到着
18時25分、浦和に到着。
無事に帰ってこれました。
途中の道で、乗用車が1台真横に横転していた。
警察や救急車が駆けつけていた。
原因はわからないけど、皆さんもお気をつけを…
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18時25分、浦和に到着。
無事に帰ってこれました。
途中の道で、乗用車が1台真横に横転していた。
警察や救急車が駆けつけていた。
原因はわからないけど、皆さんもお気をつけを…
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この旅でも、いろんな人と出会った。
一人旅だと、未知の人と出会う可能性が間違いなく高くなる。
先週の火曜日、北海道に上陸したその日に、日本海側の増毛まで行った。
ここでは、去年のやはり一人旅のときに米沢市のJR峠駅で出会った「たわしネコ」さんと落ち合った。
たわしネコさんは自転車で日本一周をしている最中で、1年1ヶ月ほど経っている。
私も北海道に行くということになり、落ち合うに適した場所が増毛だった。
自転車旅をしながら登山もやるというパワーの持ち主で、増毛に来る数日前まで、大雪山系の縦走をしていた。
今度は利尻岳に登るそうだ。
私が増毛駅に着くと、もう一人の男性がいた。
この人も自転車旅をしている「タケ」さん(仮名)で、愛知県から3ヶ月ほど前に走り出したという。
たわしネコさんとは、今の旅の最中に会ったことがあり、増毛駅前に置いてあった自転車を見て「もしや」と思ったのだそうだ。
3人でジンギスカン鍋をつつき、たわしネコさんが炊いたお米を食べ、増毛の造り酒屋「国稀」の日本酒も飲んだ。
初日から思いもよらぬご馳走だった。
深夜まで旅の話に花が咲いたが、私が自分の話ばかりしてなかったか心配ではある。
2人と別れ、翌日泊まった音威子府村の天塩川温泉で。
朝、私がテントを畳んでいると、テントサイトの遠くでやはりテントを張っていたおじさんが寄ってきて話しかけてきた。
出発の準備ができたら、コーヒーをごちそうするからいらっしゃい、と。
荷物をバイクに積んでからお邪魔し、話を伺うと、列車に乗って天塩川温泉まで来たと。
2週間くらいはここでのんびりするのだという。
定年退職を期に、横浜から日高の新冠に引っ越したんだとか。
夏は2ヶ月ぐらい利尻島に滞在し、11月には沖縄の西表島に長期で過ごすという生活を、もう何年も繰り返していると。
利尻では漁業権を許可され(許可証を見せてもらった)、西表ではイノシン狩りが解禁になると地元の人に連れていってもらい、食べさせてもらったりもするらしい。
音威子府にも地元の人に知り合いがいるそうだ。
曰く、「移動するばかりじゃなく、一ヶ所でじっくり過ごさないと、そこの本当のことはわからない」と。
私などは、限られた休みの中で少しでも多くを見てみたいと思って、ついいろいろと走り回ってしまう。
しかし例えば、バイクで走ってて絶景なところがあり、写真を撮るために停車してエンジンを切ってみる。
すると、聞こえるのは風の音だけだったり、鳥や生き物の鳴き声がするくらいだ。
これがこの場所本来の"音"なのだ。
走り抜けていたら、エンジン音とヘルメットの風切り音しか聞こえない。
「本当のその場所の姿を知ること」という命題と、「少しでも多くの場所を知りたい」という欲求とのジレンマに悩まされ続けてきた私にとって、このおじさんの話は実に考えさせられるものだった。
だから、今回の旅ではなるべく多くのところで止まり、五感を使ってその場所を感じるようにし続けたつもりだ。
通り過ぎて後悔しないように。
おかげで、毎日毎日キャンプ場に着くのが日没寸前や日没後ではあったけど、ギリギリの選択だったと思う。
まあ、完全に両立できる、満足できる旅というのは、私がリタイアしてからのことになるのだろうけど。
話がそれたが、他にもいろんな人に会った。
音威子府駅で、名物の黒いそばを食べたときに会った旅の人とは、翌日にオホーツク海側の道の駅で立て続けに会った。
今回はレンタカーだが、バイクにも乗る人で、詳しくは聞かなかったが私と同様に埼玉から来ているらしい。
しかも廃駅を巡っているというのも、私と同じ…
網走の北浜駅の喫茶店では、店の女性(オーナーの奥さんらしい)と話をした。
あまり詳しく書くことはここでは控えるが、昨今の外国人ツアー観光客のマナーの悪さに困っているらしい。
雨の中走った一昨日は、道の駅まるせっぷで、歩いていたおじさんがナンバープレートを見て「雨の中大変だねー、大宮から来たの?埼玉?」と聞かれ、「いえ、浦和です」と訂正した。
富良野まで行くと言うと大変だねと言われたので、寒いけど雨の中の運転も慣れたし、好きでやってることですから、と答えた。
道の駅しらたきで雨宿りしていたら、若い男性に「自分もバイク乗ってるんですよ、これから気をつけて行ってください」と言われた。
三国峠では、私の赤骨の前に3台のヤマハ・セロー(オフロードバイクの車種名)が止まった。
3台とも成田ナンバーで、しかも連番に近い番号だったので、こちらから聞いてみた。
「先週の月曜日に大洗を出た船に乗ってませんでした?お見かけしました」と。
大洗港で乗船待ちをしたときも、その3台はやはり私のすぐ前にいたのだった。
皆さん50代くらいの人で、基本的には私が走ったのに近いルートを駆け足で巡り、その日は林道を攻めてきたらしい。
帰りのフェリーは大洗ではなく八戸行きで、そこから自走して千葉まで帰るのだという。
実に元気な人たちだった。
昨日、富良野の唯我独尊でカレーを食べていたとき、相席をお願いしますと店員に言われ、50代とおぼしきご夫婦と20歳くらいの娘さんの3人が同じテーブルに座った。
お父さんは私に「おじゃまします」と言いながら席についた。
カレーが運ばれてきて、写真を撮らなきゃ、お父さん入る?いや僕はいいよなどという会話が聞こえてきたので、「もしよかったら3人のところを撮りましょうか?」と声をかけた。
すると思いのほか喜んでくれて、「うわー3人で撮ってもらっちゃったー、いい記念になるね」と言ってくれた。
この店ではルーのお代わりができるが、そのときに「ルールルー」と大きな声で言わなくてはならないらしい(メニューにそう書いてある)。
私はとてもじゃないけど恥ずかしくてできなかったが、お父さんははっきりと大声で「ルールルー!」と言っていた。
家族連れだったら、私もやったかもしれない。いや無理かな。
私が先に店を出て、ライダージャケットを着こんでいるときにこのご家族が出てきて、また顔を合わせた。
娘さんが、私が店の中では着てなかったジャケットとバイクを見て「わぁー、かっこいいー、ライダーさんだったんですねー」と言った。
バイク乗りが奇異の目でじろじろ見られることが少なくないなかで、気恥ずかしくなるくらいの羨望の眼差し(?)を受けて、こちらも嬉しくないはずがない。
お父さんが「お一人で回られてるんじゃご自分が写真に入ることないでしょう、撮りますよ」と言ってくれて、唯我独尊の入口で撮ってもらった。
この旅で数百枚の画像をデジカメに収めたが、私が写っているのは北浜駅で店の女性に撮ってもらったのと、富良野でのたった2枚だけだ。
娘さんに「1人で(北海道を)回ってるぜ、っていうポーズをとってください」と言われたけど、いいポーズが思いつかなかった。
このご両親あってのお子さんと思わせる、感じのいい娘さんとご両親だった。
仲良さそうなご家族を見て、我が家の姫や若も大きくなったらあんなふうにママさんや私に付き合ってくれるといいな…と思った。
そういう意味で、逆に私が羨望の眼差しを向けていた。
そんなわけで、今まで書けなかったいろんな人との出会いをご紹介しました。
船の中は時間がたくさんあるので、キャンプ中では書きたくても書けなかったことをここで一通り出せた。
カジュアルルームには各ベッドごとに照明とコンセントがあって、携帯が電池切れにならないことも大きい。
長々となってしまいましたが、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
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苫小牧港では、乗船受付に長蛇の列ができていた。
やはりとことんシルバーウィークだった。
行きの船でエコノミールームの状態(各自のスペースの狭さ)を知ったので、受付でアップグレードできないか聞いてみると、ほぼ満席ながら偶然OKとのこと。
かくして、カジュアルルームで帰ることとなった。
エコノミーはいわば2等船室、カジュアルは2等寝台と言うクラスだ。
2段のベッドが6つで1部屋が構成されている。
1人分のスペースは大して広くないし、大部屋に比べて物音をより気にしなくてはならないものの、カーテンで仕切れるからその点は気は楽だ。
エコノミールームは、やはりほとんど埋まっていた。
船の表示を見ると、22時現在で青森県の尻屋崎の北東に位置しているらしい。
尻屋崎、去年行ったなあ…
台風14号から変わった低気圧の影響とのことで、海がいくらか時化ていて、先ほどからローリング(横揺れ)とピッチング(縦揺れ)している。
行きは全く揺れなかったが、揺れも船旅の醍醐味。私はおもしろく感じている。
船内は携帯が圏外となり、メールの送受信のために甲板に出ると、雨水だか潮だかが飛んでくる。
右後方には灯台の灯りが見えたが、あれは函館か恵山あたりなのだろうか。
帰りの船では、夕食をレストランでとった。
(行きは節約のため、ビールとつまみですませた)
自分にしては長旅の、最後の夜を飾るためのささやかな贅沢。
共同スペースのソファーで、女性が一人座ってうとうとしている。
エコノミールームじゃ不安で寝られないのだろう。
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17時ちょうど、苫小牧港に着いた。
乗船受付はかなりの混雑、連休だもんなあ。
いわばゴールデンウィークに旅してるようなもんだ。
今まで9月に休みを取って、どこにしろこんなに混んでいたことがなかったので、かなり面食らっている。
6年後?は気をつけないと。
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早いもので、北海道の夜も今夜が最後。
富良野にやってきた。
私が初めて富良野に来たのは大学1年のとき、今から20年前だ。
それから遊びで北海道を訪れたときには、スキーツアーの1回を除いて全ての機会に寄っている。
私が北海道で一番立ち寄っているのは、千歳空港でも苫小牧港でもなく、ここ富良野なのだ。
キャンプ場は太陽の里キャンプ場。
運転しながら数えてみたら、ここでテントを張るのは8回目だ。
その富良野で、20年前から必ず寄る店がある。
太陽の里からバイクで走ること15分。
富良野駅前の喫茶店「我夢舎楽」(がむしゃら)。
富良野駅前の再開発に伴って移転・改築されて以来、初めて寄った。
店内は以前の雰囲気を残していて、当然レイアウトは変わっているものの、相変わらず落ち着けて嬉しかった。
キャンプ場に戻り、NHKラジオ第一を聞いていると、今夜は道内で初の氷点下を記録するところがありそうだという。
確かにかなり冷え込むが、今日は気温8℃の中を濡れながら走ってきたので、それに比べたら楽なものだ。
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北浜駅を出たあと、網走を経由して内陸に向かった。
しかし今朝のラジオの天気予報どおり、進むにつれて雲が垂れ込めてきた。
寒冷前線が北海道を通過中だそうだ。
ついに雨が降ってきて、峠ではよりひどくなった。
対向車の明かりがヘルメットに反射して、前がとても見づらい。
辺りは真っ暗になり、当初の目的地にたどり着くのは厳しくなった。
道ばたの自販機の明かりでツーリングマップルを見て、まずは峠を下りたところの駅までたどり着こうと考えた。
峠の下では全く降っておらず、こんなにも天気が違うのかと。
しかしこの先の峠越えがどうかわからなかったので、無理をしないというママさんとの約束を守り、途中で今日の行程を終わらすことにした。
今は終列車が来るのを待っているところ。
話変わって、今日レッズはアウェーでフロンターレに0-2で勝ったみたいだ。
しかも後半に、ポンテと啓太という意外な得点者…
詳細はわからないが、ともあれ勝ってよかった。
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カラオケだと思ったのは、近くでやっていた「サンゴ草まつり」だった。
携帯の電池が切れかかっていたので今はアップできないけど、デジカメでは何枚も撮ったので後日載せます。
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当初の予定では、今日はサロマ湖まで行くつもりだったが、廃線・廃駅があるたびに止まっていたら全然進まなかった。
とはいえ、昨日と同様、1日の走行距離は220kmを越えた。
今朝猿払を出たのは9時ごろ。起きたのは7時ちょっと前。
そのころには、太陽は既にななめ45°まで上っていた。
1日の4分の1は無駄にしているわけで、これはもったいない…明日は早起きしよう。
というわけで、紋別市のコムケ国際キャンプ場でテントを張った。
コムケ湖の湖畔にあり、夕焼けがきれいだった。
しかし湖畔だからか蚊が多いので、蚊取り線香と虫除けスプレーが活躍している。
暗くなってから着いたのではっきりわからないが、他にテントを張るキャンパーはいないようだ。
炊事場から煙が立っていたので近寄って話してみると、子ども連れでBBQに来て、もう帰るところだという。
小学生くらいのお子さんで、別れ際には「気をつけてくださいー」と言ってくれた。
我が家の姫と若のことを思い出した。
他には車中泊(キャンプ場でなぜ!?)らしきおじさんが1人と、キャンピングカーが1台だけ。
明日からの連休は全国的に秋晴れが多いと言っているが、北見・網走・紋別では、明日は午後にあまりよくないらしい。
明日のルートは、途中までは海沿いだが、最後は内陸に入る予定。
さてどうなるか…
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夜空を見上げると、天の川が見える。
昨日いた天塩川温泉からも見えた。
キャンプ場には照明があって、決して真っ暗ではないが、それでも頭上にぼんやりとした白い帯が見える。
さすがに浦和の夜空とは全く違う。
それにしても、天の川を見たのはいつ以来だろう…
22時からは、NHKラジオ第二で「気象通報」を聞いた。
山をやっていたころには、これを聞いて天気図を書けることが必須と教わった。
今その用紙を持っているわけではないが、聞いていておおよその天気はイメージできる。
まずは明日は問題なさそうだが、台風が道内最後のほうの日程や帰りのフェリーにどう影響するか。
しかし、気象通報で入電する地名が昔とはかなり違う。特にロシア。
南鳥島の天気が「不明」なのも解せない。気象庁の職員が駐在しているはずなのに。
また、放送終了後には放送局名とコールサインが必ず読まれていた。
例えば「東京第二放送です、JOAB」などと。
しかし今日聞いたら「NHK第二放送です」でおしまい。
どこの放送局かわからない(747kHzは、たぶん札幌だと思うけど)。
これを残念だと思うのは、きっと昔BCLをかじったからに違いない。
余談だが、昨日の天塩川温泉と今日の猿払では、NHK第一は北見第一放送が一番よく入った。
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今日はオホーツク海側、猿払村のキャンプ場で宿泊。
日本最北の道の駅「さるふつ公園」に併設されている。
この道の駅では、7年前には昼食をとった。
無料だった昨日の天塩川温泉と異なり、テン場代が450円する。
予定では昨日が猿払、今日が天塩川温泉だった。
今日もお風呂に入った。ただし、源泉井戸から源泉の供給ができないため、水道水の沸かし湯らしい。
まあサッパリできたからいいや。
明日はたぶんお風呂はない予定。
最近の情報源はNHKラジオ第一だけだけど、鳩山内閣が昨日発足したのに続いて、今日はのりピーが保釈されたと言っていた。
NHKでも扱うんだなあと思った。
しかし、今日で旅の日程も折り返しか…早いような短いような。
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今日は浦和から北海道向けフェリーの出発点、茨城県大洗町まで走った。
この日の走行距離125.2km。
我が家の姫を幼稚園に送り、若を公園で遊ばせ、途中だった荷物のパッキングを済ませ、いろんなタイミングを見計らって荷物をバイクに積み込んだ。
浦和出発予定は当初13時を予定していたが、14時20分にずれ込んだ。
ママさんや若の顔を見ていると、本当に一人で出かけてしまっていいのだろうか…という罪悪感に似たような感情が、土壇場まで頭の中をグルグルしていたのだ。
もっとも、その強大な重力を振り切ってしまうと、宇宙の果てまで飛んでいくパイオニア11号のように、少しは吹っ切れた。
安全に運転していかないと、自分の身が危険に晒される。
そう、一人旅で一番憂鬱なのは、家を出る直前なのだ。
浦和から国道298号、常磐道、北関東道、東水戸道路を経て、2時間ちょっとで大洗フェリーターミナルに着いた。
彼方に今日乗る船が見えた(画像左側)。
画像には入っていないが、右側には大洗海岸が見える。
大洗港に来たのは、これが3回目。
大洗発に乗るのは初めてだ。
乗船手続きには、多くの人が並んでいた。
バイクは10数台、自転車が見た限り2台。
乗用車の人もいたが、意外だったのは女性の2人連れとか1人旅、外国人のグループなどもいたことだ。
目下首都圏から一番安く北海道に渡れる手段といえば、大洗-苫小牧航路なのだろう。
乗った船は、商船三井フェリーの「さんふらわあ ふらの」。
さんふらわあと言えばフェリーの代名詞ともいえる名前だが、この船は昔は東日本フェリー所属の「へすていあ」として、大洗-室蘭航路に就航していたそうだ。
余談だが、2005年に家族で北海道に行った帰りに乗った「さんふらわあ さっぽろ」と交互の運航となっている。
こちらも元は東日本フェリーの「ばるな」として、岩内-直江津や大洗-室蘭を結んでいたそうだ。
因みに、今では貨物専用フェリーにも「さんふらわあ」の名前がついているらしい。
時代である。
船内の案内図。
今では珍しくなった、テレホンカードも売っている。
今回はエコノミールームを取った。
いわゆる2等船室、雑魚寝だ。
私も東京-那覇航路をはじめ、数々の長距離航路の雑魚寝を経験してきたが、今回は異例だった。
自分のエリアが、じゅうたんの上であらかじめ区分けされている。
今までの2等船室は、先着順というかお好きなところにどうぞという感じで、めいめい好きな場所に陣取っていた。
しかしこの航路は違う。
狭すぎ…
オフシーズンだから船室がスカスカだったのが幸いだった。
また、狭いながらもマットレスがあるのを二等船室では初めて見たことは特記しておきたい。
まあ、夏場は大混雑するだろうし、場所をはっきりさせるためのものだろうけど。
ちなみに私は今までこの航路では全て個室を取っていたので、今回初めて知ったわけだ。
18時30分の出港を前に、早々とお風呂に入ってさっぱりした。
なんとサウナもあった。
夕焼けがきれいだった。
18時36分に汽笛が鳴り、大洗港を出港。
甲板の左舷のベンチに座って、遠のく大洗港を眺めていた。
ところで、井上陽水の曲に「つめたい部屋の世界地図」というものがある。
一人で船に乗るとき、いつも頭の中を巡る曲だ。
はるかな はるかな 見知らぬ国へ
ひとりでゆく時は 船の旅がいい
波間に ゆられて きらめく海へ
誰かに似てるのは 空の迷い雲
潮風に吹かれ 何も考えず 遠くを見るだけ
やさしさがこわれた 海の色は たとえようもなくて 悲しい
汽笛を ならして すれちがう船
こんにちはの後は すぐにさようなら
見わたす かぎりの 水平線の
かなたにあるだろう 僕の行く国が
とびかうカモメは 陸が近いのを おしえてくれる
はるかな はるかな 見知らぬ国へ
ひとりでゆく時は 船の旅がいい
一人での長距離の船旅は、2002年の東京-釧路以来。
家族とともにでも、2005年の新潟-小樽、苫小牧-大洗以来となる。
やはり、遠いところに行くには時間をかけて行くのがいいのだ。
夕食は缶ビール4本とおつまみで済ませた。
もちろんレストランもあるが、贅沢は往復ではしない、帰りだけにしようと思う。
船内は、近くにいた若い人をつかまえてカメラの性能がどうとか一席ぶつおじさんとか、ありがちな光景があった。
喫煙所で、北海道北広島市で行われるゴルフの全日空オープンのテレビ撮影に行くという人に出会った。
東京の会社ながら、社長が北海道出身とのことで毎年1回はこの航路で撮影車や機材車を積んで北海道に向かうそうだ。
スカパーの下請けとして、アルビレックス新潟のホームゲームの撮影にもよく行くんだとか。
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昨日、赤骨(ホーネット)をバイク屋さんに持っていった。
来週からのツーリングを控え、一通り整備点検してもらうためだ。
気になる点は、ヘッドライトが上向き過ぎているのではないかと感じていたので光軸調整をお願いしたのと、ブレーキ時にキーキーという音が時々すること。
ブレーキについては、パッドも残っているし、問題ないでしょうと言われた。
あとはエンジンオイルとフィルターを交換してもらうことにした。
250ccは車検がないので、時々は意識して点検してもらわないと後々困ることになってしまう。
今日になって点検の結果が来た。
上記のほかに、フロントフォーク(ハンドルと前輪をつなぐ部分)のサスペンションのオイルが漏れてますよと。
これは私も気づいていた。
当面は走行に支障ないとのことだったが、直すとなるとプラス1万8千円くらいかかるらしい。
