った一ノ倉沢と自分。
急いで道の上に座ったので、ポーズが変だ。

名残惜しかったが、マチガ沢、土合口方面に向けて引き返す。
山の東側の樹林帯の中だけに、やはり時刻に比べて暗くなるのが早い。
マチガ沢出合でキャンプ場を探すが、看板が撤去されたような跡が。

キャンプ場らしく見えなくもないが、道も少々あやふや。
少し離れたところには、水場?らしき屋根も見える。

もう暗くなっていたのでそれ以上は行かなかったが、やはりマチガ沢キャンプ場は廃止になってしまったのだろうか?
ネットで調べてみても、はっきりしたことが書いてないんだよなあ。
確かに17年前と19年前にキャンプしたんだけど。。。
マチガ沢の名前の由来。

土合口に着くころには、そろそろヘッドランプが欲しいかなというくらいに暗くなっていた。
屋上の駐車場に停まっているのは、私の車だけだった。
土合口駅の正面玄関には、以前のロープウェーのゴンドラが記念として置いてあった。

今のゴンドラと比べてみると、その小ささがよくわかる。

JR土合駅や湯檜曽駅をのぞき、車で15分ほどの、谷川温泉の日帰り入浴施設「湯テルメ谷川」へ。

ここは露天風呂もあり、谷川岳登山のたびに寄る温泉である。
時間が遅かったので、畳敷きの休憩所でのんびりできなかったことだけが残念だった。
湯テルメ谷川から2時間半、22時に浦和に到着した。
ともあれ、無事に帰ってこれた。
谷川連峰の他の山にも行ってみたいし、他の山域にも行ってみたい。
来年は数回登りにいけるように心がけたいし、体ももう少し鍛えておきたいなと思った。
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