ママさんに相談した結果、費用よりも安全第一ということで直させてもらうことにした。
買ってから8年以上経って、赤骨もところどころガタがきている。
北海道でのルートについても、おおよそ考えた。
4泊目までと6泊目はほぼ固めた。(どこかはまだ秘密)
あとは天候がもつのを祈るのみだ。
それはいいのだが、家族と1週間以上離れ離れになっていいものなのかなあ…という後ろめたさが消えない。
今日、私が会社にいるときに姫がテレビ電話したいということで、それが19時ごろにかかってきた。
私の顔を見てお話ししたかったそうだ。
姫は最初は大喜びではしゃいでいて、若がなぜパパが映っているの?という顔でキョトンとしながらその後ろにいた。
しかし数分話してからいざ切る段になると、姫は切るのはやだーと言って泣き出してしまった。
電話を切ったら今日はパパとさよならだと思ったかららしい。
私もなかなか電話を切れず、切るときも実に忍びなかった…
「パパが帰ってきたら起こしてね」と言いながら、姫は寝たらしい。
寝るときは一人で寝ると言い張りながらも、私と話したがってくれる。
こうもかわいいと、私の子離れができるかどうか…
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9日後の北海道行きを控え、おととい本屋に昭文社の「ツーリングマップル北海道」を買いにいった。
前にこの地図を買ったのは2000年の原付ツーリングのときで、2002年のホーネットでのツーリングのときはそれをそのまま使った。
2005年の車のときは、荷物を積む制約がバイクに比べて少なかったので、大判のマップル北海道を買って持っていった。
本屋の棚を探してみたが、関東甲信越や九州沖縄はあるものの、肝心の北海道がない。
近くを通った店員さんに取り寄せをお願いすると、2009年版はなんと完売なのだという。
ありゃりゃ、困ったなー…
9月に北海道に行こうという私のような人は、やはりマイナーなんだろう。
他の店舗にあるか探してみますとのことで、連絡を待つことにした。
そして昨日入荷したとの連絡が来て、めでたく入手することができた。
2009年版の表紙は、今回初めて走ってみようと思っている道北の某所なんだなあ。
こうして今年はメジャーになったから、きっと大勢のライダーがこの道を走り抜けたことだろう。
あわせて、「道内時刻表」も買った。
北海道を鉄道などの公共交通機関で旅行しようとする人にはバイブル的な存在で、私もかつて大学の部の夏合宿で北海道に毎年行っていたときはボロボロになるまで使い込んでいた。
道内の鉄道旅行に必要な情報は全て載っていて、それでいてかさばらないのがいい。
今回の旅で鉄道に乗る予定は恐らくないが、駅に立ち寄ったりすることは多いだろうから、列車の時刻を知っておくために買ったわけだ。
東京近辺の場合、どこの本屋にでもあるわけではないので、今回は秋葉原の書泉タワーというところに寄り道して買った。
余談だが、我が家にある最古の「道内時刻表」は1985(昭和60)年8月号で、私は当時中学3年生。
行きたくても行けなかった北海道への思いを、時刻表やガイドブックを買うという形で表していた。
なんといっても、当時の国鉄のキャッチフレーズが「エキゾチック ジャパン」である。
今となっては宝物だ。
他にもガソリンストーブ「MSRドラゴンフライ」のポンプを買ったり(プラスチック部分が割れて使えなくなっていたのだ)、徐々に準備を始めつつある。
泊まってみたいと思うキャンプ場も、道北を中心に3つ4つほど挙がってきた。
道内6泊というのは長いようで短いから、ルーティングが難しいものがある。
天気に恵まれるとも限らないので現地での予定変更もありえるし。
まあでも、悩むこともまた楽しい。
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いろいろ迷ったが、やはり私の中で北海道への熱は冷めていないようだった。
昨日、大洗から苫小牧へのフェリー(往復)の予約をした。
そのことで、ある意味腹が据わった。
(一人で北海道に行かせてもらうことは、それだけ勇気のいることである)
今までに北海道へは、交通手段としては鉄道・バス、マイカー、原チャリ、バイクで、目的としてはキャンプ(夏合宿)、登山、ドライブ・ツーリング、スキー旅行などで、合わせて20回近く行っている。
ここ10年では3回渡道した。
2000年 ディオ(原付バイク)
2002年 ホーネット(250ccバイク)
2005年 マイカー(家族3人で)
その3回でどこを巡ったかを、だいたいではあるが北海道地図に書いてみた。
3回とも通っているのは、釧路、層雲峡、国道273号の大雪湖から三国峠・糠平のあたり、そして富良野。
特に富良野には、スキー旅行での数回を除き、全ての機会に訪れている。
私にとって北海道の聖地といえる場所だ。
今回は、9/12(土)から23(水・祝)まで会社を休めることになった。
12日と23日は(たぶん)相模原ライズの試合、13日は浦和レッズのホームゲーム(山形戦)があるので、旅の行程としては14日(月)から22日(火)となる。
15日(火)の昼に苫小牧から入り、21日(月)の夕方に同じく苫小牧から抜ける。
道内で6泊する。
20日は富良野近辺でうろうろすることになると思うが、それ以外は全くの未定だ。
それにしても、ママさんには感謝だ。
去年も東北にソロツーリングに行かせてもらった。
独身時代ならいざ知らず、結婚してからもこれだけ一人で行かせてもらえるとは思ってもいなかった。
今回もママさんからの望みは、今のところ「花畑牧場の生キャラメルを買ってきて」だけだった。
私の周りの人にも、「奥さんは理解あるねー」とよく言われる。
普段の平日は、子どもたちと顔を合わせることはほとんどないと言っていい。
私が旅に出かけていても、土日を除けばそれとあまり変わりないといえば確かにそうではある。
しかし子どもたちがまだ小さいから家族での長期での旅行は無理だといっても、私の自由にさせてもらえることは本当にありがたいと思っている。
感謝しながら、これからそう多くはないであろうこういう機会を楽しみたい。
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私が会社に入って17回目の夏休みをどうしようか考えている。
私の勤める会社では、夏休みは特定の日に全員取るのではなく、それぞれがバラバラに取る。
今までは、私は9月の中旬にとることが多かった。
もともと敬老の日と秋分の日があるので、その分長く取れるのだ。
通常なら9連休がいいところなのに、最長で12連休取ることができる。
その時期に、北海道や四国・九州、昨年の東北(青森)へのツーリング、家族旅行では4年前の北海道、3年前の沖縄、2年前の広島・宮島に行った。
例外はお盆に岐阜県の郡上八幡に徹夜の盆踊り(郡上おどり)をしに行ったときと、長崎の対馬に8月の頭に行ったときぐらいだと思う。
今年も9月中旬に夏休みを取ることにした。
姫も若もまだ小さいので、家族での長期の旅行は無理である。
よってママさんの理解と勧めもあり、今年も一人でキャンプツーリングをしようと考えた。
で、目的地をどこにするかである。
去年は上述の通り東北に行った。
最初は漠然と"東北"だったが、途中からは青森県内をターゲットとして回った。
今までは北海道や四国・九州などの遠いところに目が向いていたが、本州にもいいところがたくさんあると改めて痛感した。
そこで今回は、東北シリーズ第2弾として秋田・岩手の両県を回ってみようと考えた。
この両県は通過したことがあるだけと言ってよく、旅の目的地として行ったことは青森・岩手を巡った1度しかない。
調べてみると、今はどこか書かないけど魅力的な行ってみたいところがたくさんある。
基本的には行き当たりばったりだが、1泊目はどのへんに、2泊目はどのへんになりそうかな…という、おおまかなルートも考えたりした。
しかし、心の奥底では、北海道に行きたいという気持ちがないわけではない。
北海道へは、上述のように生後9ヶ月の姫を連れてマイカーで行って以来、もう4年間足を踏み入れていない。
バイク乗りとしては(バイク乗りじゃなくても、でしょう)北海道はいつまでも、何回行っても憧れの地だ。
今年は12連休を取れるが、来年は同じように長期で取れる保証はない。
となると、やはり今年行くべきなのか。
はあ、どっちにしようかなあ…
でも、こういうゼロから計画を立案していく過程が、これまたたまらないんだよなあ。
(と、去年と同じことを書いてみた)
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昨日7月22日は、トカラ列島や奄美大島で皆既日食が観測できるという日だった。
日本の陸上では46年ぶりのできごとらしい。
残念ながら、現地(特に悪石島)の天候は最悪だったようだ。
今回脚光を浴びたトカラ列島(鹿児島県十島村)には、昔から行きたくて行きたくてしょうがなかった。
こういう離島には、私の性格として常に惹かれるのである。
時間のある学生のうちに行こうと思い、当時はインターネットもホームページもなかったので十島村役場の観光課にパンフレットの請求をし、それは今でも家に大切にとってある。
(余談だが、十島村役場は鹿児島市内にある)
当時は船が1週間に1便程度しかなく、学生の身分でもどうしても日程の都合がつかなかったため、未だに行けていない。
一度は行ってみたいものだと夢見ている。
奄美大島では、2001年~2002年の年越しをした。
仕事の知り合いで奄美大島北部の奄美市(旧笠利町)出身者がいて、その人の実家に泊めてもらったのだ。
海沿いの堤防の下にある家だった。
年末に東京から名瀬までバイク(赤骨)とともにフェリーで渡り、大晦日に友達のまた友達たちと飲んでいるうちに0時を回り、2002年になった。
友達のお母さんに作ってもらった「鶏飯(けいはん)」のおいしさが忘れられない。
1月1日は旧名瀬市の小浜キャンプ場に移動してテントを張ったが、このキャンプ場は受付・駐車場からテントサイトまで海岸沿いの歩道を歩かなくてはならない。
満潮で高波のときは歩道が海水に覆われるので、1月2日にテントを撤収したときは半ば命がけで駐車場まで戻った。
足元を勢いよく海水が流れるので足をすくわれないようにタイミングを計り、バイクシューズ(この間まで使っていたシンテーゼ09)がずぶ濡れになりながらも荷物を担いで3往復ほど走った。
そのときに携帯ラジオとバイク用グローブの片方を落とし、海に流されてしまった。
その日のうちに奄美大島の南に浮かぶ加計呂麻島に渡り、海岸でテントを張ろうとしたが強風で張れず、海水浴場のシャワー室で2泊した。
そこには屋久島から鹿児島経由で渡ってきたライダーがいて、離島の話を一晩ゆっくり語り合った。
4日には奄美大島に戻り、名瀬のガソリンスタンドの1kmほど手前でガス欠になり、友達に連絡してガソリンを持ってきてもらうという失態をおかしつつ、その日の飛行機で東京に帰った。
(赤骨は後日フェリーで東京へ無人回送)
ちなみに、その半月後には再び赤骨とともに沖縄本島に2泊3日で行くという、かなり動き回った時期だった。
日食の話に戻ると。
昨日は私も11時10分前後に東京の空を見上げてみたが、厚い雲に覆われて全く何も見えなかった。
私の勤務先の人は、思ったほど興味がないのか、曇り空に諦めていたのか、建物の外に出てまで見ようとする人は少なかった。
夜に家でニュースを見ると、お台場や六本木では薄雲の向こうに欠けた太陽が垣間見えたそうだ。
私が子どものとき、部分日食を見たことを今でも覚えている。
夏休みで家族(両親と弟)で長野に旅行に行き、その途中で車から降り、セルロイド製?の黒っぽい下敷きのようなものをかざしたら、確かに半分以上欠けていた。
今では目に障害が残る危険性があるからその方法ではダメと言われているが、当時はそんなことは言われていなかった。
調べてみると、それは1981年7月31日のできごとで、東京では59%欠けたらしい。
日本での皆既日食は、次は26年後の2035年9月2日、北陸、北関東などで見られるのだそうだ。
26年後といえば、私は64歳。
半ば本気で、次の皆既日食を見ることを励みに生きていこうと思う。
皆既日食を目の当たりにすると、きっと人生観が変わると思う。
しかし、そのころには今は幼稚園の年中さんの我が家の姫が30歳、最近ようやく歩けるようになった若が27歳。
そんな姿は想像つかないなあ…
そもそも、それまで地球は安泰なのだろうか!?
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7/12に買った、新しいヘルメットとシューズを試してみた。
天気は曇りで、30℃に達しないくらいの走るにはちょうどいい気温だった。
左が今回買ったSHOEIのMULTITEC(マルチテック)、右が8年前に買って今まで使っていた、同じくSHOEIのSYNCROTEC(シンクロテック)。
色は今までより青みがかった「パールグレーメタリック」。
両方とも、アクティブプロテクター(シールドとあごの部分(チンガード)が開閉する)を装備したシステムヘルメットだ。
アクティブプロテクターを開けると、こんな感じになる。
この状態で走行することはほとんどないが、何かと便利な機能である。
ツーリング中にちょっと停まってカメラを構えたいときなど、実に重宝する。
また、駐車場で誘導係の人と話したりするときにアクティブプロテクターを開ければ会話も楽だし、この日もその機能が役立った。
暑かったり息苦しくなったら信号待ち等のときに開ければいいし、うまくやればその間に給水もできる。
被ってみると、重さはフルフェイスよりは重いのだろうが(被ったことがないのでわからない)、シンクロテックとほとんど変わらないフィーリング。
従来に比べて左右の視界も広がった。
新品のシールドは、目の前にそれがあると全く実感できないくらい、景色がはっきりクリアに見える。
シンクロテックを初めて使ったときは、イコール公道を初めて走ったときでもあり、そんなことを感じる余裕もなかった。
マルチテックはシールドの左右に小さな白い部品がついているが、これは「ピンロック」といって、防曇効果のあるというPinlock fog-free sheetという部品をつけるための土台になるものらしい。
視界に入らないあたりにあるので、特段気にならない。
走行時の風切り音は、今までに比べて低い音になった気がするが、必要な音は充分に聞こえ、悪くない。
エアインテークを全て開けて走ってみると、風がヘルメットの中を通ることを実感できた。
シンクロテックにもベンチレーションはついていたが、マルチテックのほうが上をいっている印象。
このテスト走行時にはチンカーテン(ヘルメットとあごの間を埋めるもの)をつけていなかったこともあり、より風が入ってきた。
ちなみにチンカーテンはシンクロテックには最初から装着されていたが、マルチテックでは買ったときに付属していて、家に帰ってから着けた。
ワンタッチで装着完了。
ネックストラップ(あごひも)は、シンクロテックのワンタッチバックルに対してマルチテックはDリング式。
もはやワンタッチに慣れているので、都度輪っかの間を通すDリングは面倒ではあるが…
Dリングのメリットもあるのだし、こればっかりは慣れるしかないな。
最初ということもあり、多少頭が締め付けられる気もしたが、被っていくうちに慣れていくであろう。
上半分がスモークになっているシールドが標準で付属していたので、今度は晴れた日にこれを試してみたいものだ。
シールドの交換を家でやってみたが、これがウソのように簡単なのだ。
続いて、シューズのご紹介。
左がやはり8年前に買って今まで使っていたelfのSynthese(シンテーゼ)09、右が今回買った同じくelfのシンテーゼ12。
09のほうはだいぶ年季が入っていて、左足の甲は度重なるギアチェンジで穴が開いてしまっている。
12のほうの最大の特徴は、このように前部に吸気口、後部に排気口があることだろう。
この小さい網目から、エアーが靴の中を巡るという仕組みになっている。
履いてみると、09は多少重くて半ばブーツという感じがあり、乗車中は安定感があるが、普通の道を歩くときには少々歩きづらい。
もっとも、09で乗鞍岳に登ったときには違和感がなかったから、ちょっとした登山靴のようなものであった。
対して12は普通の靴とまではいかないまでも軽く、歩くときのフィーリングは全く違和感がない。
くるぶしまでガードされているので、乗車中も安心である。
例のベンチレーション機能は、実際に走ってみると40km/hを超えたあたりから効果を実感する。
特に、常に靴底が地面に並行した状態でブレーキペダルの上に添えている右足は風の通りがよく、スースーして冷えるほどだった。
足の甲の素材も、09のゴムっぽいものから12は硬質ラバーに変わり、耐久性は向上していそうだ。
一つ気になるのは、走っているうちに吸気口や排気口が自然に閉まる(開く)ことはないのだろうか。
今回はなかったが、長距離乗るような場合にはどうなるだろうか。
今回は約20kmほど走った。
行った先は、9月で閉店になるというクラブソルステーション岩槻。
我が家からほどよい距離にあるアウトドアショップで、ちょこちょこしたものはここで買っていた。
普段そんなに客がいるのを見たことがないのに、閉店セールの知らせが来たからだろう、店内は今まで見たこともないような混雑ぶりだった。
なんというか、弱った獲物に群がるハイエナのような…
いや、私も溜まったポイント(1,000円分ぐらい)を閉店前に使いきりに行ったのだから、同じ穴のムジナだな。
ヘッドランプの替え電球とランタンのマントル(発光体)を買って帰った。
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昨日、高校野球の予選を見たあと、家族4人で第二産業道路を北上した。
1月25日以来、約半年振りに上尾のライコランド埼玉店に行った。
私のヘルメットは、 SHOEIのSYNCROTEC(シンクロテック)である。
2001年4月29日、私が最初に買ったバイクであるホンダCB-1(中古)を、横浜の上大岡に引き取りに行く途中に上野のバイク街で買った。
この日は、初めてバイクで公道を走った日なのでよく覚えている。
余談だが、そのあと直接国立競技場に向かって浦和レッズvs鹿島アントラーズに参戦し(1-2で負け)、独身時代の我が家のママさんと初めて顔を合わせたのもそこである。
当時は付き合うとも結婚するとも全く想像していなかったが、そんなこんなで私の人生の一大ターニングポイントだった、記憶すべき1日だった。
それはさておき、シンクロテックのようなタイプは「システムヘルメット」というらしく、フルフェイスとジェットヘルの中間のような位置づけである。
つまりは、シールドとあごの部分(チンガード)が上下に開閉するというもので、この使い勝手は一度経験するとやめられないのだ。
強度的にはフルフェイス>システム>ジェットヘルということらしい。
で、1月にもシンクロテックの後継のMULTITEC(マルチテック)が欲しいなと思っていた。
しかし価格的に断念した。
今回、ライコランドからセールのハガキをもらったので、ママさんのお許しを得て買うことにしたのだ。
登山用やスキー用のプラスチック靴は5年が限界と言われている。
ヘルメットはそれらと同列に比較できないが、緩衝材の劣化などを踏まえると、買ってから8年経ったヘルメットでは万が一のときの保障がない。
普通は3年くらいが寿命と言われているようだ。
今回のセールでは、25%オフとなっていた。
待っててよかった。
色はワインレッドがいいなと思っていたが、ウェアもバイクも赤が基調なので、頭から全身赤っぽいというのはさすがに気が進まない。
現物を見て、パールグレーメタリックにした。
上半分にスモークが入っているシールドが標準でおまけとしてついているのは、なかなかお得だ。
ただ、ストラップ(あご紐)が今までのようにワンタッチバックルではなくDリングで締めるというのは、使い勝手としてはどうなんだろう。
使ってみないとわからないが、退化したような気もする…
あわせて、靴も買った。
今まではelfのSynthese(シンテーゼ)09という、ハイカットの靴を履いていた。
これも日時までは覚えていないが2001年に買ったもので、多少蒸れるもののそれなりの防水性があり、長距離ツーリングのときは疲れにくくて重宝した。
しかし、使って1年ちょっとした2002年9月には左足の甲の表皮が破けてしまった。
私の乗っているホーネットはギアが6速まであるが、6速で走っていてもその上にギアがあると思ってしまい、幻の7速にシフトアップするために左足を蹴り上げてしまうことが多いのだ。
もちろんシフトレバーは上には動かないので、それで甲の部分を余計に傷めてしまったのだろう。
そのせいか、雨中の高速で1時間ほど走っていたら、あっさり浸水したこともあった。
シンテーゼ09の後継といえるterre(テラ)01も考えたが、今回はもっと軽そうなシンテーゼ12を買った。
通気性能がよさそうなことと、デザインでこれを選んだ。
色はやはり赤にしようかと思ったが、試し履きしてみると思ったより色がどぎつかったので、ヘルメットに若干合わせてブルーメタルにした。
こちらは10%オフ。
ヘルメットと靴を替えるということは、乗車フィーリングに大きく影響を及ぼすこと。
今回は車で買いに行ったのでまだだが、試してみたらインプレを載せたいと思います。
ライコランドからの帰りに「くら寿司」に寄って夕飯とし、家に帰ったら疲れてそのまま寝てしまった。
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標高1,351mの十石峠に着いた。
Wikipediaによると「かつて米のとれない上州地方西部の山間部に、信州佐久平から一日十石の米を運び込んでいた道であることからこの名がつけられたとされる」という。
往時は大変な苦労があったのだろう。
ここから先は長野県。

長野県側に下るR299を見る。
片側1車線とか、センターラインなどというものを、この道は忘れたかのようだ。

走ってきた群馬県側のR299。
看板のくたびれ具合が、群馬県側におけるこの道の存在価値を表しているのだろうか。

国道と言いながらも、この道を管理しているのは県なので、このような温度差が起こると思われる。
国がやっている事業ならば、片方だけよくするということはありえないだろう。
以前、十石峠を境に長野県側では整備が進んでいるものの、群馬県側では遅れていると本で読んだことがあった。
峠のわずかに長野県側には展望台があり、その看板には「さくまち」(佐久穂町の前身の旧佐久町=長野県)と書いてあったりする。
力の入れ具合が、このあたりにも見て取れる気がした。

展望台に登ってみると、妙義山や赤城山など、上州の山が一望できた。

峠でしばし佇む。
まあしかし、こうして見ると、私の赤骨はやっぱりスタイルいいなあ。

十石峠には私一人かと思いきや、そうでもなかった。
私がいた20分ほどの間に、バイク乗りで先にいたのが3人、後から来たオフローダーが5人くらい、車で来たのが2組と、通過していった車も数台あった。
もっとも、必要に迫られて通っていたのはその通過していった車ぐらいで、あとはツーリング(またはドライブ)でわざわざ通っているのだろう。
酷道を堪能したあと来た道を戻り、再びR299を今度は東へ向かう。
道の駅上野に立ち寄った。

この道の駅は、Wikipediaでは「中心施設は、全国でも一二を争う小ささとなっている」とある。
なるほど、入ってみると確かにとても小さい。
農産物の直売所があったりするわけでもなく、観光施設のチラシがいくつか置いてあり、あとは係りの人がいるレジと来客用のベンチがあるだけ。
しかし、ふと入り口にあるソフトクリームメニューに目が止まった。
「十石みそ」味ってどんなのだろう?

各地によくある、ご当地メニューのようだ。
私はアイスクリームの類は普段そんなに食べないが、買ってみた。
見たところ、普通のバニラアイスと変わらない。

食べてみると、うーん、味噌の味がする。
最初は違和感を感じたが、食べているうちに慣れてきて、慣れてくるとおいしく感じ始めた。
いや、これは結構うまいかも。
少なくともハズレではない。
メニューに載っている他のソフトクリームも試してみたくなるのであった。
この時点で16時半となり、あとは家に帰るのみである。
R299からR462に入り、東へ神流川ぞいに下っていく。
集落のところで一部狭くなっているものの、おおむね片側1車線のかなり走りやすい道だった。
大きなアップダウンもなく、進行方向右側を流れる神流川を見ながら走ると飽きもこない。
時々見える、夕日に照らされて黄金色に輝く川面が美しかった。
鮎を釣っているのだろう、川の中に入っている釣り人が多かった。
本庄児玉ICから関越自動車道に乗る。
さっそく渋滞していたが、花園ICから嵐山小川ICの間の緩い登り坂の途中で、周りの車のスピードは一気に上がった。
登り坂で知らぬうちに速度が落ちて渋滞するという現象だったのだろう。
その後は快調に走れて本庄児玉ICから所沢ICまで所要1時間弱、料金はETC割引で900円だった。
前回の給油から350km以上走り、燃料がギリギリではあったが浦和まで粘って走りきると、16リットルのタンクに入ったガソリンは13.5リットルほど。
つまり、まだ余裕があった。
燃費はざっと26km/lといったところで、なかなかの高燃費だ。
今回の行程の走行距離は295.2km、所要時間は約9時間だった。
19時半過ぎに家に帰ると、我が家の姫が「パパといっしょにごはん食べる」と言って起きて待っていてくれた。
かわいいねえ…嬉しいねえ…
遅くなってごめんね。
家に帰ってホッとして気持ちが弛緩すると、体の節々が痛い。
アクセルと前ブレーキを握る右手、クラッチを握る左手、後ブレーキを踏む右足、ギアチェンジをする左足。
それに体全体に筋肉の疲れが出てきた。
そう、バイクに乗るということは心地よい全身運動なのだ。
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3月21日以来、約2ヶ月ぶりに赤骨のエンジンをかけた。
6月の第一土曜日/日曜日は私の経験上比較的晴れることが多く、6日は雨のち曇りだったものの7日は予想通り晴れた。
梅雨入り前、真夏になる前の貴重な1日を、昨年に続き日帰りツーリングでバイクと戯れることに使わせてもらった。
10時過ぎに浦和を出発、R463を西へ走って所沢を通過し、入間からはR299に入って飯能へ。
飯能までの道は延々と市街地が続き、走っていて全く面白くない。
高麗川に沿って蛇行して走るようになる飯能以西になって、ようやく走って楽しい道になる。
正丸トンネルをくぐり、道の駅あしがくぼで休憩を入れたのち、秩父市に入る。
今回の目的地は、埼玉県秩父郡小鹿野町にしようと思っていた。
この町には私は行ったことがなく、なおかつ以前からバイク雑誌やネットを見て私を惹きつけてやまないものがあったのだ。
それは「安田屋のわらじカツ丼」。
トンカツが2枚乗っているという丼を、ぜひこの目で見て賞味したかったのだ。
今回は秩父市をスルーし、R299を進む。
R140との交点から、今どきこんなバイクに乗っている人たちがいるのか…というような一団の後をついていかざるをえなかった。
あんな改造をして車検に通るのか不思議だったが、彼らは赤信号などの交通ルールはちゃんと守っているのであった。
R299は秩父から小鹿野の間で北に湾曲しているが、なぜだか走ってみてわかった。
簡単に言うと、地形に対して無理していないのだ。
さて小鹿野に入り、安田屋を探すが、どこにあるのだかさっぱりわからない。
ツーリングマップル(バイク用地図)を凝視し、ありそうなあたりをグルグル回ってみるが、全く見つからない。
20分近く探しただろうか、狭い路地に面した安田屋をようやく見つけた。
時刻は13時40分過ぎ。

やれやれと思って店内に入ると、先に食べている人たちが一斉にジッと私を見る。
その雰囲気に違和感を感じながらも荷物を置いて店員さんに声をかけると、「もう売り切れましたよ、表に書いてあると思いますけど」と言われた。

なるほど、昼の部は売り切れね…
確かに、昼を過ぎると売り切れになることが多いとは何かで読んでいた。
しかしまだ食べている人で席が埋まっているということは、私はタッチの差で間に合わなかったのだろう。
さっきの店内の視線は、食べられた人たちの食べられなかった人に対する優越感のこもった視線だったわけだ。
悔しいというよりも、とりあえずは場所がわかったことで納得した。
しかし17時まで待つのもバカバカしいので、地図を開いてみた。
この先には埼玉・群馬県境の志賀坂峠があり、その先で東に針路をとれば関越自動車道の本庄児玉ICに出られる。
同じ道を戻るよりも、周遊したほうが面白そうだ。
小鹿野から志賀坂峠への道で、今回初めて隘路(片側1車線ない道幅)が出てきた。
やがてヘアピンカーブがはじまり、途中で走ってきた道を見下ろせるところがあった。
車ではなかなか停まれないが、その点バイクなら安全に停まることができる。

こういう走って楽しい道なだけに、数多くのバイクとすれ違った。
私と同じく、梅雨入り前の貴重な1日を走りに来た人も多かったのだろう。
道路わきにある「ただいまの気温」の表示は、今回の行程では最高で29℃となっていた。
しかし走っている分にはちょうどいい塩梅だった。
志賀坂峠そのものは眺望もなく、トンネル1つを抜けておしまいなのだが、その先は群馬県神流町である。
日本で最初に恐竜の足跡の化石が発見されたところらしく、あちこちにそれをアピールする看板や施設があった。
途中でバイクを止め、地図を見て、今回の最終目的地は十石峠にしようと決めた。
ところで国道299号は、長野県茅野市を起点に埼玉県入間市に至る200km弱の国道である。
かつて国道の日本最高地点(標高2,127m)だった、北八ヶ岳の麦草峠などを通る。
茅野市から麦草峠を経て佐久穂町と、秩父市から入間市は通ったことがあるが、今回は大部分が初めて走るところだ。
その未走行区間、特に群馬・長野県境が、私の大好きな"酷道"だったのである。
神流町から上野村に入り、R299はしばらくは快適な片側1車線をキープする。
上野村は24年前の日航機墜落事故の現場となったところで、走っていると「慰霊の園」などの看板が見えた。
神流川沿いにさかのぼり、群馬r45を分けるところで、このような看板が出てきた。

残念、ここから先には進めないようだ。
少なくとも途中で引き返さざるをえないことになる。
十石峠へ行くのは諦めようとも思ったが、よくよく見ると迂回路が設定されている。
というわけで、矢弓沢林道を通って目的地を目指すことにした。
ぶどう峠へ向かう県道から別れ、矢弓沢林道を進む。
県道と林道の違いが、ここでは如実に現れている。

バイク×バイク、バイク×車ならすれ違いに問題はないものの、車×車では退避する場所に困るであろう。
そんな国道に限らず酷道好きにはたまらない、極上(?)の道が続く。
もっともそんな余裕を感じていられるのも、こちらがバイクだからということは否定できない。
なにしろ退避スペースが極端に少ないのだ。
向かいから車が来て、こちら(車)が退避スペースまで後退している間に後ろから別の車が来たりしたときのどうしようもない感といえば…私にも経験がある。

かなり登ったところでR299と合流するが、やはり国道とは名ばかりで林道と見分けがつかない、その延長のようなものだ。
実はR299の通行止めになっている部分より、今通ってきた矢弓沢林道のほうがまだマシだという話。

空へ向かって飛び出すような登り坂を走りきると、目指す十石峠が近づいてきた。
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今日は3連休の中でも最も天気が安定しているとのことだったので、久々にバイクに乗った。
14時から磐田vs浦和戦をスカパーで放送していたが、子どもがいるとリアルタイムでは落ち着いて見られないし。
今回、赤骨にあるものをつけてみた。
それは電波時計。
今のバイクは最初から時計を装備してある車種も多いが、ホーネットにはついていない。
過去には、普段使わない腕時計をハンドルにつけたりしてみたものの、走りながらでは見えづらいという欠点があった。
高速道路に乗ったり、夜間走るときは、パッと見られる時計が便利なのだ。
この電波時計は、先日ライコランドに行ったときに買ったもの。
このように表示が大きく、視認性は良好だ。
バックライトもついているので、夜も時刻を確かめることができる。
ちなみに、赤骨にカスタムめいたことをしたのはこれで2つめ。
他にはナンバープレートに荷掛けフックをつけた以外、全くのオリジナルのままだ。
(バイク用ETCの装着はカスタムとは言わないだろうから)
今日は今まで行ったことのない、秩父の先の小鹿野に行こうと思っていた。
しかし出発時刻が遅くなってしまったのでそこまで行くのは断念し、目的地をもっと近くに変えた。
面白いものが見られる場所へ。
(つづく)
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都内某駅で見かけた、ホンダVTRのポスター。
「VTR」というネーミング、VTシリーズの"R"だということはわかるんだけど、VTRといえばどうしても映像関係を連想してしまう。
それはさておき、これほど大きくバイクが宣伝されているのは珍しいのではないだろうか。
なんとなく、「バイクは悪」というイメージがあるのか、特定の車種のCMはタバコのCMと同じようにテレビでは絶対やらない。
原付のスクーターのCMも昔は見たが、今ではそんなにやってないのでは?
ましてや、テレビ以外でも原付以外のバイク(ビクスク含む)の広告といえばバイク雑誌で見るぐらいで、一般の人が目にするところで見かけることはまずなかった。
それだけに、このポスターを見たときは嬉しかった。
業績不振が伝えられ、数々のレースからの撤退を表明しているホンダの、しかも一般受けするとは思えない「バイク」というカテゴリーであることも含めて。
バイクがらみのCMといえば、報道ステーションを見ているとたまにやっている、ヤマハの企業CMはかなり好きだ。
今のバージョンでは、ヨーロッパアルプスかどこかをタンデムで走るシーンが流れ、滝が流れる崖の下を短いトンネルが貫いている。
こういうところを走ってみたいなあ。
山のふもとの駐車場にライダーたちが集まるシーン。
私はほとんどがソロツーリングで、友人と2人で連れ立って日帰りツーリングをしたことが2回あるだけ。
マスツーリングはしたことがないが、見ていて楽しそうだ。
ヤマハのCMは、昔からバイク乗りの心をくすぐるものがある。
将来クルーザーでも持つようになったら、ヤマハ製エンジンを積んだ船を買ってみたいと思わせる。
バイクを含め、ヤマハ製品を一つも持っていない私が言うことではないか…でも気になるメーカーではあるんだな。
話は戻って、今のホンダのバイクでの一押しはVTRということなのだろうか。
VTRがFI化で復活したということは、ホーネット復活も期待していいのかな?
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また昼まで寝てしまった。
せっかくの休日なのにもったいない…
14時半ごろから家族で外出した。
先週、私のバイク"赤骨"のエンジンをかけたとき、保管時にかけているカバーの一部が破れかかっていたので、それを買いにいったのだ。
どうせ行くならと、私はエンジンの慣らしを兼ねて赤骨に乗っていき、ママさんは子どもたちを乗せて車でついてきてくれた。
約3ヶ月ぶりに赤骨で公道を走ったが、エンジンの回転がなかなか落ち着かず、信号待ちで停まるとエンジンも止まることを繰り返した。
チョークをひいて回転数を上げ、アクセルを吹かし気味にして発進せざるをえなかった。
そろそろオーバーホールに出さないとならないかなとも思ったが、目的地に着くころにはエンジンの回転も落ち着き、とりあえずは一安心。
走っている最中にエンジンが止まったりしたら、恐怖以外の何物でもないが…どちらにしてもそろそろバイク屋さんに見てもらったほうがよさそうだ。
向かった先は、第二産業道路(県道1号および5号)を北上し、さいたま市から上尾市に入ってすぐのところにあるバイク用品店、ライコランド埼玉店。
バイクにしょっちゅう乗っていた昔は1月に1度くらいは行ったものだが、今回はおよそ1年ぶり。
目当てのカバーのほかに、ヘルメットのシールドの曇り止めと撥水剤、「スロットルアシスト」(グリップを握らずに手のひらでアクセルを制御できる部品)、それにバイクにつけるための電波時計を買った。
私のヘルメットは、使い始めからもう8年近く経っており、間違いなく耐用年数を超えている代物。
そろそろ買わないとなあと思ってはいるが、私のヘルメット(SHOEIのシンクロテック)の後継の「マルチテック」はおよそ5万円するのだった。
使い勝手がいいのでフルフェイスとジェットヘルの中間のこのような形状がいいのだが、金額的においそれと手が出ない。
今回も計1万円強の買い物になったが、すっかり忘れていた誕生月の割引制度があり、5%オフ。
さらに会員カードのポイントがたまり、2,000円分の商品券ももらった。
子どもたちをママさんにお願いして、私は目当てのものを探していたが、店内には姫が私を探す「パーパー!」という声が響き渡っていた。
そのたびに姫のところに行く私。
往復25kmほど走り、日なたを走る分には気持ちよかった。
しかし日陰はやはり寒かった。
信号待ちのとき、何回かママさんの運転する車の横に停まり、助手席に座っていた姫と話したりした。
姫は、車の中でかけていた英語のうたのCDに合わせて「パパパパパパ~♪」とずっと歌っていたそうだ。
私のバイクが見えなくなると「パパはどこにいっちゃったの?」と言ったり、私に手を振ってくれても私が気づかなかったときには「せっかく手を振ってるのにパパは気づいてくれない…」とママさんに愚痴ったりしていたらしい。
バイク置き場に着き、新しいカバーをかけて、気になっていたことがやっとすっきりした。
普段目の届かないところだから、やはりちゃんとした状態で保管しておきたいものだ。
家に帰り、子どもたちに先に夕飯を食べさせ、一緒にお風呂に入った。
明日からまた幼稚園だからと早めに寝かせると、子どもたちは前日のようにママの奪い合いをするでもなく、あっという間に寝てしまった。
疲れてたんだね。
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先日ブログに書いた続き、「キリン」の3巻と4巻を借りて読んだ。
「POINT OF NO-RETURN!」編の続きと「CRAZY BROOD LINE」編。
擬音ばっかりだから読むのはきっと早いですよ、と貸してくれた会社の若者は言っていたが、どうしてどうして。
主人公"キリン"の心の叫びがふんだんに詰まっている。
例えば3巻冒頭のこのセリフ。
空虚を糊塗する抽象性と・・・有り合わせの言葉は馴れ合いの社交術でしかないのだ
平均化された精神などに浸ってはいられない
バイクに乗っているときに「今日は何食べようかなあ」とか、大したことを考えているわけでもない私とは大きく違うのだ。
そして、ポルシェ乗りとのバトルの連続、そしてそれに絡む他のライダーや白バイとのやりとり。
よく死人が出ないものだと思う。
(そりゃあ創作ですって)
由比と興津の間の薩た(さった)峠からの、富士山を遠くに見る海岸線は見事だ。
私は車もバイクも乗るが、トータルで見て速いのはやはり車だと思う。
バイクはたぶん加速では車の比ではないだろうし、瞬間最高速度も遜色ないと思うが、長い距離を走ると差は歴然としてくる。
スクリーンやカウルがある車種では、前からの風圧もほとんど感じないらしいが(私はネイキッドしか乗ったことがないのでわからない)、エンジンの振動や路面の凹凸がもろに来る。
まあ、気持ちいいときもあれば快適じゃないときもあるからこそバイクは面白いとも言えるのだが。
それにしても、ずいぶんかっ飛んで…
実は、携帯でWikipediaを開いて「キリン」を検索したとき、「POINT OF NO-RETURN!」編の結末をうっかり読んで知ってしまったのだ。
「▽ページ」ボタンを押してページごとのスクロールをしていっていったら思わぬところまで目に入り、もはや後の祭り。
携帯だとパソコンと違い、下に何が書いてあるか推測しづらい。
気をつけないとねえ…
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私は酒は何でも飲めるが、普段はビールを飲むことが多い。
家では週5日くらいは飲むが、ビール以外はめったに飲まない。
ビールの中でもキリンのクラシックラガーが一番好きだ。
某S社の製品は、どうしてもしょうがないとき以外は絶対に飲まない。
埼玉スタジアムで売っているビールはキリンだからいいが、例えば日産スタジアムだとS社なので毎回困っちゃうんだよなあ。
さて、そんなことを書きたかったのではなくて。
会社の若者に、「キリン」という漫画の単行本を貸してもらった。
タイトルを聞いたことはあるが、読むのは初めて。
「バイク乗りのバイブル」と呼ばれている漫画らしい。
まずは「POINT OF NO-RETURN!」編の1巻と2巻を読んだ。
この漫画の主人公「キリン」は38歳、私もあと2ヶ月足らずで同じ年齢になる。
「デカ尻女」ことポルシェ911に負けたくないという一心で、東京から浜松までの勝負に挑む。
そこに至るまでにはいろいろなことがあって、なかなか深い。
キリンの名前の由来には、なるほどねえと思った。
ただ、私の場合は21歳で車に乗って30歳でバイクなので、車に対しての対抗心というものは全くない。
妻子よりもバイクを取れるかと言われたら、私には無理だろう。
両立を目指したいし、現に今のところは自分なりに両立できている。
私はバイクで飛ばそうとはまったく思っておらず、車の運転に比べてもさらに慎重に走っている。
体がむき出しのバイクでは、車なら軽傷で済むような事故でもダメージがケタ違いだと認識している。
自分がどれだけ気をつけていても、自損ならともかく他者も関係する事故に絶対はない。
バイクに乗る理由は、人によって様々だろう。
私がバイクに乗っているのはなぜかといえば。
以前ブログにも書いたが、きっかけは原チャリでの北海道ツーリングだった。
本気で乗り出してわかったこと。
ベタな言い回しだが、全身で風を感じる心地よさ。
上信越自動車道で軽井沢から横川に走って下りたとき、ほんの10kmほど走っただけで信州と関東で気温がこんなに違うのかと驚いた。
(むろん、理由は標高差である)
こういう感覚は、エアコンが効いた車では絶対得られない。
風雨にさらされても、暑くても寒くても、それをあるがまま受け入れることが気持ちいい。
それと、キャンプツーリング時、荷物が積みづらかったりする不便さをあえて受け入れる、これがまた楽しい。
一般的には辛いと思われる登山が楽しく思えるのと同じ感覚。
加えて、やはり胸のすくような加速感、カーブで車体を(そこそこに)倒しこむなどの、操るということそのもののおもしろさ。
バイクを操りきれているとは言いがたいが、家の車はATにせざるをえないので、クラッチを切りギアチェンジをするMTの操作感がたまらない。
バイクは車以上に過酷な乗り物だが、楽しさも車以上。
自分の世界を広げてくれた大切なものだ。
この主人公とはバイクに求めるものは違えど、私はバイクを手放そうと思ったことは一度もない。
もっとも、家族(特に子どもたち)にかかるお金や時間はこれから増えていくだろうから、それを犠牲にするつもりもない。
幸いにも我が家のママさんの理解も得られている。
だから今乗っているホーネットを大切にしていき、みんなに迷惑がかからない範囲でこれからもバイクを楽しんでいきたいと思う。
いつまでも"こっち側"にいたいものだ。
ところで1巻の111ページ、若き日のキリンが北海道でキャンプをしているシーンに、私がキャンプで愛用しているラジウスと、学生時代に多用していた家テン(家型テント)が描かれていた。
(ラジウスについては、以前ブログのここに書いてます)
細かい描写だが、同好の士を見つけたようで嬉しかった。
あと、作中の擬音の豊富さには目をみはるものがある。
しかし、トップクラスのバイク乗りでもTOYO TIRES ターンパイク(箱根ターンパイク)で160km/hなんて出せるのかなあ…
それはともかく、3巻以降を早く読みたくなったのと、久々にバイクに乗りたくなった。
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9月19日(金)
この日は、下北半島の先端部(三角形のようになっている部分)を時計回りに一周した。
この日の走行距離213.2km、5日間総計1,351.1km。
薬研温泉は山の中にある。
キャンプ場(国設薬研野営場)の朝。

朝食は、今回の場合お米を炊いたわけではなく、いわゆるパックごはんを湯せんし、おかずは缶詰である。
さんまの蒲焼き丼。
それにレギュラーコーヒーを添えた。
たったこれだけでも、自然の中で食べる朝食はおいしいものだ。

テントを撤収してパッキングし、バイクに積み込んでいざ出発である。
天気いいぞお。

下北半島一周の前に、前夜はお風呂に入らなかったので、薬研温泉の旅館街からさらに2kmほど走った奥薬研温泉にある「かっぱの湯」に入りにいった。
看板も何も出ていないので、しばらくあたりを探して、やっと見つけた。

まさに川沿いの温泉。
左手が上流だ。
右手の下流側には、県道の橋がかかっているのが見て取れる。

脱衣所は、木製の簡素なものがあるが、湯船側からはほぼ丸見え。
源泉かけ流しの温泉なため、石鹸類の使用は禁止である。
さらに混浴である。
私が入りにいったときには誰もいなかった。
そのうち、女性が2人入りにきて、男性の私がいようがお構いなしに湯船に入っていた。
昔は管理する旅館?があったそうだが、そこが廃業し、湯船だけが残ったんだという。
今は毎週水曜日に地元の方が清掃しているそうだ。
ありがたく入浴したいものだ。
お風呂から出て、さあ出発と思ったときに、軽トラに乗ったおじさんが私のバイクを見て「荷物すごいねー、これからどこに行くの?」と話しかけてきた。
「下北半島を一周しようと思ってます」と答えると、私のバイクのチェーンを見て「これ油が乾いてるから、私の知り合いの大畑町の○○という自転車屋さんがあるからそこで油をさしてもらいなさい」と言い、地図まで書いてくれた。
ありがたくそのメモをいただいて別れた。
恐山を経由してむつ市街までは前日に通った道を戻った。
そのむつ市街、JR大湊線の終着駅、大湊駅。

駅の待合室は、「快速しもきた」を待つ人たちで混みあっており、駅の外まではみだす勢いだった。

折り返し「快速しもきた」になる列車が入ってくるのを見届けて、大湊駅をあとにした。

ここからいよいよ海沿いに下北半島一周が始まる。
まずは西へ進む。
途中の海上自衛隊大湊航空基地の入口。

前日気になった「川内」という町を過ぎたあと、途中のこの道路標識を見て「ああ距離的には大したことないな」と思ったが、時間的にはとんでもない誤りだった。
脇野沢までが海沿いの道である。

途中から左手に見えてくる島。
「鯛島」といい、見る角度によって形が変わるんだそうだ。

脇野沢からは北に進路が変わり、山越えの道となる。
ここはかつては舗装もされていなかった「酷道」として名高かったそうだが、今は全区間で舗装され、ほぼ全線で片側1車線が確保されている。
それにしても、クネクネした道が延々続く。
走りごたえは充分だが、スピードが出るわけではない。
これぞ下北半島を味わっている!という感じで堪能した。

なかなか海に出ず、山の中を行ったり来たりすること45分ほど、ようやく今回の大きな目的地の一つ、仏ヶ浦にやってきた。

国道338号から少し入った駐車場にバイクを止めると、タクシーの運転手さんが汗を拭き拭き戻ってきた。
地元の人でもあまり来ないそうで、ここはいいところですよ、今日は干潮だから余計に歩けていいですよと教えてくれた。
駐車場はまだ山の中にあり、仏ヶ浦までは整備された山道や階段を標高差にして100mほど下っていく。
私の足で、下りは10分、登りは15分ほどだった。
駐車場のすぐ下に売店があり、店番のおばあさんが暇そうにしていた。

階段を下る途中に見晴台兼休憩所があり、そのあたりから仏ヶ浦が徐々に姿を現した。

船着場の先には、何をしているのかわからないが船が1隻、荒波に揉まれていた。
西側が直接津軽海峡に面しているので、波はけっこう高いのだ。

20年来の悲願がかない、1時間ほどそこにいたが時間が足りないくらいだった。
後ろ髪をひかれる思いで駐車場に戻り、バイクにまたがると、その先に展望台になっている駐車場があった。

そこにはりんごアイス(200円)を売っているおじいさんがいて、シャーベットのようなそのアイスを食べながら、仏ヶ浦の絶景を上から楽しんだ。

仏ヶ浦を出発してから距離にして35kmに1時間を要し、ようやく本州最北端、大間崎に到着した。

この本州で一番北にあるおみやげ屋さんでいろいろ買ったあと、時刻は15時になっていたが本州最北端の食堂で遅い昼食をとった。

大間といえばマグロなので、頼んだのはマグロ丼である。1,500円。

おいしくいただいて、また最北端周辺を散歩してみた。
私はカモメとウミネコの区別がつかないアホウドリなのだが、これはなんという鳥なんだろう?

そんなこんなで、時刻は15時30分に近くなった。
この日の予定は、下北一周のあと尻屋崎に寄り、青森県南部の小川原湖でキャンプする予定だったが、とてもじゃないがそこまでたどり着けそうにない。
かといって薬研野営場に逆戻りというのも、なんだか気が進まない。
地図を見てみると、同じむつ市内に「早掛レイクサイドヒル」というキャンプ場があるらしく、電話をしてみた。
1泊1,500円だという。
バイク1台止めて、テントを張るだけという同じことなのに薬研の3倍もかかるのか。
ファミリーキャンプならともかく、一人なのに3倍も出す必要性を感じなかったので、この日も再び薬研でキャンプすることにした。
大間からは下北半島の北岸を走り、大畑町に来た。
ここは前日にも買出しに来たので2回目だが、今回は朝おじさんに教えてもらった自転車屋さんに寄るためということもあった。
地図の通りに進むと、自転車屋さんは案外簡単に見つかった。
「あのう、○○さんに紹介されて来たんですが」と言うと、すでに話が通っていたようで機械油をさしてくれた。
お代を払おうとすると「いいよいいよ」と何度も言われ、やむなく今回はお言葉に甘えた。
確かに、それまで走行中にチェーンがシャリシャリ言っていたのが、油をさしてからは音がしなくなった。
買出しを終え、薬研野営場に戻った。
この画像は大畑の町中で見た、大畑線の遺構。
この上を鉄道が通っていたのだろう。
しかし、道路が狭い。

薬研野営場に戻り、管理人のおにいさんに「昨日もここに泊まって、今日は別のところに行くはずがまた来ちゃいました」と言うと、「下北半島を一周しようとして、結局先に進めないで戻ってくる人はよくいるんですよ」とのことだった。
前日とほぼ同じところにテントを張り、この日は夕食の前にお風呂に行った。
朝入ったのと同じ「かっぱの湯」だ。
温泉がそんなに大好きというわけでもない私が、一つのお風呂に1日2回入るのは奇跡に近い。
夜は一人で来ていた男性しかいなかったので、お互いに入浴シーンを撮りあった。
(なんだか変な言い回しだな。。。)
18時を回っていて、山の中はすでに夜だった。
ほとんど真っ黒にしか写らなかったが、これがコンパクトデジカメの限界。
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9月18日(木)
この日は、弘前市から青森湾、夏泊半島をめぐって下北半島へ入り、恐山を見て薬研温泉まで走った。
この日の走行距離229.3km、4日間総計1,137.9km。
おおまかな流れは、当日に書いた記事を見てください。
本当は17日のうちに行くはずだった津軽半島は、今回はパスせざるをえなかった。
6年ぶりに龍泊ラインを走ったり、階段国道を見てみたりしたかったのだが。
ちょこちょこ降りながら走ると、予想以上に距離が稼げないものだ。
かといって走ってばかりでもつまらないし。
どうせならいろんなところで降りて、あちこちを見てみたい。
弘前駅の隣、JR撫牛子駅。
「ないじょうし」と読む。
なぜ"牛を撫でる子"と書いて"ないじょうし"と読むのだろう。
まったくもって日本語は不思議だ。

駅舎を撮っているのであって、女子高生を撮っているわけではないので念のため。
待合室にたくさんいる黄色い帽子は幼稚園児だ。
孫を連れたおばあちゃんが、私のバイクを見て「あら、大きいバイクに荷物がいっぱいねー」と孫に話しかけながら、弘前方面のホームに渡っていった。
弘前インターから東北自動車道に乗り、途中から青森自動車道となって青森東インターで降りる。
国道4号(この道も東京まで続いている)を北進し、浅虫温泉を過ぎてしばらくすると青森湾の中に突き出た夏泊半島を一周する、青森県道9号に入る。
最初は山の中の狭い道だが、やがて快適なシーサイドラインに変わった。

夏泊半島の突端、夏泊崎が見えてきた。
その先にはまた歩いて渡れる島があるのだ。

駐車場にバイクを止めて、少し歩いてみた。
車はそれなりに止まっていたのだが、平日の昼間だからか、観光客らしい人は私のほかに誰もいなかった。
駐車場から夏泊崎に向かう路地。
民宿や食堂が並んでいるが、店の人が魚を干しているくらいで実に閑散としていた。
真夏は賑わっているんだろうけど。

夏泊半島一周は、途中からはほぼ海沿いの快適なルートだった。
下北半島の付け根、野辺地町に着いてコンビニに寄ると、浦和あたりでよく見かける色のバスが2台止まっていた。

よく見てみると、国際興業グループの十和田観光電鉄のバスだった。
私はバスに全然詳しくないしさほど興味もないが、それにしても国際興業バスとそっくりだこと。
野辺地からは、下北半島の西岸を走る国道279号を北上する。
地図で見ると海に沿っているように見えるが実際はそうでもなく、坦々とした道のり。
西の青森湾からの風が強いのだろう、風力発電所があった。
手前の線路はJR大湊線。

道があまりにも坦々としているので少し眠くなり、お尻も痛くなってきたので大湊線の近川駅で休憩した。
周りには特段何もない駅だった。

休みついでに、この日泊まる予定にしていた国設薬研野営場に電話をしてみた。
気になっていたのはテントサイトにバイクを乗り入れられるかということだったが、サイトのすぐ脇の通路まで入っていけると聞き、一安心。
奥多摩の氷川キャンプ場は駐車場とテントサイトの高低差が激しく、荷物一式を持って坂を上り下りするのはかなり難儀だった覚えがある。
ここでこの日の下北半島一周はあきらめ、薬研温泉に行く途中の恐山に向かうことにした。

余談だが、上の画像にもあるように下北には「川内」という地名があり、道路標識によく出てきていた。
その標識を見るたびに、森進一の「おふくろさん」が頭の中で流れてしかたがなかった。
もう二度と歌われることはないのだろうか。
月光仮面のことは、忘れていた。
恐山・薬研に向かう青森県道4号を走り、途中の分岐で釜臥山展望台に向かってみた。
展望台へ向かう分岐は急な坂になっているが、こんな看板が立っていた。

この二輪車通行禁止のマークが一瞬目に入り、何だと思って慌てて止まったら、坂道でバランスを崩して立ちゴケしてしまった。
しかし振り分けバッグのおかげで、ブレーキレバーが少し曲がっただけでバイクはそれ以外は無傷で済んだ。
いやはや。。。まったく罪作りな看板だ。
人生4回目の立ちゴケだった。
気を取り直して先へ進んだ。
これは恐山方面の展望台から見た、恐山と宇曽利湖(宇曽利山湖)。

そこからわずかに先に行くと、むつ市街を見渡せる展望台がある。

県道4号に戻り、いよいよ恐山である。
宇曽利湖の湖畔に出る手前から、硫黄の匂いがかなりしてくる。
よく「卵の腐ったような臭い」と言われるが、私は腐った卵の臭いを嗅いだことがない。
普通のゆで卵の匂いに感じられ、私は嫌いではない。
ただし、高濃度では危ないらしいが。
欄干の向かって右側に「三途川」と書いてあるのが見えるだろうか。
この世とあの世の境目である。
宇曽利湖から流れ出して津軽海峡に至る川で、そのまさに流れ出すところに太鼓橋が架かっているのだ。
三途川は、正式には「正津川」というらしい。
これは下流方面を見たところ。

恐山菩提寺の総門の正面にバイクを止めた。
やはり平日ということもあり、人はまばら。
もっとも、あとで観光バスが何台かやってきた。

拝観料500円を払い、総門から境内に入る。
入山受付所の横では、私は食べなかったが「合掌 霊場アイス」が販売されていた。
そのあたりは「観光地?」と思わないでもなかったが。
しかし、ここは霊場だった。

そのようなところを「地獄」というようで、いくつかの地獄があった。

噴出口に置かれている無数の5円玉や1円玉は、化学反応を起こしてか、元の色をとどめないくらい真っ黒に変色していた。

風車が地面のあちこちに刺され、風でキュルキュルと回っていた。
この風車が回る音を、私は今でも忘れられない。

(風車は、あとで見たら境内外の売店で売られていた)
敷地の裏手にはこんなに荒涼としたところもあり、かつその中でもひときわ目立つ黄色。

宇曽利湖の湖岸に向かって進んでいく。
「地獄」に対比しての「極楽」。

極楽浜でしばしの間たたずみ、「胎内くぐり」と呼ばれる坂を登り、総門のほうに戻っていった。

境内には、無料の温泉もある。
入っている人はいなかった。
上記の「地獄」とともに、恐山が火山であるなによりの証明だ。
お湯を触ってみたら熱かった。

恐山は、大勢でガヤガヤと行くところではない、少人数でじっくりと味わって行くべきだと思う。
なお、恐山には宿坊があって宿泊することもできるそうだ。
恐山から県道4号を再び北上する。
山中のクネクネした道をしばらく走り、薬研温泉をスルーして買出しをするために一度大畑町(海沿い)へ下り、また
薬研温泉に戻った。
薬研野営場の入り口に架かる橋。

受付を済ませ、手早くテントを張った。
ひととおり設営して荷物をテント内に入れるまで10分もかからない。
私のテントは、モンベル社の「ムーンライト3型」という、2~3人用テント。
ムーンライト1や2と違い、天井の高さが両サイドで均一な、居住性が高いテント。
床はおよそ2m×1m、一人では広すぎるぐらいだが、夕食や酒を飲むときは天気がいい限り外でやることにしている。
もう15年近く使っているが、キャンプする頻度が年に数回なのでまだまだ現役のテントだ。
今回はロングツーリングなので、ガソリンランタンはかさばるため持ってこなかった。
キャンドルランタンの出番だ。
キャンプ場内には蛍光灯がそこかしこにあって真っ暗ではないが、このキャンドルの儚い明かり、私は好きだなあ。

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9月17日(水)
青森県深浦町の深浦町から日本海沿いを北上し、岩木山に登って弘前市まで走った。
この日の走行距離189.8km、3日間総計908.6km。
この日は、弘前市で友人たちと飲む予定だった。
この友人はヤマハV-MAX乗りで、2002年9月に北海道ツーリングをした帰りに青森に寄ったときにも会い(当時は弘前ではなく青森市在住)、津軽半島一周の日帰りツーリングを楽しんだのだった。
それ以来6年ぶりの再会となる。
私のこの日の行程は、ひたすら青森県の日本海側を北上し、竜飛崎を経て津軽半島を一周してから弘前に乗りこもうともくろんでいた。
その前にせっかく十二湖の近くで泊まったので、少し見ていくことにした。
これは民宿から南側を見たところ。
旧国道101号なんだそうだ。

このあたりは、世界遺産の白神山地の近くでもある。
JR十二湖駅近くの交差点から県道に入る。
少し登ると、「日本キャニオン」という場所があった。
白い崖が県道からも見えるが、駐車場にバイクを置いて展望台まで歩いて登ってみることにした。

登ること15分ほどで、展望台に着いた。
いやはや、これはすばらしい。。。

展望台には、軽装というか普段着の女性が一人いた。
こんなところに女性が一人とはびっくりしたが、何かがあった。。。わけでもなく、私が展望台に着いてしばらくするとあちらは先に戻っていった。
誰もいなくなった展望台からしばし日本キャニオンを堪能し、私も駐車場に戻った。
十二湖一帯は、県道を走っているだけで数多くの湖を見ることができる。
その湖沼群の中でもハイライトといえるのが「青池」。
青池へは徒歩でしか行くことができず、その手前の駐車場はこの周辺ではそこだけ有料である。
商売上手だ。
鶏頭場の池(けとばのいけ)沿いを5分ほど歩くと、青池はあった。

すばらしい青さだ。。。
なぜこんなに青いのかは、まだ解明されていないんだという。

時期が時期だけに湖面が落葉で覆われているのはやむをえないが、水の中に沈む倒木も見ることができた。
水の青さといい大きさといい、北海道は摩周湖のそばにある「神の子池」を思い出す。
いっときバスで来た観光客で騒がしかったが、それも去って私一人になると、静かなブナの森の中で聞こえるのは鳥のさえずりと風の音だけ。
自然の中の至福のひと時だった。
そんなわけで、出発がだいぶ遅くなってしまった。
さらに今回のたびのテーマを「青森県」と決めたので、青森県の海岸線は見られるだけ見ておきたいと思った。
昨夜真っ暗な中走った区間を秋田県との県境まで10km以上戻り、そこから再スタート。

十二湖駅に戻ると、ちょうど「リゾートしらかみ ブナ編成」が能代・秋田方面に向けて出発したところだった。

JR五能線に沿った国道101号を、景色のよい海岸線を左に見ながら北上する。
国道を外れて、途中の「不老ふ死温泉」に立ち寄ってみる。
空と海が青い。

まさに日本海に面していて、夕日はさぞやきれいだろう。
ただ、遠くから見ると案外小さい。
時間があったら入ろうと思った温泉だが、結局今回はパスする。
さらに、オフシーズンの昼間だからか、雰囲気を台無しにするようなこんな光景が。

湯船のそばでショベルカーがワンワンうなって浚渫?をしていたのだ。
その隣の通路を、風呂あがりのじいさまがよろよろと歩いてくる。
この温泉のそばには、これまた難読駅名の「艫作駅(へなしえき)」があるはずなのだが、少し探しても見つからなかったので諦めた。
ほどなく深浦町の中心部、深浦駅である。
ちょうど当駅止まりの列車が到着していた。
この旅では、意図しないのにほんとによく列車を見かけた。

さらに北上していく。
この画像のように、国道101号とJR五能線はつかず離れずで並走している。
そして、この画像の中心あたりの線路が直線になっているところが、今回の旅での大きな目的地であった。

国道101号沿いにある、JR驫木駅(とどろきえき)。
本当は前日の明るいうちにこの駅まで来たかったのだ。
どんな駅か、多くは語るまい。
日本海に面し、単線の線路が走り、ホームと駅舎がポツンとたたずむ姿。

駅の中は、このようにがらんどうだった。
駅ノートが備えつけられていた。

駅名標、4つのパターンを載せてしまおう。

(列車が来ない時間帯に、安全に考慮して撮影しています)
ホームからの見た目はこのようになる。
(画像は左から、南・西・北を向いた状態)



この画像では小さくて見えづらいが、建物が建ったのは昭和27年3月のことのようだ。

かつては「青春18きっぷ」のポスターにもなった駅なのである。

驫木の集落は、この駅よりだいぶ南側の丘の上にある。
(ホームから南を向いて撮った画像に写っている、森のようなところ)
駅前にあるのは人家が1軒だけ。
なぜわざわざ集落から外れたここに駅を作ったのかわからないが、だからこそ、この雰囲気を醸し出している。
「ああ、ここで一夜を明かしたかったなあ。。。」と思いつつ、小一時間たたずんだ。
次に来られるのはいつになるだろう。
(駅寝してよいという保証はないが)
さて、この時点で13時。
これから津軽半島を一周するには、到底無理な時間だ。
かといって、このまま弘前にまっすぐ向かうのももったいない。
地図とにらめっこして、予定を変更した。
岩木山に登ってみよう。
走っている状態を、デジカメを左手で持って撮ってみた。
右手はアクセルだから離すことはできないが、左手はクラッチだから速度が大きく変わらない限り自由になるのだ。

6年前の津軽半島一周のときにも寄った千畳敷を通り、鰺ヶ沢から内陸に入り、青森県道3号に乗る。
カカシの向こうに岩木山が見える。

若い番号の県道だが、途中道が狭く、これでもかというくらいのつづら折りがあった。
しばらく行くと、岩木山スカイラインの入り口が現れる。

地図で見て予想はしていたが、この岩木山スカイラインがすごい道で、とにかく直線区間が短い。
ちょっと走ったら右カーブ、さらにちょっと走ったら左カーブの繰り返し。
全部で6速まであるホーネットのギアを3速か4速に入れて、リズミカルに曲がっていくとかなり楽しかった。
ガンガン車体を傾け、攻めの走りを堪能した。(自分なりに、ではあるが)
上空から見ると、こんな感じらしい。(パンフレットより)

ここから上はリフトと徒歩になる。
時間が遅かったのでリフト(往復800円)に乗ろうか迷ったが、ここまで来たんだからと乗ることにした。

急な勾配を数分間揺られると、岩木山9合目に着いた。
そこから見た岩木山山頂。

私は日本百名山フリークでもなんでもないが、やはり指呼の距離に山頂があるのに登れないのは無念でならなかった。
1時間半もあれば楽に往復できるのだが、この時間から行ったら下りのリフトの営業時間を過ぎてしまう。
もっと早く9合目に着いていれば、といっても後の祭り。
次回弘前に来る時の楽しみにするしかなかった。
リフトは、地面がすぐ目の前に見える登りより、足元がスカスカの下りのほうが恐い。
登山でもそうだ、登りは体力、下りは技術を使う。
足元が地面から遠いというのは、それだけで難しい。
幸い私は高所恐怖症でもなんでもないのでむしろ楽しんでいたが、恐い人はダメだろうなあ、というくらいの急傾斜だった。
下りのリフトから見た鰺ヶ沢方面。海も見える。

岩木山スカイラインをのんびり下り、県道3号に戻って弘前まで下る。
左に岩木山を見る、幅の広い走りやすい道路だった。
途中で「嶽きみ(だけきみ)」の路上売りを多く見かけた。
最近弘前発の名産になりつつある、甘いトウモロコシなんだそうだ。
10本1,000円の看板に惹かれたが、そんなにバイクに積むところもないのでそのまま通過した。
今思えば、1本だけでも買って食べればよかった。
もちろん、リンゴもなっていた。

弘前の市街地に入る。
ひさびさに街に来たという感じ。
弘前城を、東門から少しだけのぞいてみた。

天守は見えなかった。
余談だが、弘前市の市章は「卍」なんだなあ。
津軽家の家紋から来ているそうだ。
予約しておいたホテルにチェックインし、車載の荷物を全て部屋に上げる。
さすがにバイクに載せっぱなしにするわけにはいかない。
喫煙可の部屋を取ったら、室内はものの見事にタバコ臭かった。
8階の客室から見た、夕焼けに浮かぶ岩木山と弘前市街が見事だった。

ホテルそばの歩道を歩いていると、こういう足跡が。

これって、「ナニコレ珍百景」で見たことあるような気がする。。。
19時半から友人たちと飲んだ。
お通しが、なぜかうまい棒などの駄菓子だった。

飲んだあと、ラーメン屋を求めて深夜の市街を歩いて、ズルズルやってから友人たちと別れた。
次に会うのはやはり6年後だろうか?
前夜は民宿、今夜はホテルと快適な寝場所を得られて、翌日から大丈夫かしらん?
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9月16日(火)
福島と山形の県境にある、JR奥羽本線(山形新幹線)峠駅から、青森県深浦町までを一気に走った。
この日の走行距離425.2km、2日間総計718.8km。
峠駅から米沢を経て、国道287号に出て最上川に沿って下る。
途中で休憩した、山形県白鷹町にある山形鉄道フラワー長井線(旧JR長井線)荒砥駅。

荒砥駅のすぐ北にある、道の駅白鷹ヤナ公園。
残念ながら鮎は一匹もいなかったが、最上川の水量に圧倒された。

国道287号沿いには、「かぼちゃっ子見守り隊」というカカシが並んでいた。
「かぼちゃっ子」って何なんでしょう?

山形県内の道路標識には、このように「町内○○」や「市内△△」といった、他の県では見られない表示のしかたがされていた。

寒河江市を過ぎ、国道347号に乗り換えて再び最上川とともに走る。
昼食をとったそば処「はやぶさ」。
「つけ肉そば」をいただいた。おいしかった。

尾花沢市から国道13号に入り、新庄市での一枚。
ここからでも秋田までまだまだ遠い。
国道13号をさらに北上し、いったんそれて真室川町へ。
及位まで山形県道35号で奥羽本線に沿って走る。

余談だが、埼玉県道35号は駒場スタジアムの前も通る、通称「産業道路」だ。
JR奥羽本線及位駅。
山形と秋田の県境に近い、山深いところだ。

北を向き、院内駅(~秋田駅)方向。
こちらは及位駅から複線。

南を向き、大滝駅(~新庄・山形駅)方向。
こちらは及位駅から単線。

折りよく、14:37発新庄行きの列車がやってきた。
駅の時刻表によると、この列車だけ3番線に入るようだ。
線路やポイントの錆び防止のためなんだろうと思われる。

及位駅を堪能したあとは、再び国道13号に戻り、すぐに県境を越えて秋田県に入る。
横手市に入り、後三年駅を目指す。

JR奥羽本線後三年駅。
このあたりは新庄駅と大曲駅の間で、新幹線とは縁のない一帯。
駅名(地名)は、平安時代の戦役「後三年の役」にちなむ。
よくぞ言い伝えが残っているものだ。。。多少は歴史に関心がある者としては、なぜそのことが連綿と伝えられてきて地名にまでなったのか、非常に興味をそそられる。
だからこそ、この駅にも来てみたかった。

後三年駅前。
1000年前と違い、今は穏やかなところ。

この旅では、頭を垂れている稲穂をあちこちで見かけた。
稲作農家の方の努力に頭が下がるとともに、見ているだけで嬉しくなる。
駅構内。
JR東日本の東北エリアでは、縦書きの看板(「ごさんねん」と書いてあるもの)はこのフォームが多い。
東北仕様なのだろうか。

案外列車の本数が多いなと思っていたら、及位駅に続いてまたも列車がタイミングよくやってきた。
ただし701系電車ばかり。
私は乗ったことはないが、首都圏の電車のようにロングシートばかりで評判はよくないと聞く。
発車時のモーター音は、京浜東北線などで聞く音そのものだった。

再び国道13号に戻り、大曲(大仙市)を過ぎた先にある、奥羽本線(秋田新幹線)刈和野駅と峰吉川駅の間にある芦沢踏切。
線路が2本並んでいるが複線ではなく、この区間は標準軌の単線1本と、三線軌条の単線1本が並んでいる。

北側の線路は標準軌。
軌間(=レールの間隔)が1435mm、新幹線と同じ。

南側の線路は三線軌条。
軌間が標準軌1435mmと、在来線用の狭軌1067mmの両方に対応するようになっている。

踏切には「ふた通りの走り方をします」と書いてある。
北側は新幹線専用、南側は在来線用のようだ。

またしてもタイミングのいいことに、北側の線路を向かって左(盛岡・大曲)から右(秋田)へ秋田新幹線が走ってきた。

どうせなら列車が走っているところを見たかったので、これはよかったよかった。
さて、そんなこんなで途中あちこち寄ったので、この芦沢踏切を出たのは17時近かった。
もう太陽はだいぶ西へ傾いている。
秋田自動車道協和インターから高速道路に乗る。
このあたりの高速道路は、片側1車線が基本であり、時々追い越し用に片側2車線に増える。
八郎湖パーキングエリアだけに寄って先を急いだが、能代市に入るころにはほぼ日没となっていた。
その日のうちに青森まで行きたかったので、コンビニで買い出しをしてから海沿いの国道101号を北へ進む。
もはや真っ暗だ。
途中、JR五能線の列車に追いつき、秋田と青森の県境付近では並走した。
当初予定していた目的地まではたどり着けそうにないので、途中の無人駅で駅寝できないか物色する。
並走していた列車とほぼ同時に、青森県に入って最初の駅、大間越駅に着いた。
3人ほどが降りていった。
待合室もそこそこ広くてなんとかなりそうだと思ったら、壁に
「宿泊等を禁じます。 深浦駅長」
と書いてあるではないか。
ダメと言われてることをやるほど子どもではないので、やむなく先に進む。
次の白神岳登山口駅には駅舎らしいものが見当たらなかったので飛ばし、松神駅へ。
ここの駅舎は大間越駅よりは小さいが、寝るには申し分ない。
と思ったら、やはり宿泊禁止の張り紙(プレート)が。
深浦駅といえばこの先だいぶあり、携帯でWikipediaを見てみると、深浦駅長の管轄は大間越駅~北金ヶ沢駅の16駅に及ぶという。
そこまで全ての無人駅が宿泊禁止となると、さて困ったぞ。。。
今さらキャンプ場のあてもないし、国道沿いの駐車帯にテントを張るというのも何かといただけないし。
次の十二湖駅は観光拠点のようになっていて、開いてはいたものの21時30分には閉めると張り紙がしてあった。
駅前の民宿か商店らしき建物に明かりが灯っていて、飛び込みで泊まれないか聞いてみようと思ったら、おばあさんが出てきた。
家の前をうろつく、ヘルメットを被った怪しい人がいるとのことで出てきたらしい。
(すみません。。。)
事情を話すと、近くの「サンタランド白神」というところにバンガローがあるという。
電話してみると、もう時間が遅い(19時30分過ぎ)ので今日は無理ですと言われた。
もう1軒、こんどは民宿を勧められて電話してみると、朝食付きで泊まってかまいませんけど。。。と言われた。
いやいや助かった。
思わぬところで風呂に入り、テレビ(100円で2時間のタイマーつきだったが)を見、台風13号の心配をする余裕もでてきた。
出費は予想外だったが。。。
ちなみに部屋はこんな感じ。

誰かの家に泊まらせてもらってるような感じだった。
(その3は、10/2にアップ予定です)
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東北から帰ってきて、もう1週間以上経ってしまった。
デジカメで撮った画像で、5泊6日にわたる東北ツーリングを振り返ってみたいと思う。
9月15日(月・祝)~16日(火)
浦和を13時に出発、東北道を浦和インターから福島飯坂インターまで走り、峠駅で駅寝した。
この日の走行距離293.6km。
福島市の西、国道13号から、JR奥羽本線(山形新幹線) 板谷駅・峠駅に向かう道路。
以前は板谷駅と峠駅を挟んで、4駅連続のスイッチバックだった。
スイッチバックは1990年に廃止されたが、そのころにはここに来ることはできなかった。
私にとっては20年越しの夢叶う。

板谷駅や峠駅には、線路やポイントを雪から守るためのスノーシェルターの中に駅施設がある。
昼間でも薄暗い。
峠駅を通過する山形新幹線「つばさ」。
新幹線は、両方向とも予想外に多い頻度で走ってきた。
そのたびにスノーシェルターの中を「ドドンドドン、ドドンドドン」という音が鳴り響く。

1年かけて自転車で旅するという人と出会い、夜遅くまでいろいろと話した。
趣味が似ていた。二輪車、登山、鉄道、離島、などなど。。。
話している途中に、峠駅から滑川温泉に入湯しにいったおじさんが電車が来るまで混ぜてくれと言い、30分程度話をしたりした。
終電通過後に保線作業を行うということで、一晩中工事の音が響き渡っていた。
これは鉄道の線路に乗り入れることができるトラック。
通常のゴムタイヤのほかに、鉄輪がついている。
どうやって線路に乗るのかと思って見ていたら、駅構内の踏切までゴムタイヤで走り、そこで90度旋回し(そういう装置がついているらしい)、鉄輪を線路にうまく乗せて福島方向に走り去っていった。

今ではスイッチバックが廃止されたため、昔線路が行き止まりだった部分は峠駅では資材置き場になっていた。
一部線路や砂利の部分が残っていた。
そこにマットを敷き、シュラフに入って寝た。

ホームの端から福島方面を見る。
左に見えるトンネルが、昔のスイッチバックの跡のようだ。
今は使われていない。

ホームから米沢/山形方面を見る。
左にカーブしているのが、やはり昔のスイッチバックの跡。

今は資材置き場と通路と化している、昔のスイッチバック跡。
昨夜はここで寝たわけだ。
当時のままかわからないが、ポイントもある。
ただし転轍機の標識(青い丸と黄色い羽のようなもの)は、なぜかグニャッと曲がってしまっている。

スノーシェルターの先には線路が続いていた形跡があり、今は大きな岩や盛り土で遮られているものの、架線柱は残っていた。
その先にもスノーシェルターらしきものが見えたが、探検は断念した。

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当初の予定では、最終日は岩手県から走り出すという、そこそこ無理のないものだったのだが、日程が押せ押せになり、最終日の出発予定地も岩手から青森の小川原湖へ、さらにそれも無理で下北の薬研へとどんどん後退していったのだった。
さて、浦和おじさんの話に戻すと。
浦和おじさんが非常電話で話しているのを見て、とりあえずはほっとした。
聞くと、トンネル内左車線を100km/hで走っていたところ、側壁に近い白線を踏んでしまった。
その白線には凸凹がついていて、そのために車体がバウンドしてバランスを崩し、転倒して路上を滑っていったという。
幸いにもトンネルの壁にぶつかることもなく、バイクが先に滑っていったので、自分の体は路面との摩擦だけですんだようだ。
さらに幸運だったのは、すぐ後ろを車が走っていなかったこと。
しばらくしてから来たトラックにもぶつかられずにすみ、その運転手さんが止まってバイクを引き起こしてくれたそうだ。
ほんと、よく助かったなあと本人も言っていた。
見たところ、ケガは皮パンツの膝が破れて血が出ていた程度。
歩き方もしゃべり方も、ごく普通だった。
他は痛くないと言っていたが、本人も「こういうのって、後からあちこち痛みが出てくるんだよなあ」と言っていた。
しばらくすると、NEXCO東日本(旧日本道路公団)の黄色いパトロールカーに乗った係の人が来て発煙筒を焚きながら落下物を回収し、福島県警の高速隊もやってきた。
現場検証をして、本人から事情を聞いていた。
さらに荷台が後ろにずり下がるタイプのセルフローダーが来て、事故を起こしたバイク(BMW R1200RS)を載せた。
きれいなグレーの車体は至るところが擦り傷に覆われ、サイドミラーは両方とも吹き飛び、エンジンからはオイル漏れを起こしていたようだ。
恐らく廃車だろう、と。
警察の手続きは現場でほぼ終わったが、NEXCOの人が「(トンネル内に設置してある)丸い反射板が一つ取れてますので、後日請求させていただくことになります」などと、浦和おじさんに話していた。
さらにNEXCOとの手続きがあるので、次の福島松川パーキングエリアまで来てくださいと言われていた。
警察の処理を現場でやるのはしょうがないとしても、損害賠償とかの話は後でやればいいのに…と思った。
まずは病院だろう、ケガしてるんだからさ…
さらに今日はどこまで連れていってもらえるのかの説明も、私が見ている限りでは全くなかった。
私は、照明のあるトンネル内での事故で、まだよかったのではないかと思った。
外だと真っ暗だから、後続車に発見されにくく、より危険だったのではないかと。
しかし警察の人は、トンネル内で事故との一報を受けて、トンネルには路側帯がなく、後続車の逃げ道がないからより危ないと最悪の事態を想定していたようだ。
パトカー、私、浦和おじさんとバイクを載せたセルフローダー、NEXCOのパトロールカーの順に福島松川パーキングエリアまで走った。
そこで「では、先に行きますね」と言い、浦和おじさんと別れた。
その後どうなったのかはわからない。
住所と名前ぐらい交換しておけばよかったな…
そこから先は、はじめこそ気が張って慎重に走っていたが、さすがに眠気も出てきてだんだん集中力が落ちてきた。
さらに別の事故で矢板~宇都宮間が通行止めに。
最後になって、いろいろある。
那須高原サービスエリアを出てからは雨まで降ってきた。
休憩する間隔もどんどん短くなり、イスに座ってぐったりする。
照明のない夜道を高速で走るのは、やはりこたえるのだ。
埼玉県の久喜インターから南は照明(街灯)があることは知っていたが、そこを走るころには空は白み始めていて、照明は不要だった。
とにもかくにも浦和までたどり着いた。
ある種の達成感と同時に、まさに疲労困憊。
心配をかけたママさんにも申し訳ないなと。
もう夜の一気走りはやめようと思った。
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菅生パーキングエリアでさっきのブログを書いたあと、浦和まで行くおじさんライダー(以下浦和おじさん)が目を覚まして私に気づいた。
話好きな人で、小一時間は話した。
聞けば58歳で、バイクに乗り始めたのはなんと4年ほど前だという。
子どもも独り立ちし、若いころは親に反対されて乗れなかったバイクに乗るようになったのだという。
以来毎年北海道にバイクで行っていて、ユースホステルに泊まってあちこち回ったそうだ。
洞爺湖でサミットをやったウインザーホテルでコーヒーを飲んだとか、ヘリコプターに乗ったときに撮った動画なども見せてもらった。
息子さんは30近くて云々など、書くとキリがないくらいいろいろ話をした。
浦和おじさんは菅生パーキングエリアを先に出ていった。
私は後に出て、例によって90km/hで巡航していると、福島西インターの先で「8km先事故 注意」という電光掲示が出た。
浦和おじさんじゃなきゃいいけどな…と思いながら走った。
トンネルに入ってしばらく走ると、浦和おじさんのバイクが本線上の左端に止まっていた。
悪い予想は現実になった。
私も慌ててその先にバイクを止め、ハザードランプをつけて急いで降車した。
浦和おじさんを探したが、帽子が落ちてはいたものの、姿が見えない。
私は始めは道路上を歩いて探したが、ふと思い出したことがあって側壁にある一段高い通路によじ登った。
私の後輩が、高速道路で車で自損事故をやったとき、ガードレールの車道側にいたために突っ込んできた車にはねられ、亡くなったことを思い出したからだ。
通路をしばらく歩くと、おじさんは非常電話で話をしていた。
よかった、無事だったのだ。
続きは後で書きます。
今は那須高原サービスエリア。
2時を回ってさすがに眠くなってきた。
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浦和まで行くおじさんライダーは、前沢サービスエリアを後から出たが、90km/hで巡航する私を若柳金成インターの先、400キロポストあたりでバビューンと追い抜いていった。
排気量で約5倍の差だし、こっちはネイキッドだし。
焦ることもない。
給油のために仙台のすぐ南、菅生パーキングエリアに寄った。
浦和行きおじさんがバイクを止めて寝ていた。
休憩場所まで気が合う…
今は21時半過ぎ、浦和インターまで316.4km。
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休憩しているバイクが2台いた。
両方ともBMWで、片や山形まで、片や浦和まで行くという。
もう50代に見えるおじさんライダーだったが、同じように今夜中に南下する同士がいて心強い限り。
今はそこから100km南の前沢サービスエリアにいる。
前沢牛50%入りという牛丼を食べた。
浦和まで行くおじさんは、後からやってきた。
途中で一眠りしてきたそうだ。
浦和まであと434.3km。
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昨夜は22時半には寝ていた。
今朝は6時半ごろ起き、テントの撤収も早めに済ませ、下北半島一周を目指した。
昨夜はお風呂に入らなかったので、キャンプ場から2kmほどの奥薬研温泉の「かっぱの湯」に入りに行った。
掛け流しの混浴露天風呂。
独り占めしていたら、私より年上と覚しき女性の二人連れがやってきた。
その人たちは、私にあいさつをしたあと、普通に入浴していた。
聞こえてきた話では、ここ数日で何回か入りに来ているらしい。
本当の温泉好きは、混浴だろうが男がいようが関係ないのだろう。
下北半島一周は、やはり距離のわりに時間がかかった。
念願の仏ヶ浦、大間崎に行ったら、もう日が西に傾いていた。
というわけで、先には進めず今日も薬研野営場に舞い戻り、昨日の場所に近いところにテントを張った。
夜に「かっぱの湯」にまた行ってみた。
一日に二度も同じ温泉に入るのは、風呂好きでもない私にとっては恐らく初めてのこと。
夜は男しかいなかった。
ざんn(以下略)
ここのキャンプ場は、注意書きが英語でも書いてある。
今夜も外人さんが数人、キャンプファイヤーを囲んでなんだか盛り上がっていた。
三沢基地が近いから?
さらには常連キャンパーらしき人もいるようで、隣に止まってるバイクは昨日と同じものだ。
あんまりこういうところで馴れ合いになるのは私の趣味ではないので、一人でテント脇でビールを飲んでいた。
焼き鳥と「さくら肉(馬肉)の大和煮」の缶詰は、野外の最高の酒の友だ。
夜空を見れば、うっすらだが天の川らしきものも見えた。
さて、今晩で旅先で寝るのも終わりだ。
明日は一気に浦和まで帰ることになる。
台風はかわせそうだが、運転するのは私自身。
がんばって安全に帰ろう。
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関東から西は雨模様だったようだが、今日も青森は晴れていた。
ライダージャケットを着てヘルメットを被ると、もう汗だくになる。
走り始めればちょうどいいのだが。
今朝は(今朝も)ゆっくりめに起き、ホテルのモーニングを食べてから弘前を出発した。
これまた難読駅名として知られる、弘前駅の隣の「撫牛子(ないじょうし)駅」に寄る。
今回の旅は、さながら駅めぐりの旅だ。
この駅の周りは田んぼもありつつも住宅街なので、利用者はけっこういた。
国道102号を黒石ICに向かう。
広い幹線道路で走りやすかったが、途中の交差点にリンゴが散乱していた。
さすが青森県。
そういえば、弘前ではリンゴばかりではなく「嶽きみ」という名のトウモロコシが名産になりつつあるんだとか。
岩木山から弘前市街に下ってくるとき、やたらと売っているのが気にはなっていたが。
皆さんは知っていましたか?
黒石ICからは東北自動車道に乗る。
この道が、南は浦和までつながっているんだからなあ…
青森自動車道青森東ICまで走り、夏泊半島を周遊した。
気持ちいい海沿いの道だった。
野辺地からは北に針路をとり、下北半島を走る。
信号がほとんどなく、淡々と続く道は走りやすかったが、ちょっと飽きるかな?
途中で今日の宿泊地に決めていた、薬研野営場に電話をしたところ、下北半島一周はとてつもなく時間がかかるとの情報を聞いた。
そこで下北半島一周は明日に回すこととし、ここも行ってみたかった恐山に行くことに。
いやあ、ここはすごい所だ。
後日デジカメで撮った画像をアップしようと思うが、本当の非日常の世界だった。
硫黄が吹き出る地面のあちこちに刺してある風車がキュルキュルと回るさまは、見る者を独特な感慨に浸らせる。
いったん大畑の市街まで降りて買い出しをし、旧大畑駅をのぞき、薬研野営場へ。
今回の旅で初めてのテント泊だ。
夜はさすがに涼しいを通り越して寒く、フリースを羽織る。
キャンドルランタンの灯りを肴に、野球中継を聞きながらビールを飲む。
夜の空を見上げると、月が出ていることもあってか満天の星空とはいかなかった。
むしろ東京や浦和で見ている夜空に近く、少々残念。
明日は下北半島を一周したあと、行けるところまで南下するつもりだが、台風の影響が心配だ。
さてどうなることか。
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画像をつけてブログを書こうとメール送信したら「相手先ホストの都合により送信できませんでした」となってしまい書けなかった。
なんともまあ。
昨日も今日も東北は快晴。
昨日は福島と山形の県境のJR峠駅を朝出発、山形県米沢市から最上川を北上、さらに奥羽本線沿いの国道13号を北へ走り、秋田自動車道で先を急いだものの、秋田県能代市で日没を迎えた。
青森県までは到達したいと思い、真っ暗な中を走る。
大間越駅、松神駅、十二湖駅とのぞいてみたが、どこも深浦駅長名で駅寝禁止との貼り紙がしてあるか、施錠するとのことだった。
十二湖駅前のお店に聞いて民宿を紹介してもらい、昨夜はそこに宿泊した。
今朝は十二湖をめぐってから、海沿いを走る国道101号(JR五能線沿い)を北に走った。
本来は昨日寄るつもりだった、五能線の驫木駅でしばし佇み、鰺ヶ沢から岩木山に向かい、津軽岩木スカイラインとリフトで岩木山9合目まで登った。
時間の都合で山頂まで行けなかったのが残念だ。
今回の旅で唯一あらかじめ予約しておいた弘前市内のビジネスホテルに投宿し、大浴場でさっぱりした。
これから弘前にいる仕事関係の友人と飲みだ。
しかし、あちこち寄っているとなかなか先に進まない。
今日も本当は津軽半島を一周するつもりだったが、時間がなくなってしまい岩木山に行ったわけだ。
明日以降のスケジュールではっきり決まっているのは、土曜日に浦和に帰るということだけ。
天気は下り坂だそうで、天気予報を見ると明日の夕方には早くも雨がパラつくかもしれないとか。
台風も近づいているし、土曜日の雨はある程度覚悟しているが。
明日はどこに行くかなあ…
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昨日は寝たのも遅かったが、床についてからも咳が止まらず、4時半ごろまで眠れなかった。
さらに午前中は姫や若と遊んだりしたので、浦和出発は13時となった。
出発が遅れたのは、家族を置いて一人で行くことに後ろ髪をひかれていたということが理由として大いにある。
バイクでは久々に高速道路を長距離走ったが、思ったよりは疲れは出なかった。
福島飯坂インターで東北道を降り、国道13号を西へ向かう。
浦和出発が遅くなった時点で、今日の目的地はここにしようと決めていた。
JR奥羽本線(山形新幹線)の福島と米沢の間にある「峠駅」。
新幹線開通前は、4駅連続スイッチバックがあったことで有名な路線だ。
ここはそれだけ山深いところである。
ここで1年かけて自転車で旅をしようとしている人と出会い、いろいろ話をした。
ここまでで30日間走ってきたという。
二輪車、駅、酷道など、趣味が似ている人とは話が合う。
静かな夜が過ごせると思ったら、終電通過後の保線作業とのことで、工事車両の音がやかましい。
果たして明朝はスッキリ起きられるのだろうか?
(この旅の詳細やデジカメで撮った画像は、後日アップする予定です。三脚を持ってきて大正解)
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東北へ行こうかなと思いついてから4日、今までたいした準備もせずにきた。
今日、ようやく準備をした。
どこに行くのかはおいおいブログに載せるとして、17日に弘前でビジネスホテルに泊まる以外はキャンプ場か無人駅に泊まる予定だ。
キャンプ道具は毎回行くたびにまとめているので、改めてかき集めるようなものはほとんどない。
今回は長期にわたる予定なので(20日までの5泊6日)、焚き火セットとガソリンランタンは持っていかないことにした。
前回までに忘れたテントのポール、それにラジオについては入念にチェックした。
着替えなど、ママさんにも準備の一端を負わせてしまった。
私個人のためにありがとう。
それ以外の時間は、家族と過ごすことに専念した。
姫とブロックを使って遊び、匍匐前進をしながらヨダレでビチョビチョのブチューをしてくる若と戯れ、ママさんといろいろ話をし。
庭の芝生を刈り、植えてあるゴーヤに実ができて成長しているのを見たりもした。
明日が敬老の日ということで、ケーキを買って3階に住む私の両親のところに行って、計6人で食べたりもした。
ビールを350ml×3本飲ませてもらい、枝豆とスモークサーモンを食べさせてもらった。
いわゆる普通の楽しい週末を過ごした。
いやあ、やっぱり家って快適だなあ。。。
明日からこんな快適なところにいられないのかあ。。。
まあキャンプツーリングは好きなこととはいえ、自ら進んで苦行をしにいくようなものではあるが。
2泊以上のキャンプツーリングは6年ぶりであり、どこまでやれるのか不安といえば不安である。
一つ言えることは、無理はしちゃいけない、ということ。
ときどき激しく咳こむこともあるし、体調は100%万全とはいえないのだ。
しかし、まだ実感が湧かない。
本当に一人で出かけてしまっていいのだろうか。。。という罪悪感に似たような感情が、頭の中をグルグルしている。
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今週末から来週にかけて、遅ればせながら夏休みを取る予定だ。
私は9月のこの時期に夏休みを取ることが多く、北海道や四国・九州にツーリングに行ったり、家族で北海道、沖縄、広島に行ったのもこの時期だった。
今年は、2回ある週末はそれぞれ予定があるので家にいる。
が、平日は3歳の姫は幼稚園だし、生後8ヶ月の若も長い旅行にはまだ行けないということで、私一人でツーリングでも行ったらどう?とママさんに勧められた。
(もっとも、姫は3年前の生後9ヶ月のときに北海道に1週間行ったのだが)
お言葉に甘えて、一人でどこかに行くことにした。
どこに行こうか、いろいろ考えた。
まず考えたのは、酷道めぐりをしようかということ。
車なら離合困難な狭い道でも、バイクなら比較的楽だからだ。
しかし「キング・オブ・酷道」といわれる国道418号は、国道157号との重複区間も含めて肝心なところが通行止めになっているという。
行くなと決められているところを突破するというのは、やっぱりまずいし。
関西や紀伊半島の酷道も考えたが、なにか決め手に欠けるというか。
次に考えたのは、東北に行くことだった。
東北は、今まで通過したことは何回かあるものの、東北そのものを目的地にした旅行はほんの数回。
浦和からは都心を通らずに行けるので、距離はあるものの比較的行きやすい。
やはり都心を通過するかしないかの違いは大きい。
2002年の夏に北海道ツーリングをしたとき、帰りは函館から青森までフェリーに乗った。
青森市には仕事上のつきあいのある人がいて、泊めさせていただいた。
その人はヤマハ・V-MAXに乗っていた。
津軽半島を龍飛岬まで行き、階段国道や海沿いの「龍泊ライン」を体験する日帰りツーリングにいっしょに行った。
今回、そのV-MAX先輩に連絡を取り、17日(水)に会うことにした。
転勤で、今は青森市から弘前市に移り住んでいる。
奥様の許可が下りずに車検を通せなかったとのことで、V-MAXは青森市の実家に眠っているそうだが、6年ぶりに顔を合わせて飲むのが今から楽しみだ。
17日は浦和レッズがアウェーでACL初戦を戦う日だが、クウェートまではさすがに行けないし。
さて、キーになる日は決まったが、その前後をどうしようか。
東北は広い。ターゲットになる場所はいくらでもある。
片道約650kmの弘前まで一気に行くのは、あとの疲労を考えるとさすがにやりたくない。
(北上西ICから浦和ICまでの450kmちょっとに、7時間かかったことがある)
目的地は青森だけに絞りたいが、手前にワンクッション置いたほうがいいだろう。
では、秋田にするか?岩手にするか?宮城?山形?それとも福島?
帰りはどうしようか?
いろいろ悩む。
でも、こういうゼロから計画を立案していく過程が、これまたたまらないんだよなあ。
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昨日月曜日はお休みをいただいた。
先日教習所を卒業したので、大型自動二輪免許を取得しに行った。
免許の更新は日曜日でもできるが、新規の申請は月曜日から金曜日までしかできないのだ。
我が家の姫に「ちょっとお出かけしてくるよ」と言うと、案外素直に「行ってらっしゃーい」と送り出された。
埼玉県の場合、免許センターは鴻巣市にしかない。
県内のどこからでもまんべんなく等距離にということで中央部の鴻巣にあるんだろうが、浦和からは1時間以上かかる。
重いものの重心もど真ん中にあるとは限らないんだし、各都市の人口を考えてくれればいいのに、と思ったりもする。
(県北および秩父地方の皆さん、わがまま言ってごめんなさい)
国道17号を北上する。
鴻巣に行く途中に撮った、首都高速埼玉大宮線のさいたま新都心付近にあるループ橋。
今回の私のように学科試験免除の場合、申請の受付は13時から13時45分の間だ。
13時15分ごろ到着すると、思いのほか人が並んでいた。
すでに運転免許を持っていて、他の種類を取りに来た人は150人程度いたようだ。
金・土・日曜日に教習所を卒業した人が押し寄せるので、月曜日は免許センターが大変混むと以前聞いたことがある。
そのため、学科試験などは月曜日は問題の難易度を高くして合格率を落とし(=合格者数を他の曜日とあまり変わらないようにし)、免許発行業務の負担が増えないようにするんだとか。
なんとも役人の考えそうなことだ。
受付をしてから視力検査を行い、室内に入る。
交通安全協会の説明を延々と聞かされ、発行手数料の証紙を買い、また室内に戻る。
免許証の内容が記された紙片が渡され、記載内容に相違がなかったら写真撮影だ。
撮影するブースにいるおばちゃんはすさまじい流れ作業(よく言えば職人芸?)で、次から次へと撮っていく。
ところで、家を出るときに何を着ていこうかと思った。
免許証の写真は数年同じものなので、少しは気を使う。
室内を見渡して、今回はレッズのレプリカユニフォームを着ていこうと決めた。
免許センターに到着してから写真撮影までの間、ずっと赤いレプリカを着ていたわけだ。
試合のある日にレプリカを着ていても何ら違和感がないが、なんでもない日に着るのはかなり目立ったに違いない。
しかもスタジアムや浦和の街中ではなく、全く場違いな免許センターだし。
自分がコスプレイヤーになった気がして、なんとも落ち着かなかった。
写真撮影が終わってしばらくすると、ようやく免許証の交付だ。
できあがった免許証は、まあこんな感じです。
黒い襟の2008年ユニだということがわかるでしょうか。
今年の広島カープの「カープファンの証」は免許証スタイルだが、これはさしずめ「レッズサポーターの証」といったところか。
免許証に「大自二」の3文字を入れるために、10万円以上をかけて3ヶ月あまりがんばってきたわけだ。
とにかく、いろんな意味で感無量である。
新しい免許証はICチップが内蔵され、本籍の記載がない。
さらに今までの普通(四輪)免許所持者は、これから中型免許所持者になるわけだが、「免許の条件」欄に新たに「中型車は中型車(8t)に限る」という文言が加えられた。
今まで「免許の条件」欄は空白だったのに。。。余計な文字が入って残念。
限定解除をして再び空白にすることはできるが、中型免許(限定なし)は今後の更新のときに深視力検査が必要になるそうで、そこまでして限定解除する必要があるかな?お金もかかるし、と思うので、当分はそのままにする。
帰りも国道17号を南下するのは芸がないので、カーナビを見ながら今まで走ったことのない県道を縫って走った。
家を出るときに「行ってらっしゃい」と送り出してくれた姫も、時間が経つと「パパは?どこに行ったの?いつ帰ってくるの?」とパパパパ病が始まったそうで、急いで帰った。
私が帰ったら、姫は玄関が閉まる音を聞きつけて「パパ帰ってきたー!」と言って飛びついてきた。
かわいい娘だこと。。。
しかし今朝の会社への出がけには、着替えながら会社に行きたくないなあとブツクサ言う私に向かって「パパ、早く会社に行っといで!」と言ったりするし、これがいわゆるツンデレなのか!?
ともあれ、これで一区切りついた。
二輪車は全ての車種が乗れるようになった。
新しいバイクを買う予定は全くないので、これからも赤いホーネットを大切に乗っていきたいと思う。
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関東では今日梅雨が明けた。
4月から通い始めた大型二輪教習も、ついに卒業検定まで進んだ。
正直なところ、こんなに暑くなるまでやるつもりはなかったのだが、土日がなかなか多忙だったので3ヶ月ほどかかってしまったわけだ。
まあ、かかったと言ってもたった3ヶ月か、集中してやれば1ヶ月ちょっとで取れるのか、と思わないでもなかったが。
集合時間に合わせて教習所へと赴く。
今日卒業検定を受けたのは、二輪では大型二輪が私を含めて2人、普通二輪が3人、普通二輪AT限定が1人。
検定コースを当日知らされたが、今まで教習で走ってきたコースとほぼ同様で、間違える心配はなさそうだった。
四輪の卒業検定なら助手席に座る検定員がコースを教えてくれるが、二輪の場合は自分で覚えないとならないのだ。
コースを間違えても減点や検定中止にはならないが、間違ったコースを走行している間も検定の対象となる上に、精神的にゆとりのない状態で続けなければならない。
私の順番は2番目だった。
コースは、おおむねこういう内容だった。
発着点→信号通過→踏切通過→見通しの悪い交差点→坂道発進→クランク→八の字→一本橋→スラローム→波状路→障害物をよける走行→定速(40km/h)走行→急制動→発着点
出だしはよかった。
八の字までは難なくこなせた。
問題は一本橋(10秒以上)、スラローム(7秒以内)、波状路(5秒以上)という、3つの課題だ。
一本橋は、通過タイムが9秒9だった。
途中で落ちなければいいので、わずかに時間は足らなかったが気を取り直して次へ進んだ。
スラロームは、全く思ったような走りができなかった。
車体を倒すタイミング、アクセルを回すタイミングが完全にずれた。
タイムはわからないが、ただ通過しましたというだけで自分としては全く不満の残る走りになってしまった。
波状路は、途中でスピードが落ちて止まってしまいそうになった。
この3つの課題は、途中で足をついたりエンストしたりしたら、その場で検定中止だ。
(最後までやらせてはくれるが)
波状路もああ危ないと思いながらなんとかアクセルをふかし、ぎりぎりのところで通過できた。
波状路が終わったときは、本当に冷や汗が出た。
急制動は問題なくでき、発着点に戻って検定員のお言葉を賜った。
曰く、「課題ではちょっと慎重に走りすぎましたね」とのこと。
一本橋でタイムが稼げなかったこと、スラロームで車体を倒してなかったことを言ってるようだ。
しかし、その後「今後、公道ではバイクは他の車から見えづらい存在ですから。。。」云々とのことだったので、こりゃ合格してるのかな?と思った。
検定の結果が発表になるまでかなり間があったので、同じく大型二輪の検定を受けていたもう一人と、普通二輪の受験者のうちの一人と、3人で話をしていた。
ここでは、ともに似ている有名人にちなんで、大型二輪を受験していたのを「ダルビッシュくん」、普通二輪のほうを「加藤くんくん」(極楽とんぼの加藤の目を細くした感じ)とする。
最初は教習コースの真横で